3.3

「今お伝えしていたのは、僕らが皆さんの生活に影響がないように配慮した上で、確実にお守りするという案です。

けれど、僕が一週間をなるべく安全に過ごすための提案をする、というのであればもう少し現実的な提案が出来ます」

 大統領のSPよろしく、どこに行くのも付いて行き、危険があれば身を挺してというのは、いくら何でも度が過ぎる。学生らしく、工夫と我慢で足りない費用を補おうということだ。

「どうします?」

 彼らにはもう選択肢がない。だからこの質問はいやらしいと思ったが、念の為に聞いてみた。

「いいよ。お願い」

 僕はその言葉聞くと、一枚の紙を作木光昭に渡す。契約書だ。

「桁が二つ違うな」

「それだけ大変なんですよ。人の警護をするって」

 そしてサインをするのを見届けて、内容を話し始める。さて。

「まず、作木さんと岩永さんは一週間は大学で寝泊まりしていただきます。常にお二人で入れば安全度は大きく上がるでしょう」

 更に言えば、大学の各建物は学生証がなければ入館出来ない。その上、正門には二十四時間体制で警備員がいる。

外部からの安全という意味ではこれ以上の環境はないのだ。大学には許可を得る必要があるが、これは僕の裏方仕事だ。伝えなくていい。

「橘さんには、入院されている間、ずっと女性メンバが側にいます。一人で居る時間をなるべく減らすことで、安全性を高めます」

 大学という環境と比較して、病院は今ひとつ安全に欠ける。それは誰でも簡単に病室に入れるという点だ。だが、危険があればナースコール一つで人が駆けつけるというメリットもある。

「ちなみに派遣するのはうちの事務所の人間です。誰かが襲ってきた場合、彼女が身を挺して橘さんを庇います。なので、いち早くナースコールを押して下さい」

 橘深雪はそれを聞いて、曖昧に頷いた。自信がない、といったところか。

「退院された後は、みなさんと同じく大学で寝泊まりしていただきます。その間もなるべく一人にならないように。どうでしょう?」

 作木光昭と岩永あかねはお互いの顔を見ている。相手の不満がないか確かめているのだろう。この二人は大学で、とはいえ同居するよなものだ。気を使うのは自然なことだろう。

 僕の提案は、初めに挙げた案よりもずっと安全度は落ちるが、男一人を警戒するのには十分だ。これ以上を求めるなら、警察に行くべきだ。

「ちょっとだけ、いい?」

 異議の声は意外な方から上がった。

「あかねと光昭の方にも、護衛の人をつけてくれない?」

 なるほど、作木光昭と岩永あかねだけでは不安ということか。確かに警護するという意思を持っている人間が、一人居たほうが安心だろう。

橘深雪に他の意図があるのかもしれないが、安全性の確保のためには当然の配慮だ。無論、僕がその役を担う。

「分かりました。その方が安全ですしね。僕が一週間、付きっ切りになります。お二人とも、いいですね?」

「分かった。岩永を優先してくれ」

「ええ。そのつもりです」

 即答する作木光昭に、僕は嫌味を返す。だが、彼はどこ吹く風といった様だ。岩永あかねは、橘深雪の方を見つめている。何か言いたそうにしているので、少し気遣うか。

「さて、何か質問はあります?」

「警護は何時から始める?」

「明日の朝からです。お邪魔することになりますが、なるべく大人しくしているのでご容赦を。橘さんの担当はまた明日に紹介します」

 さて、こんなところだろう。質問が無いのであれば、お泊りの準備のために早く帰らないと。

「無いのであれば、これで今日は失礼します」

「そうね。私達も帰りましょう。準備をしないといけないしね。すぐに戻ってくるから、深雪」

 そして、岩永あかねは立ち上がり、病室を出て行こうとした。

「ほら、ぼんやりしない」

 そして、彼女は壁際に立っている作木光昭にそう声を掛け、手を握る。あまりに自然な動作だが、僕らは釘付けになった。

それは、手を握られた当人である作木光昭もだろう。

そして岩永あかねは彼の手を引くような形で病室を出て行く。その一瞬、ベッドの橘深雪を一瞥して嘲笑ったのを僕は見逃さなかった。

 二人が出て行った病室は沈黙が支配した。僕には橘深雪に掛ける言葉もなかったし、彼女も気遣いなどいらないだろう。

「ねえ、能村くん」

 僕は橘深雪を見れない。岩永あかねの行動の意味が分かったから、僕は橘深雪が不憫で、その顔を見れない。

「光昭に、怪我をさせないでね。これだけは約束して」

 そして僕も、彼女の言葉を重く受け止める。契約では、必ず守るなど保証はしていない。だが、男として約束をしよう。

「ええ、約束します」

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