大人の事情
平成○○年4月10日金曜日、今日もいつも通りに田中先生の授業が行われた。その日の僕は一日中昨日祐樹が話したことで頭がいっぱいだった。田中先生がこの学校をやめる。祐樹と田中先生と僕。太陽が昇り、明るくなり、気温が上がり、太陽が沈み、気温が低くなり、暗くなる。少なくとも卒業するまでは僕の中で決して崩れない関係、法則が今まさに崩れようとしている。
「今日は皆にお話ししなければならないことがあります」
田中先生はこれから起こることに対して悲しい表情を浮かべながらそれに抵抗するように大きな声で言った。
「この学校に来て3年ちょっと経つけど、再来週に先生はこの学校をやめることになりました」
辺りはざわついたが、中には知っている者もいたため、それほど大きなざわつきではなかったが、女子の何人かは泣いていた。
「知っている人もいるかもしれないけど隣のクラスの遠藤先生と結婚することが理由です。今お腹に赤ちゃんもいます。皆には急なことで本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです。みんなが卒業するまで、最後までこのクラスの担任を続けたかったけど」
田中先生はそのあとに何かを言おうとして辞めた。おそらく子供の僕らには分からない話だったのかもしれない。
「みんなとの思い出は私の一生の宝物です。新しい担任の先生になっても今までと同じように皆らしく元気でいてくれたら先生はうれしいです」
田中先生の最後の声は少しかすれて聞こえた。
クラスのみんなはそのあと先生の元に行き、先生と色々なことを話しているようだった。その中に祐樹もいた。そこにいないのは僕だけだ。僕は祐樹が先生と話し終わるまで自分の机で待った。その間僕は窓からこれから沈んでいく太陽とその景色をただただずっと眺めていた。
「シュウジくん」
田中先生が僕に話しかけている。気づけば教室には祐樹と先生と僕しかいなかった。祐樹は教壇の前で僕と先生をにやにやしながら見ている。
「なに?」
「今まで絵のお話をたくさんしてくれてありがとう。シュウジくんともお別れするのはとても寂しいけど、また絵のお話聞かせてね」
「うん」
田中先生と僕の会話はそれだけ。それで十分だった。二人ともそう感じていた。
先生は教室から出て行った。おそらく去り際に祐樹と僕に最後のあいさつをするために、こちらを向いたのだろうが、それは定かではない。夕陽の射す教室に祐樹と僕がいる。
「シュウジ、帰ろうぜ」
祐樹はどこかいつもより元気がなかった。
「うん」
その日初めて僕は視線を上に向けた。
帰路の夕焼けの景色はいつもと同じだったが、やっぱり今日も微妙に違った。
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