第4話
裕子は気づくと真っ暗闇の中にいた。それと同時に強烈な痛覚に襲われた。裕子は自分に何が起こっているのか、何もかもが訳が分からなかった。腕は縛られていて何も確認することはできない。ただただ抑えきれないほどの痛みだけが彼女へと伝わった。彼女は痛みを必死にこらえて目を開けた。そこにはただただ流れ続ける血の流れだけが見えた。すると今までですら耐えきれなかった痛みがよりひどく激しさを増してきた。ここでようやく彼女はあることに気が付いた。確実に顔をナイフで刺されたと。
「イヤアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
彼女は思わず叫んだ。今までに叫んだこともない音量で叫んだ。顔をナイフで刺されたのは数回ほどであっただろうか。もはや強烈な痛みのせいでそれすらも分からない状況である。大量に流れる血の滝からぼんやりと見えたのはさっきまで彼女を拷問していたあの男であった。ジンジンとくる痛みのせいで何も着終えはしなかったが、微かな男の声だけが耳に響いてきた。
「オジサンたちに助けてもらうなんて、そぉんなずるぅいことをして逃げられるとでも思ったのかいキミぃ!?」
そんな男の問いかけに対して、顔面を徹底的に崩壊させられた彼女は口を動かすこともままならない状況であったがそれでも彼女は必死にこう聞いた。
「何デ・・・・・・何デコンナ・・・・・・ヒドイ事を・・・・・・スルノ・・・・・・?」
「それはお前が一番わかってることだろぉ?」
そう言って男は形相を一気に変えて、
「とっとと死にやがれこのクソ女がああああああぁぁぁ!!!!!!!」
と叫んで遂に彼女の胸を刺した、その時であった。
「うわああああああアアアアアアアアアアアア!!!!!」
彼女、黒崎裕子は飛び上がるように病院のベットから起き上がった。その吐息はいつも以上に荒かった。
「ゆ・・・・・・夢か・・・・・・?」
彼女がうつむけの状態から顔を上げると、そこには看護師の横沢美津子がいた。
「夜に突然悲鳴がしたから何かと思って駆け付けたら・・・・・・裕子ちゃんだったのね・・・・・・一体どうしたの・・・・・・?」
横沢からそう聞かれると思わず裕子は涙を流し始めた。横沢はそれにびっくりしてまた聞く。
「!? 一体何があったの?」
「美津子さん・・・・・・」
裕子は言って横沢に抱き着いて泣き始めた。今度の裕子は涙の川を流し始めた。
「そうか。悪い夢、すごく怖い夢を見たのね。」
横沢がそう聞くと裕子は首を縦に振った。
「気付いたらまたあの男にナイフで顔を刺される夢を見て・・・・・・夢を思い出すだけでも恐ろしかった・・・・・・もうあんな体験は二度としたくない・・・・・・」
それを聞いた横沢は裕子の肩をぽんぽんとたたいて、
「大丈夫よ。今は私がついている。安心して。」
というしか術がなかった。
黒崎裕子の入院生活は看護師の横沢美津子と共にあった。元から身体が弱かった裕子にとって入院生活とはよくあることの一つであり、横沢はよく見る光景の一つであり、親との関係が疎遠がちになっていた裕子にとって、横沢は親も同然、時によっては親以上の存在になっていたのである。それほどに横沢の存在は重要なものであった。
横沢と裕子の出会いは五年前に遡る。横沢は黒崎記念病院の看護婦としてまだ新人であった時の頃であった。当時の裕子はとある事件により心身を相当に傷つけられており、身体のケアのみならず心のケアも必要な状態であった。横沢が裕子の病室に入ると裕子はまるで奇妙なものを見るかのように横沢をずっとにらみつけていた。それはまるでひどくおびえた様子であり、ひどく震えていた。横沢はまだ新人看護婦であったため緊張のさなか自らを紹介した。
「あ・・・・・・新しく担当となりました看護婦の横沢美津子といいます。よろしくお願いします。」
「・・・・・・」
裕子は無反応であった。
「こ・・・・・・これから・・・・・・よろしく・・・・・・ね?」
その横沢の呼びかけに対しても裕子は無反応であった。まるでその目つきは死んだ魚のようであった。
ここから横沢と裕子の接触が始まる。横沢は様々なことで裕子の心を開いてもらおうとするが裕子はなかなか心を開かない。その横沢の様子はまさに苦戦の表情であった。そんなあるとき、裕子は横沢に対してこんなことを打ち明ける。それは真夜中、裕子が悪夢にうなされ目が覚めた時の事であった。
「何で・・・・・・?何で私は生きているの・・・・・・?死にたい・・・・・・死にたい!」
「裕子さん!そんなことは病院で言ってはいけませんよ!」
「黙って!何で・・・・・・なんでそんなことが言えるの・・・・・・?なにも苦しみを味わったこともないくせに・・・・・・この苦しみ何て誰にも分からない・・・・・・誰もこんなことの罪なんてわからないよ・・・・・・」
「わかるよ。」
「・・・・・・え・・・・・・?」
「私にだって苦しい経験はある。」
そこから横沢は過去の経験談を話し始めた。親の居ないストリートチルドレンだったころの時代、売春や強姦を受けながらも食いつないでった少女時代、スラム街での暴動、そこからの臨時病院での看護婦との出会い。その壮絶な人生を横沢は臆せずに話していった。
「苦しい時代もあった。でも何とかそこから脱することはできた。私もあなたも一緒。あなたは一人じゃない。誰だって、どんなことにあっても幸せを求める権利はあるし、生きる権利もある。そこに誇り尾を持って、自信をもってい、生きて。大丈夫。貴方には私がいる。」
横沢がそう言うと裕子は涙を流し始め、横沢へと抱き着いた。
横沢も苦しかった。
この街では少女たちは苦しみの中を必死でもがいて生きなければならなかったのである。
病院に脅威が襲い掛かったのは、それから五年後の、裕子が顔をナイフで刺される悪夢を見た、その数日後の事であった。そのころ横沢は裕子は病院の廊下で他愛のない会話をしていた。
「裕子さん調子はどう?」
「体はもう全快したけれど・・・・・・どうしても・・・・・・」
「あの夢が忘れられないのね。」
「・・・・・・そう。」
「そういう時は必死で楽しいことを考えるのよ!」
「たのしい・・・・・・こと・・・・・・?」
「そう!楽しいこと!」
「・・・・・・何があるかな・・・・・・」
「例えば・・・・・・ショッピングとか!」
そんな会話の途中であった。唐突にどこかで爆発音のような音がした。あまりにも唐突で、あまりにも意外なところで起きたために横沢はそれが何のことなのかを把握するのに時間がかかった。しかし裕子はその爆発の意味を瞬時に理解した。
また奴らが『侵食』してきたと。
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