棲む人々の物語 二

@ten-0610

第1話 嘘つき

小学生の頃、お祈りの時間が朝礼にあった。

週に一度、礼拝もあり礼拝堂で賛美歌を唄い、祈りを捧げた。

捧げた相手は、イエス・キリスト。

皆が目をつぶり、手を組み黙とうする時間があり、

私はその時間を使って、同級生に嘘をついた。


ー嘘つきー


私は、小学生になっても友達ができなかった。

仲間に入れては言えるのに、その後ができない。

皆で遊んでいたはずなのに、気付くといつも一人になっていた。


幼稚園の頃の連絡帳には毎月ある言葉が書かれていた。

「もっとみんなと仲良くなりましょう」

元々、内気なのもあったが一人で空想するのが、一番楽しかった。

自分でお話を作って、それになりきる。

卒園児に、園児全員に何かしらの賞が与えられるのだが、

私に与えられた賞は「くるくる回るで賞」。

遊び場でいつも一人で、くるくる回っていたから。

そんな嘘みたいな賞をもらい、そのまま同じ系列の小学校に上がった。


友達ができないまま、時間が過ぎた。

1年生の頃、なぜか先生のお気に入りだった。

その先生は私を膝に置き、頭をなでるのが好きだった。

授業中ずっとなでることもあり、気持ち悪かった。

2年生の頃、先生のお気に入りであることは変わらなかったが、

ある事件があり、先生のお気に入りから陥落してしまった。

相変わらず友達がいなかったので、先生に好意はなかったが、

よりどころをなくした私は図書室にこもるようになった。

休み時間は誰とも目を合わせず、すぐに図書室に駆け込んだ。


どこの学校も同じだが、この学校にも怪談がいくつかあった。

同じ学校に兄が通っていたので、

私は同級生よりはやく怪談を知ることができた。

校舎の一階の公衆電話でしかつながらないおはぐろにいさん、

トイレの花子さんのような話、

戦争で死んだ子供が坂の上で待ってる話、

校庭の銅像が動き、そこに向かって私たちの靴が勝手に動く、

学校のシンボルツリーで首を吊った教師の話、

またフラッシュ動画などが流行っていた頃だったので、

パソコン室のみで見れるという、赤い部屋のような話もあった。

3年生になり、図書室の本に飽き始めた頃、私はこれを使って友達を作ろうとした。


その中の1つをおしゃべりな同級生に話した。

そもそも人と話せないわけではなく、人を繋ぎとめることができないだけだと

思っていた私は、その怪談を同級生に話すことで友達を作ろうとした。

そして、図書室のこもっていた私のキャラクターもあいまり、

話に真実味が出て、一躍私はクラスの人気者になった。

人気者になり、毎日、同級生たちに話をねだられるようになった。

当時、あの古い家に住んでいたので、学校の怪談以外にも話のネタには困らなかったが、想像でつくった怪談もいくつか話していた。

それに家の話も落ちがなさすぎる、皆の反応を見ながら話を脚色した。

つまり嘘である。

しかし同級生たちは、面白がり話を聞いてくれた。

調子に乗り、毎日、お話を作った。


ある日、正義感が強く、クラスのリーダーのような女の子が提案した。

「怪談を確かめに行こう」

当たり前の提案であったが、私は焦った。

嘘の話もいくつかあるし、そもそも怪談だから真偽など定かではない。

しかし、確かめに行ってみんなが怪談を信じてくれなくなったら、

また、友達をなくしてしまう。

同級生たちはリーダー格の提案を受け、私を見た。


「最近は、女子トイレが怪しい気がするな」

私は平然と答えた。

どうにでもなれ。

別におばけがその時いなかったからと言って、

私の話が嘘と言われても、怪談なんてそんなもの。

同級生なんて適当に丸め込める。


私に友達ができないのは、

繋ぎとめることができないからではない、

こうやって人を馬鹿にしてるからだった。

当時、同級生より自分は頭がいいと思っていた。

先生のお気に入りである優越感が忘れらずにいた。


女子トイレなので、男子はトイレの外で待たせ、

クラスの女子だけでトイレの中に入った。

放課後は集団下校になるので、お昼休みに決行した。

決行といってもただ、見に行くだけだが。

1学年ごとに校舎の1階層になっている構造で、学年が上がるごとに階が上がり、

