第12話



殺し屋稼業の朝は遅い。基本的に任務の遂行はその特性上白昼に堂々とやれるものではないため、夜遅くに遂行することが多い。したがって日中のあいだは『依頼の受付』が主な業務となる。依頼の受付と言っても、基本的には依頼は便利屋であるアシェル・パトリツィオが持ってくるため、カケルは依頼主との面会はしない事の方が多い。しかし今回の依頼は依頼主が「カケルとの面会」を求めていたために、カケルはこの時間に仕事に出なくてはならなくなった。


「ったく.......なんでこんな時間に外に出なきゃいけねぇんだよ...めんどくせぇ......」


「しょうがねえだろ、多分俺には言えないけど、お前には言わなきゃいけねぇ事があるんだろ?我慢しろ。」


「チッ......めんどくせぇなァ~」


カケルの愚痴を乗せて車は夢島区の西の方面へと向かう。夢島区の西地域の中心部は福神地区と呼ばれており、多くのスラム街が存在しているほか、比較的大きいYAKUZA組織の事務所が点在している地域でもある。


その福神地区にあるとある薄汚いビルの一角で、依頼主はカケルと面会したいとアシェルに連絡していた。


アシェルはカケルがその車から降りるとこう言った。


「何かあったら絶対に連絡してくれ。少し嫌な予感もする。お前の命がなくなったら依頼金も元も子もないからな。気をつけろよ。」


「はいはい。わかったから。ったくさっきからうるせえなぁ」


カケルはそう呆れた口調でビルの中へと入っていった。依頼主の要望で面会の場所は地下一階に指定していた。カケルは地下一階に下がると驚きの光景を目にする。地下一階は血まみれになっていた。所々には血みどろの死体が散らばっている。その死体のほとんどは詳細を覘くと、頭に命中した後が見つかっており、命中率はほぼ100パーセントに近い。そんな状況にカケルは唖然としてる中、後ろから黒い影が迫ってくる。


思わずカケルは声を上げて後ろを向き、周りを睨みつけるように見渡した。


「誰だッ!!」


カケルの耳には思わぬ人物の声が聞こえた。


「まったく……昔仲間にしてたやつをそんな目で見ますかねぇ?今の名前は何だったっけ?すど……」


「首藤カケルだ。お前は何しに来た。雷電。」


「何しに来たって。アハハハ。そりゃあこんな奴に頼むことなんて一つに決まってるだろう?」


「つべこべ言わずに早く言え!」


カケルはそう怒鳴ってその鉤爪を雷電の首元に近づけた。


「アハハハ……悪かった悪かった、ジョークだよジョーク。君はほんとに頭が固いなぁ。」


その煽りにカケルは憤怒する余裕もなく、周りを見渡した。


「貴様、何をした。」


「何をしたって?アハハハ。」


雷電はそう笑いながらその部屋にある椅子に座った。


「僕は上から来た任務を淡々とこなしただけだよ?」


「何の任務だったんだ」


「それはさすがに君には教えられないねぇ……だいたい、君に教えられるようなやわなものじゃないし、君にはもう教える忠義もない。」


そう言って、雷電はカケルと距離を近づけた。


「ねぇ、裏切り者さん?」


カケルは何か接触した感覚を得た。思わず上を見上げるとカケルの額には銃が向けられていた。


「貴様!何をするつもりだ!」


「交渉だよ。交渉。」


そう言って雷電は首元を締め上げ、上へ上へと持ち上げた。


「やめ……!一体何のつもりなんだ!」


「まさか、あんなきったない廃ビルで殺し屋稼業をやってたとは思わなかったねぇ。あんなクソみてぇな裏切り者が……俺たちの『パパ』と『ニュー・ファミリー』を裏切ったやつがなぁ!」


「何が言いたいんだお前は……!さっさと要件を言え……!殺す気か……!?」


カケルが息苦しくそう叫ぶと雷電はその手を離して、再び銃口をカケルに向けた。


「そうさ。今すぐにでも殺したいさ。でもこんなクソ野郎をすぐに殺すのは勿体ねぇ。だから俺のありがたい『情け』でお前に猶予を与えてやろうってわけさ。勿論条件付きでね。」


