第2話 2人の魔法使い
「ありえないだろ。魔法学校? 新手の宗教とか詐欺じゃないのか?」
「そんな風に言うなら、アナタも一緒に来てよ。私だけじゃ不安だったし」
清美から説明を受けた太郎は難色を示すが、清美と高志の意志は固いようだ。
何だかんだ説得されて、最終的には会社を休んで清美達に付いていく事になってしまった。
幸いな事に有給は溜まっていた太郎だが、まさかこんな形で使う事になるとは思ってもいなかった。急に休んでしまうと会社にも迷惑をかけてしまう。そう思うと太郎は申し訳ない気持ちで一杯になった。
「すいません、親が倒れまして。はい、2日程休ませていただきます」
会社に嘘を吐いて有給こそ捥ぎ取ったものの、罪悪感で胃が痛くなる太郎であった。
・・・
翌日の朝早くに3人は説明会の会場である公民館に向かって家族仲良く出発した。
車を使うような距離でもないので散歩がてら徒歩で向かう。
天気は晴天で、風が気持ちいい。チラホラとピンクに染まってきた桜が太郎の心を慰めた。
「しかし入学する小学校だって決まっているのに何でまた……」
「アナタ、何時までも文句言わないでよ」
「そうだよお父さん」
何時までもグチグチと文句を言う太郎に清美と高志は呆れ顔だ。
太郎だって普通の学校の説明会ならここまで愚痴をこぼしたりはしない。
時期的にギリギリだけど、いい学校があれば息子をそっちに入学させたいと思う程度には父親をしているつもりだ。
しかしエルヴァン魔法学校という怪しい名前の学校、そしてその説明会が近所の公民館の1室で行われると言われれば、少しくらい愚痴をこぼしたくもなるだろう。太郎はこの説明会の為に嘘までついて仕事を休んでいるのだ。普通の人なら怒っているところだと思う。
「しかしな、学校を説明する小冊子に西洋の城を載せている学校がだよ? 公民館で説明会ってありえないだろ。どうせイタズラとかドッキリとかじゃないのか?」
そんな太郎の言葉に清美は何も言えなくなってしまう。
実は彼女も太郎と大体同じ考えなのだ。ファンタジーが好きだから、面白そうだから説明会に行こうとしてるに過ぎない。
イタズラだと思う理由も幾つかある。
学校の説明会というものは普通、その学校でやるものだ。
それなのにエルヴァン魔法学校は近所の公民館の1階の奥にある部屋で説明会を行うと書いてあった。
清美はこの公民館を知っている。昔からこの近所に住んでいた彼女は物心ついた時から公民館に何度も足を運んでいたし、何だったら地域の行事があればここに集まっていた。
(あそこの1階で広い部屋って、舞台ホールとダンスのレッスンをする所しかなかったような……)
だから清美は公民館の構造をある程度だが知っている。
そんな清美の記憶の中には、1階で説明会を開けるほど広い部屋は殆どなかったはずだ。
(まぁ、イタズラだったらそのまま帰れば良いか。最近は家族みんなで遊びに行く事もなかったし丁度良いよね)
疑う要素が多すぎて最初から半分以上信じていないのだから、イタズラならそれでもいいと清美は思っていた。帰りに外食でもすれば、それなりに良い休日の過ごし方じゃないか。
清美はそんな風に考えながら早くも昼はどこの店で食べようかと思いを巡らせていた。
・・・
公民館に着いても学校の説明会が行われるような雰囲気はなかった。
事務員さんに聞いても部屋の貸し出しの予定はないという。取り合えず手紙に同封されていた地図の通りに向かってみることにした。
地図は公民館の奥の奥、殆どの人が近づかない職員通路を示している。
3人は不安になりながらもせっかく来たのだからと、行くだけ行ってみることにした。
「何だ、あれ?」
地図が示している場所まで行くと見覚えのない扉が廊下の真ん中に置かれていた。太郎と清美は目の前の扉を見て、思わず声を出した。
「廊下の真ん中に扉?」
「何の冗談だ? ドラえもんのどこでもドアじゃあるまいし」
扉は廊下のちょうど真ん中にあった。
壁にある訳ではなく、廊下のちょうど真ん中に扉だけがある。
何処か非日常な空気を感じられるソレは、清美と太郎にとって異常でしかなかった。
「ねぇ、僕が開けても良い?」
「高志、開けるのはちょっと待ちなさい」
不安になった太郎が高志を止めて、まずは扉を調べてみることにした。
扉自体は木製の扉だ。試しに裏側から扉を開けようとしてみるが、ノブは回るのに開く気配がない。
「開かないな。しかし何だこれは? もしかしてこれが説明会場の入り口なのか?」
「ちょっとファンタジーな感じだけど、扉があるだけじゃねぇ」
「バカにしてるとしか思えないな」
呆れる2人とは正反対に高志は扉に興味深々だ。
何故なら先週似たような扉が出てくる映画をみたから。あんな大冒険が自分にも待っている気がして、高志は扉を開けたくて仕方がないようだった。
