商法

 とある人には聞いた話。名は伏す。

 本来『葬儀場』はお祓いをすべきだと、その人は主張する。

 神奈川県西部の○○○という葬儀場はお祓いをしない。

 オーナーがコストがかかることを嫌がるから、とその人は言う。

 その斎場では葬儀中にも関わらず出列者が倒れ、救急車で搬送されることが多い。

 一度葬儀中、人間が発狂した。

 その時の故人は七十代の男性だった。

 喪主は同年代と思われる奥様。上品な奥様だったという。

 打ち合わせから通夜までを話者を共に過ごしたが、亡くなられたご主人は大病の末であり動揺は少ないように見受けられた。

 周囲への気配りも欠かさず毅然とした物腰の老女だった。

 だが式が始まって、三十分。

 話者は初めて人間が狂ってしまった様を見たという。

 

 最初老女はゆっくり泣いていた。

 だが次第に火がついたような泣き声となり、話者が駆け寄ると腕をすり抜け、老女は床に寝転んで両手両脚を振り回し言葉にならない声を叫んだ。

 子供が駄々をこねるイメージの前に、話者は死ぬ前の羽虫のようだと感じたという。

 喪服ははだけて涎を垂らす老女に場内は騒然とした。

 葬儀社のスタッフらは強引に老女を別室に連れていったが一向に様子は落ち着かない。

 差し出されたコップを老女は振り払い、どこにそんな力があるのか不思議になるほど力強く床を踏み叩いた。

 話者はいつどのタイミングで、目の前の老女が暴れて手をつけられない、言葉も通じない相手になったのか、察知することもできなかったという。

 結局式は中断され、救急車で老女は運ばれていった。

 そして老女は一週間以内に死亡したという。

 開かれた葬式は、件の葬儀場だった。

 一週間前より参列者は減っていた。あれは一生忘れられないと話者は言う。

「連れていかれたとしか思えない。絶対にあそこで葬儀をしては駄目」

 私は頷きながら、勘ぐりが止められなかった。

 葬儀場がお祓いをしない理由は「オーナーがケチっているせい」と聞いたが、果たしてそれだけだろうか。

 それだけだと思いたい。だが中小企業のオーナーが時に異常なほど金に執着するケースも、知っている。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

葬儀社に勤めていた人から聞いた話 別府崇史 @kiita_kowahana

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