とばっちりのトバと、伝説好きのフィーラ
ロゼッタの泉から離れた商業街にある一件の酒場、ヘヴィ=ビルカ。ロゼッタのヒトは勿論、冒険者達もここに立ち寄っている。なんでもこの酒場には多くの依頼人がやってくるかららしい。
『ロゼッタにいる間、護衛をお願いします!』
『失踪者探しています!』
『ミスリル銅を探しています! 詳しいことはマスターに!』
壁に貼り付けられた依頼状を見て、ボクにもできそうなものがあるかと探してみる。けれど、どれも一日では達成できなそうだ。
「どうだ、兄ちゃん。いい仕事見つけたか?」
ちょびヒゲがトレードマークの男が話しかける。先ほどまでカウンターにいたから、おそらくこのヒトがこの店のマスターだと思う。
「これだけ仕事があったら儲かるでしょう?」
「いいや、うちは仲介料を持っていない。ここの壁に依頼状を貼ってもいいと言ったのが運の尽き。依頼人が好き放題、壁に依頼状を貼り付けていきやがる」
「すごく良心的なんですね」
「いや、冒険者はいっぱい来るからありがたい」
マスターはいい笑顔で答えた。実にしたたかだ。
「さすがにレジェンド級の仕事はオレが仲介するけどな。さて、何か頼むかい?」
「これで支払いできますか?」
ボクは一円玉をマスターに見せる。
「異国のお金かい。こういうのは他の所にしてくれないか?」
「この街に来たばかりなので」
「そうかい」
マスターは一円玉を見る。横から縦からいろんな角度からのぞきこむ。
「見たことない金属を使っている。何処かの技術屋じゃなければこの円さは造れない。文字も刻まれているし、真ん中の文字が目立つ。というかこの裏の木はなんだ? 人間の肖像画が描かれているんじゃないのか?」
「ええっと、偽造防止! 偽造防止ですよ」
「偽造防止? それなら人間のカオの方が偽造しにくいと思うのだがな」
「ハハハ……」
小刻みに笑うと、マスターはため息をついた。
「まあ、使われている金属は珍しいし、一本木が描かれているのが特に面白い」
「でしょう!」
「ただし! これをこの店の支払いで使うのは禁止な」
「ええ!」
「いるんだよ。貴族や王家の盗品をここで売っぱらうヤツがさ。特に珍しいもんだと換金先がなかなかないから、ここでお金に変えようとするんだ」
さすが隊商隊の街だ。お金に関してシビアすぎる。
「この街、いや、この世界じゃ“真偽性”が命だ。この街が隊商街ということもあって情報の真偽性が仕事になる。もしそれがホントならお金になるからな」
「へぇ」
「覚えときな、兄ちゃん。ウソでもなんでも真偽されるってね。さて、両替商を紹介しようか。紹介状を出すからそっちにでも――」
マスターがそう言い切る前に、男の声が聞こえた。
「マスター! それ見せてくれ!」
男はマスターの手の中にあった一円玉を素早く手を取る。
「おい! トバ! お客のモノだぞ!」
「わかっているよ!」
トバと呼ばれた少年は一円玉を見る。
「へえ、これが異国のカネか」
トバは一円玉を面白そうに見つめ、時折笑った
「すいませんね。トバが勝手なことをして」
「彼は?」
「えっと、彼は……」
マスターは言葉を繋げる前に、トバがこっちへとやってくる。
「オレはトバ。ファイターで冒険をしている。誰も見たことない宝を探していて――」
「やることすべてが裏目に出る、とばっちりのトバだ」
「誰がとばっちりだよ! マスター!」
「実力は買ってるよ」
マスターはハハッと笑い、店の準備を始めた。
「まったく」
腕組みをするトバの後ろから覗き込むように、女のコが現れた。
「コイツはフィーラ。魔法使いでオレと冒険している」
フィーラと呼ばれた女のコは大きい三角帽子を手で支えながら、軽くお辞儀をする。
「フィーラです。癒しから伝説級まで使える魔法使いです」
フィーラはえへへと恥ずかしそうに言った。
「ボクは青春カズヤ。旅をしている」
「旅?」
フィーラはジロジロとなめまわすようにボクを見る。
「えっと……」
「カズヤさん。すっごく軽装なんですが。ホントに旅人?」
「はは、よく言われる」
旅人っぽく、キャリーバッグがあった方がいいかな……。
「じゃあ!? 伝説の旅人!?」
「違う違う」
なんだよ、伝説の旅人って。
「旅人さん! 伝説を聞かせて!!」
フィーラは近くにあった四人がけのテーブルに座り、パンパンと椅子を叩いて、こっちに来るように呼ぶ。
