異空の群雲を抜けて
異空の群雲、世界と世界をつなぐ回廊、異世界列車はここを渡る。
異空は地下鉄より明るいが雲の中だからか、少し暗い。どっちつかずなトンネルと言えばいいのだろうか。でも、異世界旅行好きなボクにとって、この空間がとてもワクワクする。
トンネルの先は何処だろうか?
何処に続いているのだろうか?
どんな世界と出会えるのだろうか。
異空の雲を見るとそんなことを思う。
行く先のわかっている現実世界の旅と違って、異世界旅行はスリルがあれば、ドキドキもある。ボクはこの雲を抜けた先の特別な景色を見たがっているのだ。
異空の群雲をくぐりぬけ、異世界へと辿りつく。
若草が地平線まで広がる。草がさらさらと風に揺れて、突如現れた異世界列車を避けようとしている。
まさしくここは異世界。草原の世界と言うべきか。
――だとしたら、これはまずい。
異世界に辿りついたらチェックしないといけないのはヒトがいるかどうかだ。ヒトがいなければ、ここがどんな世界かわかったものじゃない。
ヒトがいないのならまだいい。魔物があふれている世界だってある。まあ、すごいスピードで走る異世界列車と目を合わしたら、魔物は一目散で逃げるけど。
そんな不安がよぎっていると、古ぼけた大きな壁が見えてきた。
――お、ついてる。
この世界は人間がいるとわかると、ボクはふぅーと息を吐き、背もたれに身体を預けるのであった。
隊商国家、ロゼッタ。草原の真ん中の土地で建てられた都市。古くは隊商隊が休む小さな宿から始まり、そこで行われる物々交換が盛んとなって、いつの間にか大きな都市国家となったという。
ロゼッタの街並みはドーナツ状だ。外から住宅街、商業街、貴族街、そして、町の中心は泉となっている。この泉を見つけたのがロゼッタ=ビルカで、この泉があったからこそ、旅人は一夜を過ごすことができたと記録に残っている。
異世界列車から降りたボクはロゼッタの泉に来ている。ロゼッタのヒト達は泉の前に来ると軽く礼をする。礼をした後、泉に両手を入れて、その水で水浴びをする。
「何をしているのですか?」
ボクは近くにいた男性に尋ねた。
「祈願さ。旅の祈願をさ」
「旅?」
「ロゼッタから出たらしばらく町がないからな。魔物に襲われたり、盗賊にあってしまうかもしれない。となると、旅の安全をしたくなる」
そんなことをいうと男性はロゼッタの泉に手を入れて、その水でカオを洗う。
「一番大事な所を水浴びするのがいいぞ」
男性はさっぱりとしたあごを触りつつながら笑った。
「何か投げていい?」
「投げる?」
「ええ。これを」
財布の中からあるものを出した。一円玉だ。
「なんだその銀貨は?」
「一円」
「いちえん?」
「うん」
そういうとボクはロゼッタの泉を背にして一円玉を後ろに投げた。
「一つの縁がありますように、と」
トレビの泉よろしく、ロゼッタの泉に旅の出会いを願った。
「おい! なんか光り輝くもんが見えたぞ!」
町のヒトがロゼッタの泉に指を指して、大声を出した。
「カネか!」
「泉の中にあるみたいだぞ!」
その声を皮切りに、ヒトビトは泉の中へと入っていく。
「何してるんだ、あれ。別にカネが泉の中にあるわけじゃねえのに」
カオを洗っていた男性は呆れた様子で泉にいるヒトを見ていた。
「おかねですよ」
「おカネ?」
「ええ、ボクのいる世界だと珍しいものですよ。家とか土地とかで」
ボクは我慢できず、半笑いで言うと男性は鼻息を荒くする。
「もっと早く言えよ!!」
静観を決めていた男性もボクの言葉に感化され、泉の中へとドボンと飛び込んだ。
「いちえんはオレのものだ!」
「いや、オレのモンだ!!」
ロゼッタの泉は一円玉争奪戦となっていた。
みんな、必死に一円玉に群がって、それが自分のものだと主張する。平穏な空気が一変、バカ騒ぎの饗宴だ。
そんな光景からボクは逃げ出すようにそろりそろりと立ち去る。
「1円単位になるとその分払うからウソじゃないよね。1円まで払うのが珍しいだけで」
後ろの喧騒を背に、そんなことを心の中でつぶやいた。
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