第2話 おはぐろにいさん

昔、小学校に公衆電話があった。

まだ、携帯が普及していない頃だ。

生徒も勝手に使っていいとされ、

今から帰るだとか、

けがをしたから迎えに来てほしいだとか、

そんな些細なことにも使われていた。


私は学校の公衆電話ではなく、スーパーの中の公衆電話を使う派で、

そこから祖母に電話して、欲しいものがあるときは

迎えに来てもらって帰りに目当ての物を買ってもらっていた。

一度、スーパーの名前を伝え間違えた。

待ち合わせに今いるスーパーではなく、違うスーパーの名前を伝えてしまったのだ。

祖母は言われたスーパーに行き、私はずっと電話をかけた方で待っていた。

間違えたことに気付いたが、

今更、電話しても自宅にはいないし、お金がもったいない。

叔父と祖父にばれるのも嫌だ。

時間がたつごとに距離はそんなに遠くないのに、当時はその距離が果てしなく思え、

祖母を歩かせてしまったことへの申し訳なさや、帰ったら叔父に怒られると考えるだけで、怖くて泣き出してしまった。

兄の同級生がたまたま通りがかり、祖母を連れてきてくれて事なきを得たが、

あの時の心細い気持ちは忘れられない。


ーおはぐろにいさんー


おはぐろにいさん、有名な怪談だが、私の学校でも流行っていた。

リカちゃん電話などメジャーなものもあったが、

学内に公衆電話があるものだから、様々な亜種のような怪談もあり、

メジャーところが亜種に改変されているものもあった。

その中でもおはぐろにいさんは、一番亜種が存在していた気がする。


正式には「おはぐろにいさんなくなよ」らしい。

089-623-7974

今調べたら、どうやら、このナンバーにかけると怖い話が聞けるらしい。

ちなみに現在は使われていないらしい。


この話は兄の代から伝わったもので私は当時小2.3。

前回の話にもある怪談で人を集めていたころだ。

兄から聞いた話ではこの番号にかけると、

人の殺し方、完全犯罪が聞けると言っていた。

他にも、何でも問いかければ答えが返ってくるとか。

そんな怪談、他にもあった気がする。

みな好き勝手に言い、さながら大喜利状態だった。

中でも、普通に怖いのは

・女の叫び声がする

・お経が聞こえる

・耳から音が聞こえるのではなくて、頭の後ろから聞こえる

どうだろうって感じなのは

・エリーゼのためにが聞こえる、ただの保留音説

・男の人がはあはあしてる、ただの変態説

ちなみに私が広めた亜種は、

病気で歯が抜け落ちた男がいて、まるで口が黒く見えることからお歯黒、

電話をとるけど、歯がなくてしゃべれなくて、悲しくて泣く男が電話口にいる説。

番号に意味を持たせたくて仕方がない感じだ。


こういった謎の電話番号や、怪談は多く存在する。

でも、私が悩まされるのは、人間だ。


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私はその日も祖父母宅に預けられ、珍しく父が迎えに来た。

私は父と帰りたくなかったが、祖父母宅にいるのも嫌で、家に帰ることにした。

「した」といっても決定権は私にはないが。

母はまだ帰ってきていなかった。

イレギュラーなことだったので不安で、

なぜ迎えに来たのか気になったが、父に話しかけたくなかった。

父はいつもより早めに迎えに来たため、夕飯をまだ食べてなかった。


家に帰り、父は2階の自分の部屋に行った。

父がいるとき、兄は部屋から出てこない。

私は一人、部屋で膝を抱えて座る。

お腹がすいた。

家の電話がなった。

いつもなら出ないが、不安な気持ちもあり、出てみた。

プー

公衆電話特有の音がする。

「もしもし」

母からだった。

「今、これから帰るからね。」

    「うん」

「夕飯食べた?」

    「まだ」

「お腹すいちゃったね、お惣菜買って帰るからね」

    「おかあさん、迎えに行く」

「暗いから」

    「やだ、行く」

「…気を付けてくるんだよ」

一刻も早く、母に会いたかった。

服を着替えて、迎えに行こうとした。

玄関で靴を履いているとき、父に見つかった。

「どこいくんだ」

    「お母さん、迎えに行く」

「暗いから、やめろ」

    「お母さん、待ってるから」

「危ないから、やめろ」

    「大丈夫だから」

バン!!!!