階層ごとに男女のトイレがあった。

1年生は2階からで、高学年と低学年では校舎が分かれていた。

1番下の階には、ホールと、美術室、下駄箱があり、

音楽室や更衣室などは、渡り廊下でつながった違う高学年棟にあった。

1階は美術室など特別な教室しかなかったので、

その階のトイレが一番使われなかった。

私はそのトイレを指定した。


おそるおそる女子トイレに入る。

私は怖くなかったし、皆も怖がるというより、面白がっていたと思う。

それでも、おそるおそるという感じで入っていった。

当たり前だが何もなかった。

はずだった。


トイレの電球が1つ、バチッという音がして消えた。

窓のないトイレだったので、電球が1つ消えただけどすぐ薄暗くなった。

少しの静寂の後、同級生の1人が叫んで飛び出していった。

その後を追ってみな、慌てながら出て行った。

私は残って消えた電球を見ていた。

ふと、誰かが私の腕を引っ張り、トイレの外に出した。

「大丈夫?」

腕を引いてくれたのは、クラスでも明るい雰囲気のスポーツが得意な女の子だった。

その子は私に、大丈夫かと聞いた。

なぜ私の心配をしてくれたのか、不思議だった。


先に出た、女子たちは

一番奥の扉が閉まっていた、だとか、

床に血のようなものが見えた、とか、

男子に興奮して話している。

そんな奇怪な現象はなかったと思うのだが、

リーダー格の女の子が一番興奮している。

その後、昼休みが終わり、午後の授業中、手紙が回ってきた。


内容は次の休み時間にクラスで人気の男子を一人だけ、

女子トイレに入れて中を見てもらうからついてきてくれ、といったものだった。

誰かのだしに使われたなと思ったが、

それよりさっきの腕を引っ張ってくれた子が気になる。

もしかしたら友達になってくれるかもしれない。


次の休み時間、私はトイレに行くことを拒んだ。

行ったら呪われると皆を脅し、先ほどの女の子の腕を今度は私からつかみ、

その子に助けを求めるよう、顔を見た。

「行くのやめよう」

強い声で、その子は言ってくれた。

明るく友達の多い子だった。

発言力と影響力があり、女子はそれに従った。

リーダー格の女子は納得いかない顔だった。

おそらく、手紙を書いたのは彼女で、誘おうとしていた男子が好きだったのだろう。

どうでもいい。


それから、私は急激にその子との距離を詰めていった。

教室移動を共にし、体育の授業ではペアを組んだ。

怪談もその子にだけ話すようにした。

二人だけの秘密にして、わざと同級生たちには隠し、

怪談を匂わすようなことを漏らして、皆の反応を二人で楽しんだ。

るーるに私の話をすると笑ってくれ、楽しくて、友達ができたと思った。

私たちはあだ名で呼びあっていた。

私は、「さこ」で、その子は「るーる」。

名前の最初の文字をとっただけのあだ名だが、恥ずかしかったが、

とても大切なものに思えた。


「最近、つまらない」

面と向かって私に言ってきた子がいた。

名前は「田中さん」。

気が強い子で、るーると仲が良い子だ。

その頃、私はるーるがいた女子グループに入れてもらう形だったが、

私はグループのみんなとは仲良くなることができず、

るーるとだけ話しているようなものだった。

今も変わらずだが、どうやら私はグループというものが苦手だ。

るーるはグループのリーダーだったので、そのリーダーを独り占めしていた私は、

当然ながら嫉妬された。

中でも田中さんは今まで体育の授業のペアはるーると組んでいた子だけあって、

私への敵対心は強かった。


「最近は何も感じないの?」

今日は週に1回の礼拝の日だ。季節は梅雨でしとしとと雨が降っている。

クラスでまとまりながら、礼拝堂に歩いている。

責めるように、田中さんは続ける。

「なんで。あんなに怖い話してくれたのに。」

うるさいな。

「変なものとか見えないの?」

「ほら、あそことか」

「なんか怖い話してよ」

「私も最近、見えるんだ」

「何か声、聞いたり」

「るいもなんか話、聞いてるんでしょ?教えてよ!」

るいはるーるの名前だ。

るーると呼んでいるのは私だけだ。

私をさこと呼ぶのも彼女だけだ。

