第3話

 結局、私は狐につままれたような気持ちのまま占い師の店をあとにした。

 思わず上着の財布とカードとを確認してみる。が、その心配も杞憂に過ぎなかったようだ。

 北野坂から加納町の交差点にさしかかったときに、ふと思い出す…

─── あいつに買って帰ってやるか… ───

 妻はケーキに目がない。しかも、加納町のあの店のミルフィーユは大好物だった。妻に好物のケーキを買って帰ってやることによって、今日の夢のような体験から自分自身を現実に引き戻せるような気がして、私はあの店で妻の好物を買って帰ることにした。



「ただいま。」

「あっ、お帰りなさい。」

 何の変哲もない帰宅の挨拶。でも、こんな些細なことでも今の二人には至福の時に感じられる。

「今日、ちょっと帰りに近くを通ったから買ってきたよ。」

 そう云って私はケーキ屋の箱を妻に手渡した。

「わぁ!私、ちょうど食べたいなと思っていたところなんですよ♪」

 ケーキの箱を受け取っては、まるで子供のように無邪気に喜んでみせる。

 そして、次の瞬間、彼女は満面の笑みを浮かべてこう云ったのだった。

「あなた、そろそろお茶にいたしませんか?」


おわり

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そろそろお茶にいたしませんか? 瑞光 琢磨 @takuma_zuikoh

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