急の段

 4連発の箒を主機に、カボチャの戦車が空を往く。

 傍らには箒にまたがる赤髪の魔女。


「そういえば先生、こっちに来てから普通に日本語話してるよね」

「あら、日本語じゃないわよ、今話してるのはアイルランド語」

「自動翻訳なのかよ、スゲー、こっち来たら英語の勉強しなくていいじゃん」

「うん、でも向こうの世界は別だからね、授業はちゃんと真面目に受けてね、いいかげんミーとウィーの違いくらいはおぼえてね」

「てか、先生って何者なの?」とミュウがたずねると

「ドルイド、あるいは女性形でドルイダス。自然に祈りをささげ自然と通じ自然の力を味方とする古代ケルトのシャーマン。魔術師でもあり統治者でもあったから、日本で言えば鬼道を用いた邪馬台国の卑弥呼のような――」

「……あの、イクトくん、いま先生に訊いてんだけど?」

「何でおまえが答えてんだよ」

「うっふっふっふっふ」と魔女笑う。「ま、そんなようなものですよ」


 眼下に広がる地上の景色、歌う森や色とりどりの川、獣の群れや平原や、ネズミの国や大怪獣、とどまることなく景色は流れる。かなりの速度が出てるとみえるが風圧はほとんどなかった。喋っていられる余裕があった。

 ところで、求められてもいないのにうっかり知識自慢をしてしまって自爆するというのは誰に限らずよくある事だ。

「イクトおまえ博士くんかよ」「イクトくんちょっと変わってるよね」

 げらげらくすくす笑う二人に

「うるさいなあ」とイクトが耳を赤くするころ

「見えたわ」と先生が言った。

 景色の流れが減速し、やがて止まった。

 ネクタイに灯った緑の火がそこへゆけと告げている。



 金属製の氷山を樹海に落としたらこういう感じになるのだろうか。

 見渡す限りに拡がる鬱蒼とした広葉樹の森の中に、木々の高さを遥かに超える鋭く尖った三角形、正四面体の先端が突き出していた。

 表面はチタニウムのように蒼く輝き、平面はレーザーで磨いたように真っ平で、超音波で研ぎこんだ刃のように角が鋭く立っている。

 それはあきらかに人工の建築だった。

「結晶じゃないかなあ?」「水晶みてーな感じだな、にしてもでけーな」「いや、人工物じゃないか、な……って思うんだけど」

 それは結晶の如く幾何学的な人工建築物であった。

 よく見れば、あたり一面いたるところに立方体や六角柱、直線直角の形態を持った橋状構造物などの、人工的な建築群が緑の中に突き出している。例えるならば、青かびに覆われた電子回路、葛に覆われたオブジェクトアート。


「なんか、変。森はボヤーッとしてるのにあのカクカクしてるのだけ……」とミュウが呟いた。

「だよな、なんかエッジが立ってるって言うか」

「輪郭がはっきりしてる」

「それはね、あれがあなた達がもと居た向こうの世界から来たものだからよ」先生は言った。

「いや、でもこんな巨大なものが消えたらさすがに歴史に残るでしょう? それに現代の建築技術よりずっとずっと進んでるように見える」

「んー、イクトくんなら知ってるんじゃないかしら、むかしむかし大西洋に沈んだ、と言われている島」

「それって……」

 アトランティス! とイクトははじけるように声を上げた。先生は含み笑いをして答えた。

「いくら探しても見つからないわけでしょ?」 

 

 ネクタイは壁を指示している

「この中にいるって事、だよね」

「目の前の壁は叩っ壊して進めってことか」オーマが木刀を構える。「いいぜ!」

「よくないよ! 入口をさがすんだよ」

「探さなくても、そこが入口よ」と先生。「さわってごらんなさい」

 おそるおそる、イクトが身を乗り出して壁に手を触れてみると、「うわっ」

 イクトの体が輪郭だけを残して透明になった。と同時、蒼く輝く壁に何本もの金色の光のラインが現れ、直角に曲がりくねりながら走った。

 ほんの一瞬の事だった。いっしゅんの後にはまるでそこに壁などもともとなかったかのように、壁にヒトサイズの卵型の穴がぽかんと口を開けていた。

 イクトもすでに透明ではない。色彩を取り戻した手をむすんで開いて確かめながら「今のは……」と考える。生体認証みたいなものなのだろうか? 開いたと言うことは資格を認められたと言うことだろうか? 

