異世界18きっぷ

羽根守

異世界18きっぷ

 


 京都駅ビル11階空中庭園に風が吹く。さきほど京都駅ビル大階段を駆け足で走り抜けたこともあって、さわやかな朝日とまじって気持ちがいい。

 午前六時前の空中庭園から見える京都の街並みは車が少なく、ヒトもまばら。いつもは観光客の声で賑わう観光都市なのに、夜と朝の境においては遠ざかる。

 自分だけが違う世界へと取り残された気分。いや、違う。ボクはもう違う世界へと踏み入れている。


 ポケットから手のひらサイズのきっぷを取り出す。

 18

 シンプルな数字が紙の真ん中を陣取る。18。長方形の古紙の上でその数字が主張する。

 ――18と言われて何を想像するか。大人とこどもの境目? ちょっといやらしい数字? それとも素数と素数に挟まれた肩身の狭い数字? いや、それなら4、6、12、30も友だちだ、……他にもあるかもしれないけれど。

 とかく18はこんなに妄想できる数字なのだから、そこに魔法があってもおかしくない。いや、魔法はそこにある。


 18と書かれた紙に魔法をかけてみる。

 8の上にグルグルと8の字を書く。そして、1の上にすぅーと線を引く。

 ただ、それだけ。ただ、それだけだ。何かを妄想するわけでもなければ、呪文を唱えるわけでもない。1と8の数字の上に指を動かした。

 けれど、きっぷはそれに応えてくれる。それが異世界へ旅立つ魔法と認める。

 8が動き出した。8の中心から青白い光が8という字を描き出す。何周も8の字を書いた光は1をレールにし、1の上を駆け抜けて、天へと昇った。

 

 空中庭園のエアポートにある頑丈な扉が開いた。そこから鉄の束がクルクルと回って、線路を生み出す。線路はボクの足下を通り過ぎて、大階段まで続く。線路が大階段の下までたどりつくと汽笛が聞こえてきた。


 空間をこじ開けた鉄の列車。見た目は古ぼけた電車で二両のみ、何処かの田舎でのんびりと走っていそうなそれが異世界列車だ。

 異世界列車はゆっくりと速度を落とし、空中庭園を歩くように進む。異世界列車が空中庭園の廊下をギリギリ走るのだから、はたから見たらヒヤヒヤもんだ。

 異世界列車は空中庭園を傷つけないように進み、ボクの目の前まで行くとピタッと止まった。

「京都です。京都です。お降りの際はお荷物のお忘れのないようにご注意してください」

 聞き覚えのあるアナウンスを耳にしながらボクは異世界列車へと乗り込む。

 青春あおはるカズヤ、異世界18きっぷの旅の始まりだ。

 

 異世界列車はすいていた。というか、ボク以外誰も乗っていない。ボクは誰も居合わせていない、この静かな空間を気に入っている。

 京都は何処に行こうとも観光客でいっぱい。――わびさびなんて何処へやら、弾丸ツアーでやってくる観光客が自撮り棒片手で写真を取りまくる。それらを何十、何百もインスタグラムへアップロード、なんだか建物がすり減りそうだ。

 そういうこともあってか、ボクはこの異世界列車に来た際はスマホの持ち込みを禁止にしている。まあ、ホントは異世界『ニヴルヘイム』で古ぼけた城とクレバスの入った雪山の写真を撮ったのだけど、元の世界へと戻ったらその写真データが消えていた。しかも、完全消去できないバグになっていて、ムダに容量を食ったのだから腹が立つ。異世界でスマホを使わないと決めたのはその一件からだ。

 近くの席に座ると、異世界列車の扉が閉まる。そして列車はゆっくりと動き出し、空中庭園から大階段を下る。

 10階、9階、8階、7階、と、異世界列車は大階段を軽快に降りていく。いつもは横にあるエスカレーターからゆっくりと大階段を眺めるものだが、一気に下る大階段を見るのも面白い。

 異世界列車はどんな土地や建物内をも走るとんでもない乗り物。誰にも邪魔されずに、自由に進む。常識なんかお構いなし、線路が続くのだから走っちゃう。

 ホント迷惑極まりない。けれど、そういう列車だからこそ、異世界へと行けるのだ。


 大晦日は年越しフェスティバル会場となる大階段の踊り場から飛び降りて、異世界列車は京都駅正門、改札口へとダイブ。異世界列車は地面に突き刺す前に、空間をこじあけた。

「それでは出発いたします」

 列車内のアナウンスが聞こえると、異世界列車は異世界へと旅立った。

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