第4話 魔法制御とボブさん


 説明会が終わって家に帰った太郎と清美は、しばらく話し合ってエルヴァン魔法学校に入学するかどうかは高志の意思にゆだねる事にした。


 「なぁ、高志はエルヴァン魔法学校に行きたいか?」

 「うん、僕あそこに通いたい!」

 「あそこに通う事になると、お父さんとお母さんには1週間に1回しか会えなくなっちゃうのよ?」

 「それでも行きたい!」


 エルヴァン魔法学校は全寮制の学校で、週1でしか家に帰ることはできない。

 6歳の息子にそれが耐えられるのか不安だったが、高志の意思は固いようだ。


 息子と週に1回しか会えなくなるのは不安だし悲しいが、清美も太郎も高志をエルヴァン魔法学校に通わせるにのは反対じゃない。高志が通いたいというのなら通わせても良いと考えていた。


 魔法が学べることも魅力的だが、何よりもエルヴァン魔法学校は学費が安い。何と全寮制の学校なのに年間20万円しか掛からないのだ。


 これは世界中から生徒を募集している為に、貧困層や発展途上国に住む家庭でも払えるようにしているかららしい。

 特殊な学科を受講する場合は追加でお金がかかる事もあるみたいだが、普通に学ぶ分には1年間の学費が20万で済むというのは充分に破格だといえる。


 しかし、残念な事に問題がない訳ではない。入学前には試験があるし、日本の学校と違って授業中に大ケガをする危険もあるらしいのだ。

 平和な国で生きて、しかも今まで魔法がないと思っていた太郎と清美にとっては頭が痛い問題だといえる。


 「でも試験は大丈夫かな? 高志には難しいんじゃないか?」

 「分かんないけど頑張るよ!」


 試験の内容は、1ヵ月後までに【魔力制御】と【言語魔法】の習得をすることだ。1か月後にもう一度魔法学校に集まって教師たちの前でこの2つを行い、合格を貰わなければ入学は出来ない。


 説明では1ヵ月もあれば覚えられる内容らしいが、魔法に対して全くの無知である太郎と清美には不安しかなかった。


・・・


 「高志、学校に通うためには試験勉強を頑張らないとな!」

 「うん! 僕頑張る!」


 実は魔力操作を覚える為に魔法学校から魔法のメガネを貸し出されていた。

 これは掛けると魔力を視認できるようになるという魔道具で、魔力の制御を練習する時に役立つ道具なんだそうだ。


 試しにメガネを掛けてみると、確かに体の周りから青い湯気のようなものが出ているのが見える。


 「おぉ、この青いのが魔力ってやつか」

 「これは面白いわね。他の生き物からもこれって出てるのかしら?」

 「お父さんが一番青いの出てるね!」

 

 エルヴァンの説明では魔力は認識さえできてしまえば大まかなコントロールは容易いという事だった。

 太朗が試しに動かそうとして見ると、確かにゆっくりとだが思った方に魔力が動いていく。


 「確かに思ったように動くな」

 「でも制御できてるかって言うと疑問が残るわね。私達、魔力を垂れ流してるようにも見えるわよ?」


 清美が不安そうにつぶやく。

 清美のいう事はもっともだが、大まかに自分の意思で動かすことが出来る事も確かだ。

 完全にコントロールするのは難しそうだけど、1ヵ月もあれば出来ないことは無いかもしれない。


 「お父さん見てみて!」


  高志は太郎や清美よりもずっとコントロール出来ているように見えた。

  エルヴァンが言っていたように、高志には才能があるのかもしれない。


  「高志は本当に才能があるのかもね」

  「これなら俺たちはともかく高志は何とかなるかもしれないな」


・・・


  まだ安心する事はできない。何故ならまだ覚えないといけない魔法があるのだから。


  もう1つの試験である言語魔法は、使用すれば言葉が通じなくても会話ができるようになるという便利な魔法だ。しかも一度魔法を使えばその効果は1日中続くらしい。


 その分この魔法は難しく、精密な魔力制御が必要になって来る。

 これを覚えるのは至難の業だろう。


 「説明会の時にいた先生たちは色々な国の人と話せて凄いと思っていたけど、これを使ってたんだな」

 「これ便利よね。これが広まったら英語の授業が無くなる気がするわ」

 「文字は読めないままだから、結局は勉強しないと苦労しそうだけどな」


 文章には効果が発揮できないと小さな問題はあるものの、充分に魅力的な呪文なのは間違いない。この呪文があれば言葉の壁が無くなるのだから。

 

 ((この呪文は覚えた方が絶対に良いな))


  太郎と清美は息子の受験勉強とは関係なしにこの魔法を覚えようと思うのだった。


・・・



 目標があると人は面白いもので、簡単に努力を続けられるようになる。


 まずは魔力制御を行えないと先に進めないと考えた3人は、風呂と寝る時以外は常に魔法のメガネを掛けていることにした。


 太郎は仕事の片手間にも魔力制御のトレーニングをし、清美も家事をしながら魔力制御のトレーニング、高志もテレビやおもちゃに目もくれずに魔力制御のトレーニングを続けていった。


 その集中力は凄まじく、日に日に3人は上達していった。

 上達していくのが分かると嬉しくて3人は更に集中していく。その繰り返しでどんどんと上達していった。


 そして魔力制御の特訓を始めてから1週間後、3人は体から魔力を出さずに抑え込むことに成功した。


 「よし、ここまで制御できれば問題ないだろう」

 「次はいよいよ言語魔法ね」


 言語魔法を扱うためにはより精密な魔力制御が必要になるだろう。

 自分達には早いかもしれないが、まだ時間は2週間以上ある。

 太郎と清美はより気を引き締めていく事を決めた。

 しかし次の瞬間、高志から衝撃の事実が告げられる。


 「あ、僕もうそれ出来るよ? ボブさんとちゃんとお話出来たもん。ボブさん驚いてた!」


 高志が言っているボブさんとはお隣の田中さん家で暮らしているアフリカ人の男性だ。何でも田中さん家の1人娘のである朋美さんの婚約者らしく、今はあいさつでこちらに来ているらしい。


 因みにボブさんは日本語が全く話せない。

 気さくで良い青年らしいが、こちらにとっては意思疎通もままならないマッチョの黒人でしかない。朋美さん以外英語が芳しくない田中家の皆さんが苦労しているのを太郎と清美はよく目撃している。


 「そうか。高志、ボブさんと話したのかぁ」

 「うん! ボブさん、朋美お姉さん以外の人と久しぶりにちゃんと話せたって喜んでたよ!」

 「よかったわね。でも迷惑になったらいけないから、田中さんの所に行くときはお父さんかお母さんに教えてね?」

 「わかった!」


 息子に先を越されて悔しい清美と太郎だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る