 誰に?

「アトランティス人が残したこの遺跡は今でも生きているのよ。何千年もたつのに、今でもヒトが触れれば動き出す」先生は憐みとも呆れともとれる調子で口にした。  

 純正のホモサピエンス、アトランティスの末裔たちがことごとくけものびとになってしまって早や幾星霜、それでも遺跡は、電気仕掛けの女中のような情熱で、主人がいつ帰って来ても良いようにと、いつでも稼働できる完ぺきな状態を維持し続けていた。

 そしていま、遺跡はいきいきと輝いていた。90と三日前、待ちに待った純ヒトの御主人夫妻が帰ってきてくれたばかりか、いま、続けてその御子息と御友人とがはるばる訪ねてくれたのだから。

 卵型の入り口からメインフロアへと伸びるトンネルは金色の輝きに満ち溢れていた。ありったけの力を使ってヒトの帰還を歓迎していた。

 

 さて。

「行こうぜ」とオーマが言う。

「うん、行こう」とミュウが答えた。

「待って」と、しかしイクトはそれをとどめた。

「ここから先は僕一人で行く」

 先生は眉を少しうごかした。

「はあ?」「なんで?」と二人が問う。

 イクトはたどたどしく言葉を選びながら答えた。

「みんな、その、ありがとう。ここまでこれたのは全部みんなのおかげだよ。でも、だけどこれは僕の問題だから、最後は僕がなんとかしなくちゃ……だから」だからみんなはここで待ってて、みんなを僕の運命に巻き込むわけにはいかないからとかなんとかいささかスパイシーなことを言おうとしたときには

 すでに。

 すとん。

 オーマがトンネルに降り立っていた。

「知るか」木刀を肩にかけたオーマが言った。「面白そうだからやってんだよこっちは」

 もひとつすとん。

「イクトくん、正直いってあんましキミの為ってわけじゃないんだよね」とミュウ。さんぽと聞いたワンコのように目を輝かせて。

 二人の背中がトンネルの中に消えていく。

「イクトくん、ちょーっと思い上がりだったみたいね」口あんぐりのイクトの肩を叩いて先生が言った。

「実は私も、目的は別にあってね、この遺跡が動いたままだと森の力が吸われちゃうから、なんとかしたかったんだけど私じゃ入口をあけられないし、だから純粋なヒトである君に来てもらったってわけなの」

「そう、だったんですか……」

「関係ない子をさらってきて鍵に使うのもあんまりだものね。さあ、行きましょう、お父さんとお母さんが待ってるわ」

「は、い」

 歯切れの悪い返事をイクトはかえした。ひょっとして体よく使われただけなのか、と湧き上がる気持ちをぐっと抑えて。


 行きましょう、と言ったけれども先生は、なにやら準備することがあるとかでトンネルの奥へはイクト一人で進んだ。

 まばゆい光に満たされたトンネルを抜けた先には、乳白色の光に満ちた球状の空間があった。

 直径およそ25メートル。空間の内部は劇場観覧席のように段々になっていて、上の方には白いモヤがたちこめていた。


 誰も知らない。魔女も知らない。

 その部屋が何のために作られたのか


 そこは共有夢の部屋。

 何もかもが機械化自動化された都市において、人の務めはもっぱら夢を見ることだった。

 それもめいめい勝手な夢でなく、人と人とが交じりあって紡ぎ上げる最良の世界の夢。

 人は夢をより良いものとするために現実において学び遊び知り勤める。機械はその夢にしたがい現実において最良世界を築き上げる。それがアトランティスの文明だった。

 だが、

 今この場においてそれはどうでもよいことだ。イクトたちにとっても、イクトの両親にとっても、それを拐ってここに安置したものにとっても。

 どうでもいい。


「来たか」とオーマが言う。

「あれでしょ、イクトくんの」とミュウ。

 イクトは声にならず、ただ震えながら頷いた。

 部屋の下の方に黒い水溜りがあり、半透明の風船が二つ、紐にくくられ浮いていた。風船の中には安楽椅子に腰かけ眠る父と母との姿があった。森から奪った生命エネルギーが与えられているのだろう、柔らかな光がヒモを伝って風船を明るくしていた。