雷電はそう言ってニコッとした表情を見せた。


「その条件ってのは何なんだ……!?」


「僕の依頼を受けることだよ!無償でね。」


「無償だと!?そんな依頼聞いたことねえぞ!」


カケルがそう怒鳴ると突如としてバアアァンと銃声が聞こえた。


「ガタガタ言ってんゃねえよ……裏切り者さんよォ……俺たち『ニュー・ファミリー』は怒らせるとヤバいやつに豹変することぐらい君だってわかるだろう?なら、この依頼を断ったら何が起こるかぐらいわかるだろう?あれ、そういや『ニュー・ファミリー』はどこと関係が深かったんだろうなぁ?」


「まさか……室谷組に俺の事を……」


「さすが、頭は固いけど勘だけは鋭いなぁ?大正解だ。君のことをよく調べてみたら僕たちのことを散々裏切った癖に室谷組に相当お世話になってるようじゃないか?それはよろしくないことだなぁ?こんなことを室谷組が知ったらどうなるんだろうねぇ?そういや君の相棒は……」


雷電はそう言って写真を取り出した。そこに写っていたのはカケルの相棒、アシェル・パトリツィオの顔であった。


「まさか……!?」


「当然のことだよなぁ?裏切り者が『パパ』の作ってくれた鉤爪で殺し屋稼業をやって、その上外国人の相棒と手を組んでるなんてな!首が吹っ飛ぶどころの話じゃ済まねぇなぁ?コイツも一緒に……」


雷電はそう言ってアシェルの顔写真を破った。


「やめてくれ!貴様の交渉に応じるから、アシェルだけは……」


「おおようやく交渉に応じてくれたか、いい子だいい子だ。」


「……で、その依頼の内容はいったい何なんだ?」


「そうだな。そろそろ依頼内容も話さないとなぁ。」


そう言うと雷電は再び財布から一枚の写真を取り出した。


「コイツを処分してくれ。」


そこに写っていたのはかつて、カケルが『ニュー・ファミリー』に所属していた時の相棒である彩雲と呼ばれていた一人の少女であった。


「こいつを殺せだと……!?」


「あらぁ~?冷徹かつ武骨の筈のカケル君がそんなこと言いますかぁ~?」


雷電はそう煽った。


「黙れ!幾ら殺し屋といえども、理不尽に人を殺めることは気が引けるんだぞ!」


「理不尽ねぇ.......君にはこんな大罪人を成敗するのが『理不尽』に見えるのかい?」


雷電はカケルにそう訊く。


「当然だ!何が大罪人なんだ!だいたいお前達のやり方は常軌を逸している!日系人の子供たちを誘拐して洗脳させて、その上大量虐殺をさせる、そんなことをさせてたら気が触れるのは人の理の筈だ!それで辞めた奴を殺せだと!?冗談じゃねぇ!」


そうカケルが憤怒すると、再びバァアンと銃声が聞こえた。


「ただの殺し屋如きがガタガタ言うんじゃねえ!」


銃弾はカケルの顔に少しのかすり傷を作った。


「常軌を逸しているだとォ?常軌を逸しているのはお前の方じゃねえか?『パパ』たちは君を誘拐でも、洗脳でもしたわけではなく、『救済』を施しただけだ。君はまだあの命の恩人を侮辱しているのかい?...ったく君はとことん呆れた奴だ。」


「あんだとォォォ!!!!!」


カケルはカッとなって、雷電に襲いかかる。しかし、そうするとまたもやバァアンといった銃声が何発も聞こえた。それはまたカケルの腹に二・三発かすり傷を作り上げた。一瞬のことであった。


「おっとっと...間違えて引き金引いちまった。」


この時、カケルはハッとした。今の状態では、雷電に勝つことは98%不可能だということに。それに気づいた瞬間、カケルはこの依頼を受けなければ自分だけでなく、周りにも損害を与えてしまうことを理解した。


「仕方ねぇ…お前の依頼を受けよう。」


その言葉を聞いた雷電はニヤリとした表情で立ち去りながら、こう言う。


「あんまし俺を敵にしない方がお前の為だぞ?」


雷電はもう1回、カケルの方を向いた。


「なあ、月光さん?」

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鉤爪にかける 茶呉耶 @chagoya

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