第7・8話

それは事務所に戻る途中の車内での会話であった。


「・・・・・・で、どうするんだ?」


カケルが突然、アシェルに聞いた。


「何がだ?」


「このガキの事だよ。お前が預かる予定か?」


「そのつもりだ。だが・・・・・・」


「だが・・・・・・?」


「少し心配なんだ。いくら何でも俺が抱えるには謎が多すぎる。」


「それはつまりどういうことだ?」


「俺らは黒崎敏郎にこの子の護衛を頼まれただろ?要人の護衛なら何度も経験済みだからわかるが、この子にはあまりにも天敵が多すぎやしねえか?何より病院のテロ事件は謎だらけだ。一体誰が、こんな事件を起こすんだって話だ。」


「確か・・・・・・奴ら、自らを青年革命隊って呼んでたな・・・・・・」


「何か情報はあるか?」


「何もだ。ただ二つ解ってることがある。奴らは確実にここらのストリートのギャングと格が違うってこと。そして奴らはその目的を『過去への清算』って言ってたことだ。」


「『過去への清算』ねぇ・・・・・・。なあカケル。」


「なんだ?」


「この一件、長くなりそうだ。お前も手伝ってくれないか?」


「はあ!?俺にガキの世話をしろと!?」


「そこまでは言ってない。ただ黒崎敏郎も言ってた通り、俺だけで護衛するのには不安がある。もともと黒崎敏郎もカケルが護衛しろってお願いしていたからな。報酬はこっちからも出す。あと、黒崎裕子の面倒は俺がみる。だから一旦黒崎裕子をカケルの事務所で引き取ってくれないか?万が一襲われた場合に俺だけだとどうしても不安だからな。俺もしばらくはカケルの事務所に住まわせてもらう。」


「はぁ・・・・・・マジかよ・・・・・・」


「安心しろカケル。これが終わればあのスーツケースの札束はすべてお前と俺のモンだ。そう考えたら容易いもんじゃねえか?」


「それは・・・・・・そうだが・・・・・・」





カケルが住処としている『事務所』は夢島区では最大規模となる廃ビル群、「興南城」の興南会が『シマ』としている領域の東側に位置する。


興南城は「世界で一番醜い場所」と称されるほど、醜悪さ、そして凶悪さと異臭にまみれた気色の悪いスラム街として有名である。しかしながらそこには多くの賭博場、麻薬製造所、違法銃器の密売市場など悪党たちが喉から手が出るほどに欲しがるスポットが百にも上る数で存在している。そのため、ここは夢島の闇社会において要と言われる場所でもあり、夢島にある「五大ギャング」が常に絶えずここをめぐって大きな構想を繰りひろげている。そのために十数年前に住民・博徒たちの自警団から派生した興南会が誕生すると、興南城を巡る抗争は泥沼の様相を見せた。現在、西部の一部は小林一家が支配し、それ以外は五大ギャングと興南会の抗争により、ひどく荒れている。興南城の南東部は興南会の支配によりおおむね平定しているが、それでも些細なトラブルが銃撃戦へと発展したり、新興ギャングによる侵攻や極左暴力集団マル共や新興宗教ザディーヤ教によるテロが絶えず発生しているため、決して治安がいいというわけではない。


常に興南城を住処にするカケルや、よく興南城に出入りするアシェルはいいとして、問題になるのは黒崎裕子の警護だ。この興南城に何も知らない女性が入ることは危険な行為だからだ。カケルとアシェルはここでの黒崎裕子の警護にいつもの二倍もの集中を注ぐことになった。


夢島区のセンター01という高級住宅街の一角に住んでた黒崎裕子の目に映るものはすべて新鮮で強烈なものであった。物乞いをする中年男性、自ら体を売る娼婦、些細なことで喧嘩を始めるチンピラたち。何もかもが新しい光景で、黒崎裕子は言葉を失い、只々唖然としていた。


カケルの事務所は興南城の中心街から外れた「サビレ通り」の一角に存在する。そこにある「第一ビル」という古い木造看板がそのビルの存在を物語るように佇んでいる。一行はそのビルの階段を下がって地下一階に下がった。


「うわぁ…おいカケル!少しぐらいは片付けろよ……」


「っせーな!これでも片付いた方だぞ?」


そこはまるで廃墟のようにあらゆるものが床に転がり、物が散乱としていた。おそらく世界で最も醜い場所として知られる興南城の中でも最も醜いと称されるほどに、その部屋は酷く汚い状態であった。これをカケルは『事務所』と呼んでいた。


「ごめんなぁ。裕子ちゃん。これから住んでもらう場所だってのにこんなきったない部屋で……」


アシェルがそう謝罪の弁を述べると、


「いいえ、大丈夫です。これはまだ全然いい方です。」


と予想外の答えが返ってきた。


「……えっ」


「流石に今まで住んでいた私の家よりかは数百倍劣りますが、私はそれ以外のところでも数か月はすごすことがあったので……」


「すまない、それ以上は話さなくてもいい。君が余計に苦しくなるだけだ。」


「……はい。」


アシェルが裕子の話を遮り制止させると、裕子はそれ以上のことは話さなかった。


「とにもかくにも、これは依頼だ。何としてでも俺たちは君を守らなきゃいけない。だからこそ、カケル、お前の力もかなり必要になってくる。いつもの殺し案件と違って、これは護衛案件だから使う力も違うが、それでもいいか?」


アシェルがカケルにそう訊くと、カケルはこう呼応した。


「このガキを守るだけで、あのスーツケース分の金がもらえるならこんなもんちょろいもんだぜ。」


こうして三人の奇妙な生活が始まることになった。

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