 まるで生けの花。いつかは枯れる。

 水溜りにしぼんだ赤い風船が漂っている。おそらくは、鍵として役に立たなくなった者たち。

 

 どうでもいいのだ。

 どこの誰であろうと、どんな名前のどんな人間であろうと、どうでもいい。

 ただただ遺跡を、この巨大な機械を、動かすための一部品として役に立てばそれでいいのだ。

 

 ぞ、と黒い水溜りが立ち上がった。

 ぞ、ぞ、とそれは姿をあらわした。


 大きい、3メートルはある。

 ぜんたいにフードをかぶった修道者に似た姿をしている。真ッ黒な霧のローブをまとった巨人の姿だ。

 フードの下、顔にあたるところには骨色をした真円型の仮面。ぽっかりと開いた目の穴から赤々とぎらつく光が放たれている。銀色の胸は甲冑を付けたようであり、痩せた手は猿の手に似たかたちで黒曜石のように鋭かった。

 

「こいつが」イクトは拳を震わせる。

「やばい、コレ」ミュウは声を震わせる。

「うりゃあっ」とオーマは木刀を打ちおろしたが、衝撃波が小さい。態度とは裏腹に、おびえてオーラが乗っていないのだ。

 遺跡から得たエネルギーを糧に、育ちに育った大型影魔。

 イクトたちに焼けつくような眼光を向けながら、捕食獣のように前のめりとなった。

「逃げよう!」イクトが叫んだ。

「うん!」

「おい! いいのかよそれで?」

「行くんだよ!」イクトがオーマの手を引いた。

 意地を張ってる場合じゃない。ここで二人まで犠牲にするわけにはいかない。

 トンネルへ走る。

 あと少し、というところで足元を影が追い越した。

 逃がさない、と言わんばかりに3メートルの大型影魔は三人のすぐ目の前で実体化した。

「三方に別れて逃げるんだ!」

 そうすれば誰かが残り二人で反撃できる。

 そう考えて、言うなりくるりと背を向け逃げ出す。

 瞬く間のうち「ぎゃっ!」とオーマの悲鳴が上がった。

(速い!)

 いくらなんでも早すぎる、とイクトが振り向く。と、そこにはミュウに手をかける大型影魔の巨体があった。

 悲鳴すら、なかった。

 

 抗うことすら出来ない、運命のように圧倒的な存在がそこにあった。

 両の手に刈り取られた二人がおもちゃの人形のようにだらりと垂れ下がっている。意識はすでにないようだ。

 灼けるような眼光がイクトに向けて放たれる。

「う……あ……」声ともよべない息吹がイクトの喉からだらりと垂れ下がるようにもれた。

 足が、肩が、おとがいが、壊れたように震えてやまない。

 影魔は、じゅう、と鉄の焼けるような息を吐き、ぞろ、と宙に浮かび上がった。

 飛んでくる。

「ひぃ」とイクトは目を閉じる。

 

 一秒、二秒――

 おそるおそる目を開けると、視界に影魔の姿はなかった。

 ぺたん、とイクトは膝からくずれた。ズボンがべったり濡れていた。

 助かった、とおもった。目の前に金色のトンネルがあった。逃げなければ。

 しかし、助かる、そう思うとエラーを起こしていた頭が再び働きだし、二人の事を思い出す。よせばいいのに振り返る。

 両親が捕らえられた風船のかたわらで、影魔が背中を曲げている。床面から雫のように安楽椅子が現れた。オーマとミュウをそこに置く。しばしあって、安楽椅子は風船をまとって宙に浮かび上がった。

 彼らもまた、ひとつの部品とされたのだ。

 