彼女のこの問いかけは礼拝堂につくまでまで続いた。


礼拝が始まり、いつも通り賛美歌を歌う。

聖書の朗読が始まる。

つづいて、牧師のお話。

外が雨なのもあり、礼拝堂の中は薄暗い。

礼拝中、キャンドルで照らされたイエスキリストの肖像画を見ながら、

ああ、帰り道が憂鬱で仕方がないと鬱々としていた。

私とるーるの世界を壊さないで。

私の隣には、田中さんが座っていた。

るーるは前の列、少し離れた席だ。


献金が始まった。

献金の時間、目をつぶり黙とう。

献金袋が回ってきたらその中にお金を入れて隣の人に回す。

そしてまた、目をつぶり、生徒全員に袋が回るまでしゃべらず祈り続ける。

献金は自由で、お金を入れても入れなくてもいい。

献金中は袋の布ずれの音、ちゃりんという硬貨の音、

しゃべってはいけないがどこかのクラスでひそひそ声がする。


献金袋が回ってきて、お金を入れ、田中さんに袋を手渡す。

田中さんもお金を入れ、隣の人に袋を手渡す。

私はそれを薄目で確認し、口をほとんど開かず、

聞こえるか聞こえないかの小さな声でつぶやいた。

「ころしてやる」

腹話術のように唇は動かさない。声色を少し変える。

もう一度。

「ころしてやる」

田中さんが声に気付いた。

驚いて私のほうを見る。

私は何もなかったように祈りを続けた。

目線を感じるが、見られていることにも気づかないふりをし、

祈りを捧げ続けた。

田中さんは周りをきょろきょろとし始めた。

黙とうが終わり、目を開け、私は一度も田中さんの方を見ずに、

前の椅子の顔のように見える、木のふしを撫でた。

田中さんはまだきょろきょろしている。


その後、お祈りの言葉を皆で唱え、賛美歌を歌い、礼拝が終わる。


帰り道、田中さんがるーるに話しかけていた。

「ころしてやるって声が聞こえたの!」

「えー」

私はるーるの隣に行く、田中さんがルールを挟んで私に話しかけてきた。

「ねえ、変な声聞こえたよね!」

成功だ。私がやったとは気付いてない。

「何が?」

「声だよ、声!」

「わかんないけど、声が聞こえたの?」

「よく聞こえなかったけど、ころしてやるって」

「どんな声?」

「低かったような」

自分の声って、自分が思ってるのと違く聞こえるな。

「…礼拝堂にいる死んだ人?」

含みのある言い方で返す。

田中さんはそれだ!という風に、食い気味に「知ってる?」と聞いてきた。

「お兄ちゃんから聞いたことあるかも」

礼拝堂は開校してからずっとあるもので、かなり古かった。

不気味な雰囲気もあり、そういう話が合っても不思議ではなかった。

兄からそんな話を聞いたことはないが。


田中さんは他のグループの女子や男子にも声が聞こえたということを話し始めた。

幽霊の声を聞いたと、話している。

るーるは私の真似をしているだけじゃないかと、

来るときの話もあり心配してくれたが、私も兄から聞いたことがあるし、

と田中さんを気遣うように話した。

つくづく自分を滑稽だと思う。

いつの間にか雨が降りやみ、曇り空だけが広がっていた。


田中さんはそれ以来、自分に霊感があると言うようになり、

聞こえた声の話や他にも様々な話をするようになった。

田中さんはクラスの人気者になった。

毎日、田中さんの席の周りには人だかりができた。

田中さんは私とるーるのことなど忘れ、皆を飽きさせないために必死に話していた。


私はその話を聞きたくなかったし、るーると二人になれてうれしかった。

でもるーるはそうではなかった。

るーるは、みなと同じように田中さんの話を聞きたがった。

田中さんには霊感はないと言いながらも、話を聞きたがる。


るーるはみんなと行動するのが好きだった。

優しく、明るいるーるはスポーツもできて、

ドッチボールがうまく、みんなに頼られる。

男子からも一目置かれ、クラスを仕切っているのは、違う女子だが、

るーるはクラスの影の番長、ご意見番みたいなものだ。

同級生と分け隔てなく接することができる彼女と、友達になれて誇らしかった。

自分が一番の友達だと思った。


だから、彼女が話を聞きたいというたびに、裏切られる気分がした。

あなたの一番は私ではないの?

