蝉鳴きワンルーム

 じいわじいわと外では蝉が大合唱していた。夏っぽいが、正直、暑っ苦しくてしょうがない。

「あっ、つー……」

 不便じゃない程度に狭いワンルーム。エアコンは今朝ぶち壊れ、修理は幸運にも明日。だがつまり、それは今日一日はこの猛暑をどうにか乗り切れってことだ。せめてもの足しになりゃ良いと窓を開けてはみたが、蝉の鳴き声とむっとした夏の空気はお世辞にも涼しくなったとは言えなかった。と言うか普通に暑くて暑くて嫌になる。冷蔵庫から取り出した麦茶もすっかり汗をかいちまって、コップはびしゃびしゃだ。でも、だからと言って何をする気にもなれないのがまたタチが悪い。

「くっそ、あっつい……」

 ぶーん、と押入れの奥から引っ張りだして来た扇風機が間抜けな音を立てて首を振る。生温い空気を掻き混ぜた結果は、まあ、言わずもがな。無駄に声を出したって、暑さがマシになる訳でもない。いい加減、やる気はなくても何か対策しないとマジでヤバイ。あーだのうーだの唸ってどうにかヤル気を呼び寄せようとしていると、安っぽい鈴の音が聞こえた。部屋の呼び鈴。嘘だろ、こんな悪環境の時に。居留守キメてやろうかと思った俺の耳は、だが控え目にゆっくりと扉を叩く音をばっちり捕らえた。こういうことするのは一人しかいない。よっと気合いを入れて立ち上がって玄関の扉を開けてやる。

「や」

 必要最低限の挨拶をしてきた来客は案の定佳月だった。相も変わらない黒シャツと細身のパンツという暑いんじゃないかって服装のクセ、涼しい顔をしている佳月はぴくりと一瞬眉を細めた。

「……涼しくないね」

「エアコンぶっ壊れた。明日にゃ直るが今日は地獄だぜ、ここは」

「熱中症になりそう」

 正論を一つ吐いて、佳月は勝手知ったると言わんばかりに俺の家の中に入って来る。唯一涼しげなサンダルを脱いで、荷物を俺のベッドの脇に放って、ぺたぺたと流し台に近付く。

「水分補給、してるよね」

「そりゃな」

「そう」

 ざあざあと水を流してコップを洗い、やっぱり勝手知ったるとばかりに冷蔵庫をばかんと開けて麦茶を注ぐ。そのままデカいボトルを持ったままちょっと立ち止まって、それから部屋に取り残されていた水滴まみれのコップにも麦茶を注いでボトルを冷蔵庫に仕舞った。部屋の丸テーブルの一角にすとんと腰を下ろして、自分で注いだ麦茶を無表情で二三口飲むと、ことりとコップをテーブルに置いて、タイミングを見失って立ったままだった俺にじいっと視線を向ける。相っ変わらず、マイペースだ。猫みてえな視線を浴びながら座る。

「まあ、顔色も変じゃないし、元気ではあるみたいだね」

「身体は丈夫だかんな」

「そういう問題でもないような気もするけど」

 手のひらをぴったりとコップに押し付けたまま、ぼんやりと佳月は窓の外を眺めている。

「外、暑いね」

「だな。暑っ苦しくていけねえや。蝉もうるせえし」

「夏っぽいけどね」

「そりゃ、夏だしな」

「そういうことじゃないんだけど」

 ふ、っと微かに息を吐くように笑って、重たそうな瞼を薄っすらと下ろしてごろりと佳月は横になる。大学帰りっぽいし、眠いのかもしれなかった。

「おい、こんな環境で寝んな」

「逆に新鮮だよね、こういうの」

「あ?」

「俺の部屋、こういうのないから」

 狭いワンルームと空調完璧な高級マンションを一緒にされたら困る。

「もうちょっとしたら俺の家に移動した方が良いかもね」

「そだな。流石に、この中で寝るのはきちぃや」

 佳月がきっと気まぐれに注いだ麦茶を飲む。冷たい麦茶が喉をすっと通って行くのが面白いくらいに分かった。

「お前んちの冷蔵庫、結構もう中身ねえだろ」

「そうかも」

「そうだぜ、昨日飯作った時やべえなって思ったし」

「じゃ、買い物してから家帰ろ」

「何か食いたいもんとかあるか」

「鷹司の作ったのなら何でも」

「そういう答え方嫌がられるらしいぜ」

「お前も嫌なの」

「べっつに。好きなの作るし」

「じゃあ良いや」

 うーん、と一つ唸って佳月が身体を起こす。ちょっと乱れた髪を雑に直して、ついでみたいに指が左耳のピアスを確認していった。夏の日差しに鈍く輝くそれは、銀色だからか少しだけ涼しそうにも見えた。

「麦茶飲んだら行こっか。準備とか」

「いらね。どうせ着替えとかお前んちに置いてるし、勉強道具はカバン中だし」

「そっか」

 ほんのりと口の端を上げて目を細める佳月を横目に、俺はコップ半分程の麦茶を一気に飲み干した。

 まあ、明日は午後に部屋にいりゃ、大丈夫だろうしな。

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