第9話



興南城の朝はギャングの怒鳴り声から始まる。そこでは既に白昼から銃声が聞こえている。黒崎裕子はその銃声で目を覚ます。昨夜は酷い悪夢に魘されていたため、その銃声は悪夢からの解放を知らせる音でもあった。


「すごい……周りの景色が全然違う……」


思わず裕子はそう呟いた。しかしながらそれは当然の反応であった。裕子が住んでいた部屋は埃一つもない、大理石の床と、広い波斯絨毯が広がっている、カケルの事務所とは180度違う空間であった。カケルの事務所は至る所にクモの巣が張ってあり、壁はところどころ銃弾の痕のような穴が開いており、塗装は何もなく、不気味なグラフィティ―アートを除けば殆どが無機質なコンクリートでおおわれている。


「ようやくお嬢様のお目覚めか。」


先に起きていたアシェルがそう言った。裕子は思わず自分の寝ていたベッドを見た。そのベットはお世辞にもいいベットとは言えず、まるでゴミ捨て場においてあるような、そんなベッドであった。衛生環境も悪そうな空間に寝ていたことに裕子は身の毛もよだつ恐怖に襲われた。


「おい、カケル、起きろ。朝飯だぞ。」


「ったく・・・・・・いつからお前は俺の女房になったんだよ・・・・・・」


カケルもそう言いながら古びた食卓にやってくる。そんな食卓に出された『朝食』は廉価で販売されているカップラーメンであった。


「えっ」


思わず裕子は声を出してしまった。当然のことであった。なぜなら黒崎家の朝食は毎食、お手伝いさんが作ってくれる特製の、一般的な視点からするとそれはそれは豪華な食事が提供されている。カップラーメンのような庶民が口にする食事は口にしたことがないのだ。


「あっ、もしかしてカップラーメン苦手?」


裕子の声にアシェルが反応する。


「いえ、苦手というより、初めて見たので、少し驚いてしまっただけです・・・・・・お気にせず!」


そう裕子が言うと、


「こんなもので驚いてたらこの世界生きていけねえぞ?少しは慣れろ。」


とカケルが悪態をつく。


「おい、カケル。いくら何でもその言い方はないだろう。」


「悪いか?俺は事実を述べただけだぞ?」


「だからって言って、14の少女に言う言葉じゃねえだろ?カケルも少しは頭を使え。」


「あ?頭を使えだと!?喧嘩売ってんのかてめぇ!」


と、カケルとアシェルが言い争いになると、


「やめてください!」


裕子が大声を上げた。


「大丈夫です・・・・・・大丈夫ですから・・・・・・私は確かに、こういうものには慣れていませんが、今まで何度もご飯が食べられないことがありましたが、その時よりは全然大丈夫です・・・・・・」


裕子がそういうと、二人は荒げてた声をそっと閉じて、黙り込んでしまった。数分の沈黙の後、アシェルがふと見る。


「あ、もうこんな時間か!そろそろ仕事に行かなければ!カケル!裕子ちゃんの面倒見てられるか?」


そうアシェルがたのむと、


「おいおい、ふざけんなアシェル・・・・・・俺もそろそろ別の依頼主のところに行かなきゃいけねえんだよ・・・・・・こんなガキの面倒見てられるほど暇じゃねえんだよ・・・・・・」


「それは困ったな・・・・・・どうしよう・・・・・・事務所に一人残したら何が起きるかわからないし・・・・・・」


そうアシェルはぶつぶつ言いながら地図を開くと、


「アッこれだ!」


そうつぶやいた。


「どうしたアシェル?」


カケルがそう訊くとアシェルはカケルと裕子の手をつかんで車の方へと持ってった。


「いい場所を思い出した!ついでに一度カケルに会わせてみたい人なんだ!」


そう言ってアシェルはカケルと裕子を車に乗せた。


「お前の言う『会わせてみたい人』ってのはいつも碌な奴じゃねえイメージなんだがな」


「今回こそは大丈夫だ!安心してくれ!」


「安心できるかぁ!」


そんな戯言を載せて車はアシェルの言う『いい場所』に向かった。

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