彼女はみんなに嫌われることを恐れていると思った。


夏が近づき、半そでの季節になった。

あともう少しで、夏休みだ。

田中さんは相変わらず、クラスの中心にいる。

最近は、クラスのリーダーの女子とも仲がいい。

まだ教室移動はるーるのグループにいるが、体育のペアなどはリーダーの子と組むようになっていた。

体育の後など、その子と話している田中さんにるーるが声をかけると、

田中さんは少し嫌そうにしょうがないなという態度でこちらへ来た。

私は田中さんを無視して先を歩いていた。

るーるは田中さんを待ち、彼女に「ごめんね」とあやまった。

るーるが私より田中さんを優先しているようで嫌だった。


るーると田中さんの中を引き裂こうと思った。

今日は週に一度の礼拝の日だ。


今日の隣の席はるーる。

田中さんは私とるーるの前の席、隣にはリーダーの子。


いつも通り、賛美歌を歌い、

聖書の朗読、

朗読担当の男子がはりきって言う

「はっきりいっておく」

聖書でよく使われるフレーズだ。

牧師のお話、

「夏休みに入る心構え」

牧師に言わせる必要があるのか。

そして献金。


献金の袋がまわってくる、隣のるーるに手渡す。

献金のお金は、祭壇で清められてから、慈善基金として使われるらしい。

本当だろうか。

来年には新しいチャペルが建設される、

そのお金に使われてる気がしてならないと、母が漏らしていた。

るーるが隣の子に袋を手渡したのを確認した。

私は前と同じように口を動かさずに、小さな声でしゃべり始めた。

「るい、うざいんだよね」

「るいと友達止めたい」

なるべく田中さんの口調をまねる。

「もう、るい、やだ」

「わたし、こっちに入ってもだいじょうぶだよね」

るーるが気付き、前を気にしている。

るーるが小さく首を振る。

私はそれを薄めで確認する。

悲しそうな気配がする。


私は止まらなかった。

「るいってさー、だれにでもいいかおして」

「はっぽうびじんってやつ」

「うざい」

「ねえ、るいをクラスではみらない?」

「いいね、それ、やろう」

あっ、まずい。

一瞬地声が出てしまった、私はぎゅっと目をつぶる。

でもなぜか、口は止まらなかった。

「るい、ほんと、うざい」

口もしっかり動いてしまった。


るーるが震える声で言う。

「あなたが言ってたの?」

背筋がひやりとして、後頭部がぞわぞわした。

でも、どこかで「さこ」って呼んでくれないことを悲しく思っていた。

無意識であだ名を言ってくれるほど、私と彼女の距離は近くない。

私は問いかけ無視して、黙とうした。

言い逃れはできないだろう。

彼女は頭がいい。

許してくれるだろうか?