 逃げなければ、次は自分がああなる番だ。

 逃げなければ、いまなら間に合う。

 逃げなければ。

 イクトは立ち上がり、トンネルに向けて走り出した。

 そして

 落ちていた木刀を拾いあげると、振り返った。


「ううわああああーーっっ!!」

 叫ぶ、走る、

 何をしている、

 問う自分がいる、

 振り切って、駆ける。

 段々になった傾斜をこけつまろびつ底へと駆ける。

 跳ねあがって、全力を込めて、影魔の背中に木刀を叩きつける。

 棒切れで鐘を叩くような音がした。まるで効いていなかった。

 影魔がぐるりとこちらを向いた。目が赤々と燃えている、手が黒々と光っている。怖気を振りほどくべくイクトはふたたび雄叫びを上げる。「うわあ!!」

 影魔の腕が伸びて来た。木刀を盾にして受け流す、(重いっ!)かろうじて逸らすが、(手がっ!)しびれた。力を込めて握れない。もう一発は耐えられない、そこにもう一発。

 宙を飛んだ木刀がからんと音たて床で踊った。イクトは段にひじをかけて体を起こす。左右から腕、(前!)踏み込んで掴もうとする手を避ける。もはや無手、もはやどうしようもない、それでもなお、歯を食いしばって3メートルを睨み上げる。圧倒的に立ちはだかる影。

 もしこれがどうしようもない運命なのだというならば

「ふっざけんなああああああああああああああああっ!!」

 全身全霊

 声を上げると黒霧のローブがはためいた。影魔の動きがこわばった。

「ふざけんな! お前が! 何もかもお前が!」

 霧が吹き消されていく。イクトからプリズム光を帯びた波動が放たれている。声にオーラが乗っている。

 エーテル衝撃波。

「返せ! ぼくの大切なもん全部! 返せ! 今すぐ!」

 少しづつ、だが確実に影魔の体が削られていく。

 危機を感じたのか、影魔は飛び上がり上空のモヤの中へ消えた。

 

 立ちはだかるものが消え失せ、イクトの目の前には風船が割れ床へと降ろされた安楽椅子が並んでいた。

「みんな……」

 へなへなとへたり込んだイクトの頬を、ため込んでいた涙が伝った。

 オーマとミュウはすでに目覚めかけている。


 モヤの中でダメージを回復しつつ影魔はおそらく思ったのだ。

 諦めるしかない。

 無傷で手に入れることは、もはや諦めるしかない。

 多少傷物になってもしかたがないと、おそらく思ったのだ。

 逆立ちになって突撃の体勢をとる。力をためて、加速する。一つ二つ使い物にならなくなるかもしれないが、仕方がない。

 と、

 モヤを突き抜けたその時、目の前に爆発が拡がった。

 面にヒビが入り影魔はもんどりうって宙を転がった。

「ここまでよ、もうこれ以上はやらせない」

 眼前に、箒に乗った魔女がいた。氷のような青い視線を投げかけながら、魔法を施した木の実を掌の上でもてあそんでいた。

 投げる、命中。影魔は再び爆風に包まれた。


「ごめんごめん、本当にごめん、こんなに大きくなってるなんてまさか思わなかったから」

「「「せんせー……」」」三人の声がユニゾンした。

「チャチャっと片付けちゃうから、帰る準備しといて」

 言うなり先生は影魔のところへ飛び立った。

 三人はイクトの両親のところへ向かった。

 眠りが長かったためだろう。いまだ起きる気配はないが、しかし息はしっかりとある。


 影魔は怒り狂って魔女を追った。ヒトではない、魔女だ。部品に使えないガラクタだ。駆除あるのみだと右に左に腕を放つ。

 魔女は蝶のようにゆらりゆらりと左に右に攻撃をかわしつつ、歌う。

「まこと尊く、まこと奇しく、まこと輝ける大いなるルーグの御神――」

 歌に連れてオガムの書き込まれたトンネルが鳴る。

 最初は波音のように不規則に

 やがて激しい雨音のようにリズムを帯びて

 次第に滝のようなとひと塊の音となり

 ついにただ一つの甲高い咆哮音に収束された。

 トンネルを砲身として用い、外界から集め貯めこんだ光を凝集し、振幅によって増幅し、調律し、

「森羅をつらぬく御槍の閃き、すさまじき哉――」

 撃ち放つ。

 影魔は避けようとした。だが遅かった。木の実爆弾に含まれていた種子が発芽しツタとなって身を縛っていた。

 鉄を焼き裂き岩をも溶かす、およそあらゆる固体を液体気体に溶かして散らす超高温の光の奔流。

 ローブが消し飛び腕がちぎれて面と胴とは蒸発し

 影は光の中でなすすべもなく消え失せた。


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