コールドスリープ

 どうにも佳月の体温は平均より低いらしい。

 いや、ある意味では予想通りと言うか何と言うか、その常日頃殆ど動かない表情筋や、言っちゃアレだがちょっと陰気な雰囲気を裏切らない事実ではあると、鷹司は思っている。ちなみに低血圧。やっぱり予想通り。初めて手を握った時はちょうど冬だったこともあって死ぬ程びびった思い出がある。当の佳月には、「鷹司が子供体温だからそう感じただけじゃない?」なんて言われてしまっているのだが。だが、触れると一瞬だけひやりと感じてしまうのだから、やっぱりちょっとは体温が低いのだ。その感触は、決して嫌いではない。

 ぱちり。

 目を開く。

 「おー⋯⋯」なんて呻きながら枕元のスマホを隣で寝ている佳月を起こさないように布団の中に引き込んでボタンを押す。ロック画面は朝の七時を告げていた。長年の習慣というものは恐ろしいもので、どんなに夜起きていてもこの時間にはどうしてか目が冷めてしまうのだ。眩しいブルーライトを放つ画面を寝惚け眼で見ながら、回転の鈍い頭で鷹司はぼんやりと考える。

 今日は、自分も佳月も午後からしか授業はなかった。なら、二度寝も悪くない。

 怠惰な方向に進みかけた思考に、はたと待ったをかける。

 どうせなら、ちょっと凝った朝食作ってやっても良いかな。時間あるし。

 昨日は佳月の家に行く前に佳月と連れ立ってスーパーに寄った。油断すると冷蔵庫の中身を空っぽにしてしまう家主よりも、鷹司は佳月の家の冷蔵庫の状態を良く把握している。だから、そろそろなくなってしまうだろうと色々と買い込んだのだ。だから今、ここの、佳月の家の冷蔵庫はずっしりと沢山の食べ物を蓄えている。今現在隣で静かな寝息を立てている佳月をちらりと見て、ふっと口の端が綻ぶ。多分、飯を作ったらこいつは美味そうに食ってくれる。何時もポーカーフェイスなのに、そういう時は少しだけ、表情が緩んでいるのを鷹司は知っている。伸びた黒髪を一度梳いて、良し、と気合を入れる。起きて、飯を作ろう。

くい、と、布団から抜け出そうとした鷹司の手首を、ひやりとした手が掴んでいた。

「⋯⋯!」

 ただでさえ冬の日の寒い朝だ、思わず飛び出かけた悲鳴を呑み込んで隣を見遣れば、薄っすらと目を開いていた佳月と目が合った。

「⋯⋯もう朝、あさ⋯⋯?」

 普段から低い声が、一段と低い。が、寝惚けているのか呂律は危うい。若干ふわふわした物言いに思わずちょっと笑いながら言葉を掛けてやる。

「おう、朝だ。おはよう」

「おはよう⋯⋯今何時」

「七時過ぎ」

「はやい⋯⋯」

 眉根を寄せて佳月は唸ると、鷹司の手をぐいと引く。ひょろっとして見えるが結構力は強い。布団に縫い付けられた身体を佳月の上へ屈めて、諭すように鷹司は言う。

「おら、飯作ってやるから離せ」

「寒い」

「暖房点けてやるから」

「⋯⋯暖まるの、時間掛かるじゃん」

 いよいよ両手で鷹司の身体を布団の中に引き込もうとする佳月。布団から出てきた筈のもう片方の手も、やっぱりひやりとしていて、鷹司に触れるとじわりと少しだけ熱を持つ。あんまり暴れるのもどうかと思い、その手に従って布団に倒れ込む。ずるずると鷹司の身体を布団の中に引き入れながら、もごもごと佳月は呟く。

「良いじゃん⋯⋯もう少しだけで良いから⋯⋯」

 目が覚めきっていないらしい佳月は危うい呂律で言葉を繋ぐ。薄く開いていた黒々とした目はまた緩やかに閉じていた。ふっ、と吐息混じりの小さな笑い声が一つ、佳月の口から落ちる。

「あったかい」

 じわり、と自分の胸の内から何かが湧き出るのを感じて鷹司はわしゃりと佳月の髪を掻き混ぜる。普段は素っ気なくて、淡々としていて、表情もほとんど変えないクセして、たまにこうやって思い出したように明け透けに色んなものを発露させるのだ、こいつは。それを卑怯だ、と言う自分も、愛おしい、と思う自分もいることも、鷹司は自覚している。どうにしたって、惚れたもん負け、って奴なのだろうが。本格的にまた寝始めた佳月の顔をしばし眺め、観念したように布団の中に潜り込む。ああまで言われて抜け出すのは気が引けた。二度寝だって、別に悪いことじゃあないのだし。

 結局、遅い朝食はトーストとコーヒーになった。



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