大きな家が家中に響く。

父が壁を蹴った音だ。

古い家なのに意外と頑丈で穴は開かなかった。

「やめろって言ってるんだよ」

父が怒鳴り始める。

「このやろう」

「おとなしく、言うこと聞けよ」

父は私には手を出さない。

冷静を装いながら、震える手で靴を履き、家を出ていこうとした。

「いくなら、わかってるんだろうな」

「あいつに何してもいいのか」

あいつとは母の事。

はっとして父を見る。

目が血走っている。

父は母には手を出す。

私はあきらめて、靴を脱いだ。

父はまだ背後でぶつぶつ言っている。

「なにやってんだよ」

「あいつ帰ってきたらころしてやる」

怒りが冷めやらぬ父を置いて、私は部屋に戻る。

父はまだ何かを言っていて、

私の部屋のふすまがすごい音を立てて開いた、何かが破裂したような音だった。

「ごめんなさいは?」

返事をしなかった。

「おい」

「ごめんなさいは!?」

私は小さな小さな声で「ごめんなさい」といった。

「あいつ帰ってきたら、許さない」、そんなことを言いながら、

父はどんどんと大きな音を立てながら階段を上っていった。


怖かった、お母さんが待ってるのに。


ころすって本気だろうか?


どうしよう、どうしよう。

完全にパニックだった。

涙が止まらない。

あ母さん、殺されちゃう。

やだやだやだ。

私は、ランドセルからノートを取り出し、一枚ちぎった。

鉛筆を筆箱から取り出した。

鉛筆で、ちぎった紙に震えながら描く。


「お母さん、逃げて。殺されちゃう。」


玄関をあけたら、気付かれる。

そっと、ドア下の隙間に差し込む。

私は部屋に戻り、祈る気持ちで、母が帰ってこないことを願った。

父が階段を、下りてきた。

何で?

私は焦った。

玄関にいく足音がした。

ぎし..ぎし..

廊下の音だ。

紙を抜く、すっという音。

瞬間、紙がぐしゃぐしゃと丸められる音がした。

父はまた上の階段に上っていった。

そっとふすまを開けると廊下に丸められた紙が落ちていた。


ああ、どうしよう。どうしたらいい。

ふと、思いついたのは「おはぐろにいさん」だった。

電話機に行き、おはぐろにいさんの番号を押す。


プルルルル

プルルルル

プルルルル

ガチャ


私は急いで言う。

「お父さんの殺し方教えてください」

私は兄から教わったおはぐろにいさんの話を信じていた。


声がしない。

おはぐろにいさんはただはあはあと息をしていただけだった。


いつのまにか後ろに兄がいて、冷めた声で言った。

「教えてくれないよ」

   「でも、お母さんが」

兄は受話器を私からとって、切った。

「大丈夫だから」

兄は部屋に戻っていった。


私はあきらめきれず、紙を丸められないよう今度は紙を小さくちぎって、

枚数をいっぱい書くことにした。

そしてそれを、玄関先において、

母がそれを見たらすぐ逃げれるようにしようとした。


それを設置して、父が来ても大丈夫なよう、

私は身を挺して母を逃がそうと廊下で体育座りをして待った。


母が帰ってきた。

母の顔を見たらほっとして、涙が出そうになった。

でも、いけない、母を早く逃がさなきゃ。

お母さん、逃げて。

言おうと母に近寄った瞬間、母がギュッと私を抱きしめた。

「大丈夫だからね」

兄とおんなじことを言う母。

今度は本当に泣いてしまった。


母が返ってきてから、父は1回も階段を下りてこなかった。

母が、御飯をもって2階に行ったが、何事もなかったように

少し話した後、御飯をそのまま持って下りてきた。

兄は母がいると、父がいても部屋から出てくる。

3人で夕飯を食べた。


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この話を最近まで忘れていたのだが、

母の昔の財布の中から、小さな紙が出てきた。

「お母さん、逃げて。」

その紙を見て、一気に思い出した。


父親は地雷のような人で、怒ると手が付けられない人だ。

私だけには甘く接しようとしていたが、私は父が心底嫌いだった。


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おはぐろにいさん、つながったりつながらなかったりするらしい。

あの古い家の特殊な電波のせいだかなんだかわからないが、

私たち兄弟はつながった。

そして、兄も同じ質問をしたようだった。


また、かけようとは思わなかったし、

つながっても何もないが、同級生にこのことを言うのは憚れ、

私はおはぐろにいさんを新しく自分で作って、みなに教えた。

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棲む人々の物語 二 @ten-0610

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