明暗のカオス

永い、永い坂道を行く途中のことだった

足もとから伸びた薄い影、その心臓に一滴の雨粒が落ちる


季節外れのにわか雨が痛みを濡らした

時代の風と青々しい匂いがした



こんなときはいつもあの闇夜の惨劇を思い出すんだ

それはあまりにも救いの無い陰鬱な茶番


さぁ銀の刺繍の赤幕が上がる


道化師たちは好奇の笑みを浮かべた




始まりは瑞々しい邦画の様な青空で

ときには賑やかに ときにはしっとりと描かれて

罪のない笑顔があり 揺れる瞳があり


進みはやや遅いものの

地に足の着いた展開と

巧みな伏線が期待を否が応にも煽ってきて

何かを築いている気にすらなってきて


トラブルさえもが物語を盛り上げるための感動ファクター

解決の予兆がすでに含まれている 予定調和


僕らは自転車で駆け抜けた

風を切って駆け抜けた あの憧憬の日々を




そのとき、僕は大きな勘違いしていたんだ

それはただ眺めるだけの景色だった

その中に自分がいないことに気づいていなかったんだ




何かに手を伸ばせば届きそうな距離に見えていた

あと3メートル、あと2メートル…………


しかしその距離はいつまでたっても縮まることはなく

空模様が非現実的に歪み始めた

灰色の毒霧が漂い始めた

天から来る石矢の雨が全身を貫いた



でもそれは僕の世界だけの出来事で

向こう側では誰もが相変わらず幸福感に満ちた笑みを浮かべていた

彼らの目に映る景色は微動だにしていなかった


だから僕は見て見ぬふりをすることにしたんだ

彼らの世界こそが真実で

僕の世界なんてただの悪い夢だと


歩みを止めるこの悪寒と悲痛は気のせいだと

亡者どもの金切り声なんて聴こえないと



――今ここに何の問題もないと断言してもいい

これは確実、反対する奴は馬鹿に違いないね


悩みなんて忘れてしまえばいい

ほら、少し手を伸ばすだけですべてが手に入るさ

君は恵まれている 少し誤解しているだけさ

それとも手を伸ばす勇気がないのかい?




…………いつの間にか、シーンは脈絡もなく切り替わり

鬱蒼とした森の洋館の一室で死体が発見された


皆が動揺した

皆が疑心暗鬼になっていた



混沌とした感情の中で、空気が混ざり合っていく

混乱した無明の中で、天地を分かつ地平線が薄れていく



退廃的な廃墟の暗い部屋に皆は一堂に会した


白いテーブルクロスが引かれた長机を囲み

銀の燭台に赤い炎を灯し

古びて崩れそうな樫の椅子に腰を掛ければ

ユダを探す話し合いが始まった



議論は暗礁に乗り上げるかと思われたが

その中に偶然居合わせた凄腕の名探偵が


わずかな証拠をかき集め

明晰な推理の末に




犯人は僕だと告げたんだ




滔々と語られた演説に皆はすっかりと聞き入り

誰もがそれを信じ込んでしまうんだ



全く身に覚えのない僕自身さえもね




ああ、絶望こそが真実で

憧れこそが偽りだったのか




その後、皆は寄ってたかって

僕の両手を赤いペンキで塗装していくんだ


そしてこの返り血こそが動かぬ証拠だと声高に叫ぶんだ

これでもう安心だ、もう夜が来ても死体は出ないと安堵の声を漏らすんだ


「すべて悪いのはお前だからな」

「子供じみた抵抗なんてするなよ、お前さえ大人しくしていれば平和は保たれるんだ」

「なんて残酷な! もっとやりようはなかったのか? 罪深きものに天罰を!」




ああ、裏切りこそが真実で

あの日々こそが偽りだったのか




だとしてもあの死体は何だ?

誰かが殺したんだ


何か忘れていないか

何か見落としていないか

何か見て見ぬふりしていないか

それで本当に平和なのか




今夜、

重苦しい雨の中でブリキの人形たちは溺れてる

その淀んだ水たまりの中で掴む藁すら選べない


もがきながら溺れていることを否認してみても

自分を騙しきれるわけもなく


救助を求めても助けなんか来る気配もなく

悪魔に居場所を知らせるだけで



僕は罪人かもしれないが十字架を背負わぬものなんているのかい

潔白なものだけが石を投げよとキリストは言った


それなのに誰もが石を投げ始めた

石を投げないことが罪の証拠になるとでも言うのか




「じゃあ本当にやってやろうじゃないか」


こうして罪人は罪を重ね、

潔白な者は潔白であり続ける



真実は闇夜の風雨の中に封じられ

その調査は禁忌として扱われている、今日も

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