「ねぇ、もう開けても良い?」
「そうね、別にいいでしょ。でも一応ノックしましょうね。突然ドアが開いたら中の人がビックリしちゃうから」
清美が笑いながら言う。それを聞いた太郎は少し呆れ顔だ。
扉は年季が入っていて、ガタが来ているように見える。ノブを回すとガチャリ、と大きな音が鳴った。
「あ、お父さん、今から開けるよ!」
「どれどれ、俺も今そっちに行くよ」
キィイ……と小さな金属音を鳴らしながら扉は開かれる。
裏側からはピクリともしなかった扉は、高志の手によって簡単に開かれた。
・・・
その先には廊下が続いているはずだった。
さっき太郎が扉の裏側は確認したし、間違いはないはずだ。
しかし扉の向こうには貴族が住んでいそうな部屋が広がっていた。
部屋の隅には黒いローブを着た老人と女性が椅子に座っているのが見える。
彼らは正に魔法使いといった格好でこちらをニコニコと見ていた。
「何だこれ?」
「私だってわかんないわよ」
太郎と清美は信じられないと、体が固まってしまった。
ありえない。あっちゃいけない。
「あら、日本人が来るのは珍しいですね」
「そうだな。日本人は大抵冗談だと思って手紙を捨ててしまうからのぅ」
「母親だけでなく父親まで来るのは好印象ですね」
扉の向こうの老人と若い女性がこちらを見て何か喋っている。
彼らが説明会を行う職員なんだろうか? 映画で出てきそうな魔法使い風のローブが更に太郎と清美を混乱させた。
「ようこそいらっしゃいました。こちらへどうぞ」
「はい! お邪魔します!」
「おぉ、元気な子だ。魔力量も多いし、将来有望だね」
清美と太郎とは違って、高志は目を輝かせて扉の向こう側へ入って行ってしまう。清美が止めようとしたが、それは一歩遅く高志を捕まえる事は出来なかった。
(何なの、この人たち? アナタ、早く高志を連れ戻して来てよ)
(無理だろ。彼らを刺激したら何をされるか分からないぞ? 今は様子を見るべきだろう)
失礼かもしれないが、学校の説明会で黒いローブを着ている2人組を前にして、息子を持つ夫婦としては普通の考えなのかもしれない。
「ご家族の方もどうぞお入りください」
そう言ってにこやかに笑ったのは20代前半と思われる女性だ。
腰辺りまで伸びた薄ピンクの髪は清美から見ても美しいと思える程に手入れが行き届いていた。
顔も芸能人と言っていいほどの美人である。体形はローブのせいでよく分からないが悪くはないだろう。
「は、はい。失礼します」
「なに鼻の下伸ばしてるのよ」
清美は部屋に入ってまず辺りを見回した。部屋の中には品の良い机と本棚が並んでいる。10帖はあるだろう広い部屋は、映画に出てくる貴族の部屋そのものだった。
しかし、ここで説明会を開くというのには少し疑問が残る。ここには他に人がいない。自分たちと部屋にいた2人以外に人が見当たらないのだ。
「あの、説明会はここで行うんですか?」
太郎も同じことを思ったのだろう。不安げな表情で老人に問いかける。
それを聞いて返ってきた言葉は耳を疑うものだった。
「いやいや、ここから別の場所に転移するんじゃよ。我々は様々な国から生徒を募集しておるからのぅ。」
「エルヴァン校長、そろそろ時間です」
「そうか? しかし日本からの説明会参加者が1名とは寂しいのぉ」
「例年通りじゃないですか。校長はいつも参加者が多いアメリカを担当していましたから拍子抜けでしょうが……」
老人……エルヴァンは溜息を吐くと、高志の方を見た。
腰辺りまで伸びている顎ヒゲを撫でながら徐に頷く。
「まぁ、才能豊かな子供が来てくれただけ、良しとするか」
「あの、転移って――」
不安に駆られた清美が転移の事を聞こうとするのとエルヴァンが杖を振るのはちょうど同じくらいだった。
・・・
太郎は魔法という物を信じていなかった。
廊下の真ん中に置かれた扉の時も、そして2人の魔法使いらしき人物と出会った時も、彼は心から魔法が存在するとは思っていなかった。
それはファンタジーが好きな清美も同じだ。
何処かにトリックがある。大掛かりなドッキリ番組かなにかなのだろうと考えていた。現実と空想を別けるだけの分別は持っているつもりだった。
2人はエルヴァンが転移をすると杖を振るった時も、心の何処かではそんな事が出来るはずがないと思っていた。
そう思わないと、今まで築いてきた当たり前を壊してしまう気がしたからだ。
「ワシ達が最後の様だな。さぁ、好きな席に座ってくだされ」
エルヴァンがそう言って壇上の方に上がっていく。
「母さん、父さん、早く座ろうよー」
清美と太郎は高志に言われても、すぐには動くことが出来なかった。
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