「フィーラは伝説マニアで、伝説と名がつくものならなんでも飛びつくんだ」
恋する乙女のごとく、目をギラギラと輝かせている。これは断れないな。
「なんかおごるからカノジョと話してくれないか?」
「いいのか? 相棒なんだろう?」
「つい最近あったばかりで大した関係じゃない」
ホントかなとヤジりたくなる。
「それに伝説の旅人さんと話した方がフィーラにとってもプラスだからな」
そういうとトバはさっさとカウンターへと向かっていく。
「一円玉は返してくれ」
トバはつまらないといいそうな表情で一円玉を手渡す。
「ケチだな」
「ケチでけっこう」
露骨に面白くないというカオをしながらトバはカウンターへと行った。
「伝説の旅人~♪ 伝説のたびびと~♪」
フィーラは1オクターブ高い声で歌う中、ボクは席についた。
「旅人さん。何を話してくれる? 魔王討伐? 新大陸発見?」
旅人レベル高すぎるって。
「伝説好きなの?」
「うん!」
フィーラはこの上ない笑顔で返事する。
「おじいちゃんはいつも面白い話をしてくれた。二色に光る宝石、砂漠のバラ、星の石とかどれも見たことない魔法みたいなおとぎ話を」
「へえ、面白いおじいちゃんだね」
「うん。もう半年前に亡くなったけどね」
「そう」
「おじいちゃんはいつもこう言っていたの。古くから伝わる話には魔法があって、ヒトに伝えたくなる力を持つ。それじゃなぜ伝えたいのか。それはその話がホントに存在していて、旅人がそれを伝えてきたからだって」
「それで伝説が好きなんだね」
「おじいちゃんが話してくれた伝説の物語。それがホントにあるのか探すのがわたしの夢なんだ」
「それで見つかった?」
「全然!」
「あらら」
「仕方がないさ。隊商のヤツらはホラ話を大きくしたがるからな」
トバは飲み物を運んでテーブルへとやってきた。
「フィーラ、ハチミツジュースがあったから買ったけど、カズヤさんはミルクでいい?」
「いただきます」
ボクは素直に白い液体が入ったコップを手にした。
「しかし、カズヤさん。手の中にあったのは、いちえんだま、だっけ?」
「そうだけど」
「不思議な文字と見たことない金属でできた硬貨。だとすると、カズヤさんは異国から来たの?」
「そういうことになる」
「異国から来たとしても服装が軽いな」
トバはフィーラのテーブルにハチミツジュースを置くとテーブルに座った。
「カズヤさん、そんな服で旅していいのか?」
「ダメなのか?」
「ダメなワケはないが、野犬とか魔物とか襲ってきたらどうする?」
「逃げる。本気で」
「最低限、身を守るものは持っておくべきだと思うんだけどな」
ミルクを口にする。お、意外とうまいぞ。
「薬草袋もなく、武器も持っていない。これで旅しようだなんて自殺モノ」
抜け目ないトバ、いい冒険者だ。
「カズヤ。あんた、一体、なにもんだ? この町に何をしに来た?」
「それはもちろん、たび――」
ボクの声をさえぎるように、フィーラが声を出した。
「トバ。ヒトを悪く見るのやめてって、カズヤさんに悪いと思わないの?」
「いいか、フィーラ。オレは納得できる答えが欲しいからカズヤと話している。確かに見た目は悪そうに見えない。いや、むしろ、虫一匹も殺せないまったく人畜無害の情けないような身なりをしている」
言ってくれるな、おい。さすがに蚊ぐらいは潰せるぞ。
「でもな、本能がオレに語りかけるんだ。こいつはやべーヤツだって。オレら、いや、この世界にいるヤツらが持っていないものを持っているって」
「それって悪いモノなの?」
「わからねえから話しているんだ。もしかしたら、オレ達のクエストを叶えてくれるヤツかもしれねえし」
「クエスト? クエストって――」
ボクが質問しようとした手前、大きな声が響いた。
「ここに異国の者がいると聞いたがホントか!」
重たそうな鎧を着た屈強な男と運悪く目が合う。
「いました! ケレード様!」
男は酒場の外に向かって叫ぶ。
「見つかりましたか」
屈強な男のそばを通り、紫のスーツを着たキャシャな男がこっちへと来る。
「……フィーラ隠れろ」
フィーラは男の視界に入らないように身をかがみながら、マスターのいるカウンターへと隠れた。
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