許してくれたとして、私と彼女の仲は変わってしまうだろう。

いやだ、いやだ。

こわい、見捨てないで。


私は彼女に何か問いかけられることが怖くて、

礼拝がおわって、一目散に彼女から離れた。

自分と仲の良くない女子にわざと話しかけた。

彼女はこういう時、人の話に割って入ってこない。

そんな下品なことはしない。

私は話を途切れさせないよう、ずっと話し続けた。

話すことは得意だ。

これだけで、彼女と仲良くなったんだから。

他には何もない。


礼拝堂の外はすっかり、夏の日差しだ。

それを忘れて一刻も早く礼拝堂から出たい私は、

扉から入る強い光を見てしまった。

目が痛い、とっさに扉の上を見た。

古い礼拝堂の扉の上に直に書かれた壁画がある。

最後の晩餐。

なんだか、泣きそうだ。


それから数日後、すぐ夏休みになった。

夏休みに入るまで、私は図書室にこもった。

るーるは図書室には一度も来なかった。


夏休み中、友達もいない、母は仕事でいない、祖父母の家に預けられ、

旅行にもいけない、兄と一緒にゲームをして過ごした。

私は見るばかりでやりはしなかったが。

それに飽きたら本を読んだ。

本を読んでいれば、祖父母は何も言わなかった。


夏休みが終わり、新学期だ。

休み明けの重い頭を引きずって、学校へ行く。

教室の中では久しぶりに会う友達と歓喜の声をあげたり

それぞれ夏休みの思い出の自慢話や、

お土産の交換会が開かれている。


私は自分の席に座り、本を広げる。

友達はいないから、何もすることはない。

彼女が登校してきた。

彼女はどうやら以前クラスが同じだった友達と旅行に行ってきたらしい。

そんなことすら私は知らなかった。

他のクラスに友達がいるなんて知らない。

やっぱり私だけが好きだったんだな。

彼女はうらやましがる同級生たちに、少し困ったようにお土産を配る。

彼女が私を見た気がした。

私は本を閉じ、トイレに速足で向かった。

ついてくる気配はない。

しばらくして教室に戻ると、先生がすでにいた。

同級生は先生に夏休みの話を聞いてもらいたくて仕方ないように群がっている。

彼女もその中にいる。

ゆっくり席に戻ると始業のベルが鳴った。


新学期になり、一日一日と時間が過ぎる。

学期が始まり最初は、何度か私に近づこうとする彼女の気配や、

話したそうな雰囲気を感じた。

そういう時、私はこっちに向かってくるのをきちんと確認してから、

あからさまに彼女を避けた。

次第に、彼女は私と接することを諦めた。


それで良かった。

きちんと向かい合って話すことも怖かったし、

私といるより、違う人といるほうが楽しそうだ。

私も悩む必要もない。

私だけが好きで、友達ずらしてただけ。

背伸びしてついていこうとしてただけ。


本当に私は私のことが好きで、

自分を守ることに必死で、だらしがない。

私が人を好きになることは気持ち悪い。

私は人から愛されたいだけで、相手を理解して愛する気持ちがわからない。


彼女は私が礼拝堂でしたことを誰にも話さなかった。


私が通っていた学校は一貫校で、本人が望めば大学も

よほどのことがない限り同じ系列の大学に入れる。

小中高で外の学校に出ていく子も多いが、大半が大学で外へ出る選択をする。


私も大学は違う大学に行くことにしていた。

彼女も高校まで残り、大学で出るようだった。


小学校は毎年クラス替えがあり、

中学からは外部の学校からやってくる人も増え、1学年7クラスになる。

彼女とは、それから一度も同じクラスにはならなかった。


ただ一度だけ、高校で会うことがあった。

内部進学クラスと受験クラスで分かれて勉強する時間、

彼女が同じ教科を選択していたのだ。


彼女は相変わらず明るい笑顔で、いわゆるクラスの中心グループだった。

日焼けした肌がまぶしく、部活はラクロス部らしい。

私はいわゆる地味な人たちとつるみ、いわゆる陰キャだった。

彼女は私の存在にも気づかないと思った。


授業が終わり、机の物を片づけていると、彼女が近づいてきた。

油断した。

昔と変わらず人懐っこい顔で話しかけてきた。

「私、あなたと昔仲良かったよね?」


何も言えなかった。

そしてすぐに怒りが込み上げてきた。

本当に、覚えていないのか。

やっぱり、あなたにとって私はその程度の存在だったの?


やはり、何も言えず黙っていると、彼女の顔が強張った。

思い出したのだろう。

そして、気持ち悪そうに席を離れていった。

そんなに化け物を見たような顔をしなくても。

学校に棲む七不思議は私だったのかも知れない。


覚いだしてくれて、良かった。

しかし、変わらず彼女は人に話さないでいてくれるだろうか。

すぐに保身を考えた。

最低だと思う。

彼女はクラスの中心で、私は影にいるような人間だ。

彼女が言えば、すぐにいじめの対象となるだろう。

大事な受験期に、問題を抱えたくはなかった。


しかし、その心配は杞憂に終わり、私はすぐに学校に行かなくてよくなった。

進む大学が美大だったので、

勉強よりもデッサンなど予備校で勉強したほうがいいとされ、

元々参加自由だったので、行かなくなった。


私と彼女はもう会うことはない。

彼女と仲良くなったきっかけのトイレ。

あの電球が切れることを私は知っていたわけではない。

あの時、トイレで本当にびっくりしていたのは私だった。

私はびっくりすると、目をまん丸くして止まってしまう。

単純にとろいのだが、虫に対してだけ反応が早い。

あの時は焦ったのだ。

適当に言ったのに、当たってしまった。

まずい。


聡い彼女はそれに気付いたのだろう。

私の手を引いてくれた。

彼女は私の嘘も気づいていたのかも知れない。

仲良くなったのも、嘘を重ねる私を助けてくれようとしたのかも。

確かなのは、私は彼女の気持ちを裏切ったことだけだ。

他はもう、自分の話ですら本当の事なんかわからない。


私と彼女はもう会うことはない。

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