3.2

 自然とエントランスに足が向いた。待合用のソファに腰掛けて行き来する人を眺める。

近くにある大きな公園は、この病院の患者が散歩をするのに好都合なのだが、今日は生憎の雨模様だ。

エントランスにもまばらにしか人が居ない。

 橘深雪の病室以外に僕にはこの病院に用はないので、いっそ帰ってしまおうかと思ったが、依頼のことを思い出した。

ここで正式に依頼を受けることを伝えなければ。作木光昭と話せば十分だが、彼はどこに行ったのだろう。

「なんだ、ここにいたのか」

 探しに行こうか、でもなんかわざわざ探しに行くのは癪だな、と思っていたところで探し人の方からやって来た。

どこかで買い物をしたのだろう、ビニル袋を左手に下げている。

「女性同士になりたい雰囲気を感じましたので。部外者を挟んでよくやりますよ」

「お前には縁がないか?友達とか居なさそうだもんな」

「感じ悪いですね。あなたこそ友達居そうにないですよ」

「何言ってやがる。今病室で二人も会ってきたところだろ」

 作木光昭は平然と言い切った。なるほど、二人とも友達なのか。こいつはまた意外な展開だ。

「そこら辺はまあ、どうでもいいです。ところで、依頼のことですけど」

「そうだな。それは岩永と橘も交えて話がしたいな」

 そして作木光昭は病室の方へ歩き出した。きっとここに岩永あかねを呼んでくるのだろうが、何も言わずに歩き出す彼になんとなく付いて行ってしまった。

 病室までの少しの間、やはり作木光昭と僕の間には何の会話もない。この男は基本的には無口なのだろう。

僕に対して辛辣なのは、最悪のファーストインプレッションが原因であるのは分かっている。そしてきっと、女心とかは分からないタイプだ。

 簡単な作木光昭分析をしているうちに、橘深雪の病室に着いた。先程の高揚的な空気は落ち着いたらしい。

「二人ともどこに行ってたの?急にいなくなるんだから」

「少し喉が乾いただけだ。ほら、土産」

 作木光昭はぶら下げていたビニル袋から、ペットボトルジュースを橘深雪に手渡す。

「ありがと。わざわざコンビニまで行ったの?」

「買いたいものがあった。それはおまけだ。気にするな」

 そしてビニル袋の中身を岩永あかねにも渡す。残った一本の缶コーヒーを僕に投げ渡すと、用事は終わったと言わんばかりに黙った。

当然の様にビニル袋の中身は空だ。

 ……かっこつけたことしやがる。それでいて自分の分がないのは、僕が付いてくるのがイレギュラーだったということか。まさしくお邪魔虫。

「ねえ、能村くんは今日お見舞いだけで良かったの?私達に相談があるんじゃない?」

 岩永あかねは缶コーヒーの甘さを楽しむ僕に声を掛けた。そう、僕は決して三人の友情劇を鑑賞に来たわけじゃない。ビジネスだ。さっさと終わらせよう。

「ええ。昨日の依頼について、正式に返事をしようかと」

 依頼という単語を聞いて、空気が少し変わった。それはそうだろう。僕の返答次第で、彼らの少しの間の安全度合いが変わるのだ。

我が身より、友人の身よりも大事なものがあるが、安全について無関心でいられはしない。

「依頼はお受けします。契約期間の一週間、皆さんの安全は僕が保証します」


 作木光昭の格好つけた態度に影響されたのか、僕も見栄を張った言い方をしてしまった。

実際は安全の保証なんて出来る訳じゃない。

「ありがとう。これで安心ね。ずっとこの病室に三人で居るわけにはいかないし。それで、具体的にはどうするの?」

 岩永あかねは心底ほっとしたように微笑んだ。そうか、ずっとこの病室に三人で居ることで、安全を確保していたのか。

「うちの事務所のメンバが、皆さんの側で一週間ずっと待機しています。

橘さんの件から、相手は男一人だと思いますので常に男が入れば、かなり安全度は上がるでしょう」

 橘深雪は事件のことを思い出したのか、少し顔色が悪くなった。それを察した岩永あかねが彼女の背を擦る。

まるで姉妹だな、同じ男の取り合いをしてるなんて思えない。

「お前がずっと付いていた晩に、橘が襲われたが?」

「ふざけないでください。警護の仕事だと分かってたら、あんな不始末しませんよ。それに今回は僕じゃない人が警護をします」

 実際のところ、僕が正面切って襲ってこられたらどうなるか分からない。だがら、こういう時のための専門家と話をした。

吊院さんに紹介してもらって。

「うちの事務所も荒事ってのは専門外なんですけどね。でも依頼をお受けしたからにはちゃんとやりますよ。そういう人を呼びますから」

「私とあかねにはどうするの?」

「女性のメンバを派遣します。橘さんはこの病室と退院後はご自宅で警護します。窮屈ですけど、同じお部屋で寝泊まりします」

 警護となったら大掛かりだ。対象の側にずっと控え、片時も目を離さないことが求められる。しかも今回は対象が三人。

「それは俺もか?」

「当然です。そうでしょう?」

 岩永あかねを見やると、大きく頷いた。

「プライベートが無くなるのは容赦してください。やるからには徹底的にやります。僕も一発殴られて、頭に来てますから」

「それはありがたいけど……」

 岩永あかねは少し気後れしているようだ。きっとそうだろう、この依頼の規模は彼女の想像以上だ。それはつまり。

「どれだけの費用なんだ」

そういう問題になる。作木光昭にしても、これだけ大掛かり、しかも僕ら側の人間の安全が保証されないとなると高額になるのは想像に固くない。

「高いですよ。でも、身の安全を確実に保証するにはこの程度は必要です」

 僕はそう言って、作木光昭に数字を耳打ちする。それを聞くと、彼は心配そうに僕らを見つめる女性二人に首を横に振ってみせた。

「すまない。俺では払えない」

 この三人の財布事情は分からないが、きっと不可能だろう。きっと彼の車を売り払っても用意できない。いや、足しにすらならない。

僕は吊院さんが紹介してくれた、警備会社のOBOG連中がふっかけてきた金額をそのまま伝えただけだが。だから。

「失礼ながら、そうだと思っていました。なので僕から代案があります」

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