第5話



「おい・・・・・・何か嫌な予感がしねえか?」


カケルは唐突に裕子の居る病院に向かうその車内でそのようなことを言った。それに対してアシェルはいつものようにジョークで返す。


「おいおい。この世界に入ってもう十年になるけれども、お前さんといて嫌な予感がしなかった日なんてあったか? アハハハハハハ。」


「それはこっちのセリフだ! お前とつるむといつもロクなことがない!」


「そりゃあお前さんは口は悪いが、頼まれたことは絶対に断れない人のいい性格だからな。」


「黙ってろこのクソボケがぁ!」


「アハハハハハハ・・・・・・ん?」


アシェルは何かに気づいたかのように急に車のブレーキをかけた。


「おい、どうした!? アシェル!」


アシェルに見えたのは黙々と浮かび上がる一筋の黒い煙、それもただの煙ではない。それは敏郎から指定された、裕子の居る例の病院から上がった煙であったのだ。それを見たアシェルは次にこう言った。


「いやぁーやっぱりお前さんには頭以外ではどれも太刀打ちできないなぁ。参ったよ」


「いいから本題を言え! 何が起きた!」


焦るカケルに対してアシェルは口調を変えてこう言った。


「キミの予感は的中したよ。正解だ。今すぐ全速力だ!」


「やっぱりか・・・・・・まったくお前と行くといつもこうだ! さっさと行くぞ!」


そのカケルのため息とともにアシェルはアクセル全開で現場である裕子の病院まで向かった。


一方、清廉純白であったはずの病院は奴らに進撃によって紅い血に濡れた地獄絵図へと豹変した。奴らに抗うものは、もれなく直ちに銃殺される。奴らは抗うものすべてをその腕で殺め血濡れのレッドカーペットを作っていった。その姿は正しく「大量虐殺」であり、「テロ」であった。彼らがなぜこの病院を襲撃するのかそれは誰も知る由もなかった。彼らは統一感のない私服集団であったが、装備だけは一級品のものであった。ただすぐにわかることは、彼らが「青年革命隊」を名乗っていた事。そして、この病院にいる幼い少女を探していたということだけであった。


黒崎裕子と横沢美津子はナースステーションの机の裏でうずくまって座っていた。


「怖い・・・・・・怖いよ・・・・・・」


蹲りながら大きく震える裕子に対して美津子は


「大丈夫。私がいるから。安心して。」


と小さく声をかけるしか術がなかったが、刻々と大きくなる彼らの足音を前にして安心することなどできるはずがなかった。高鳴る銃声、徐々に大きくなるその怒鳴り声、それは確実に病院にいる幼い少女・・・・・・つまりは黒崎裕子を探していた。そのことを美津子は勘づいていた。


その時だった。


「見つけたぞぉぉぉ~!?黒崎裕子ォォォォォォォォォ!」


あっと息を吸う間もなく黒崎裕子と横沢美津子は「青年革命隊」に囲まれた。彼女らはこれまでにない絶望的な状況となった。


「さぁてその看護婦さんよぉ!その女の子をとっととこっちに渡してもらうおうかな!?」


「くっ・・・・・・!!」


最早なすすべがない。黒崎裕子は横沢美津子を守るためにも潔くその身を「青年革命隊」に渡そうと考えた。その時である。裕子の目前に紅い血が飛んだ。裕子はそのとき何が起きたのか一瞬解らなかった。裕子が目をこするとそこには血を流している「青年革命隊」のメンバー。そしてその血で濡れたナイフを抱えた、横沢美津子の姿。裕子がその状況を理解するには微量の時間がかかった。


「あんたらにこの子は渡さない!」


美津子はそう叫んだ。


「何!?何が起こったの!?何をしてるの!?美津子さん!?」


「裕子さん!早く逃げて!早く!」


その時、数発もの銃声が聞こえた。裕子は美津子のほうに目を向けると、そこには血を垂らしている美津子の姿があった。


「ハーハッハッハ!ようそんなナイフ一切れで俺たちに立ち向かえると思ったな!笑わせてくれるぜ。そこまでしてこのお嬢ちゃんを守りたい理由は何なんだ!?」


「青年革命隊」の一人はそう笑った途端に表情を変えた。


「さっさと渡せこのクソ野郎がああああぁぁ!?おめえ事吹き飛ばしてやろうかああああぁぁ!?」


「渡すことはできない!絶対にそれはできない!裕子さんは・・・・・・」


美津子は大きく息を吸って、おのれの運命を再確認した。


「裕子さんは・・・・・・私の大切な『家族』だから!!!!!」


おそらく病院中に響き渡るような声で叫んだ美津子はその頭に銃口を向けられた。


「そうか・・・・・・それは残念だ。お前はここで死んでもらおう・・・・・・」


「やめて!美津子さんを撃たないで!」


裕子は叫んだ。しかし、その叫びも虚しく辺りには数発の銃声が響く。


「早く・・・・・・早く逃げるんだ!」


美津子は叫ぶ。その体からは大量の血があふれ出してきた。裕子は美津子の指示に従ってその場から逃げた。


「おい!あのガキを逃がすな!追え!・・・・・・!?」


「青年革命隊」の一人の男がそう指示した直後。その男も大きく血を噴き出して倒れた。


「そうはさせるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」


美津子は残された最後の力を振り絞って青年革命隊のメンバーを相手にナイフで戦った。しかしその力は空しく。多くの銃弾を浴びて十分後には倒れてしまった。


青年革命隊の多くが黒崎裕子を追って消えた後、残ったのは多くの血を流して倒れた横沢美津子のみとなった。


「これで・・・・・・よかったんだよね・・・・・・」


そう確認する相手もいないまま、横沢美津子は瞼を閉じた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る