第三話 転 一
外界との接続を完全に断たれた状態は、HIMにとって『恐怖』そのものである。
拘束時の汎用擬体であっても、限定的ではあるが感覚器と通信手段が確保されている。それによって世界と接続されている、という安心感は大きい。
逆にその接続がすべて断たれてしまうと、HIMは極めて
(このまま放置されたら――)
そんな思考が頭を
ところで、HIMとなった子供達は正規・非正規を問わず、生後六歳六ヶ月六日を経過したところでこの全感覚遮断を四分三十三秒間経験することになっている。これは、世界に対する畏怖を与えるための通過儀礼のようなものだ。
生後六歳六ヶ月六日という実施年齢に、大きな意味はない。多少前後しても問題はないし、実際アルフレッドの内部記録には『七歳十一ヶ月三日に実施』と記録されていた。
この年齢が選ばれたのは、初期の技術者の一人が、
「新しいことを始めるのに最適な年齢だ」
と主張したためである。
一方、四分三十三秒という時間には大きな意味がある。この時間は厳密に守られなければならず、特に長すぎてはいけない。
理論的な裏づけは分からないが、経験的にこれ以上全感覚遮断を続けると、癒しきれない
*
それにしても、二足歩行の汎用擬体から星間航行可能なHIM船に換装する瞬間というのは、何度経験しても慣れることがない。
「う――」
船に接続された途端、アルフレッドはあまりの情報量の多さに脳細胞が沸騰し、振動してしまいそうな感覚を受け、思わず
もちろん、運動機能を有しない脳がそんなふうになることはありえないので、あくまでも感覚上の話である。
ところが逮捕された時に、
「なにすんだよ!」
という声を外部音声出力したことを忘れていたため、彼の呻き声はドック内に鳴り響いた。
彼は舌打ちしようとしたが、今は擬体ではなかったのでその機能を持たない。そこで『舌打ち』のムードスタンプを私的内面空間上に浮かび上がらせた。
どうにも間が抜けている。これが『逆さ眼鏡を外した後の反動』なのだろう。
「接続完了を確認しました。内部状況を確認願います。後ほど結果報告をお願いします」
彼の呻き声を聞いていたはずの貨物係が、感情の籠もらない声でそう言ったのを外部集音装置が拾う。
しかもそれが感度調整前だったので、頭の中に響き渡るような感じになった。アルフレッドは慌てて感度を絞り込むと、
「分かったよ」
と答えようとしたところで、既に相手との回線が切断された後であるのを知った。
任務のために釈放されたとはいえ、まだ受刑者の身の上であることに変わりはないので、会話を制限されているのだろう。
アルフレッドは『肩をすくめる』ムードスタンプを私的内面空間上に浮かび上がらせると、言われた通りに船内チェックを始めた。
まずは宇宙港の係留船舶管理システムに接続し、自分の現在位置を確認する。
それによると彼の船は、セキュリティ厳重な治安維持軍の専用ドック上ではなく、一般船舶の係留に使われる宇宙港の
一応、宇宙港管理者HIMの監視下に置かれてはいるものの、そんなものは多少無理をすれば掻い潜ることが出来る。事実上、家の外に放置されていたに等しい。
出来れば、手間暇かけてすべてのクラスタのフルチェックをかけたいところだったが、余裕のないミッションの最中なので、それをやっている時間はない。
メインシステムの健全性だけは最優先で確認しつつ、動力系のチェックも同時に走らせる。
すると、燃料が最高級品に入れ替えられていることに気がついた。流石は緊急性の高い公的任務だけのことはある。
他にも外装が耐熱性能の高い素材に置き換えられていたが、これは大気圏突入を視野に入れてのことだろう。
カーゴルームには事前に伝達された条件と同じように、長期渡航者が安く旅行するために使う冷凍睡眠型ポッドと同じぐらいの大きさの貨物が九つ、積み込まれていた。
まあ、この大きさが小口運送の標準規格であるから当然と言えば当然である。旅客と貨物を共通にしたほうが、設備も共通で使えるからだ。
やばいものを乗せる時は、念のためにさらに容器内のスキャンまで実施するところだが、やはり時間がかかるので今回は内部カメラで確認するだけに留める。
表から見えるポッド内には箱詰めされた依頼品が整然と格納されており、ベルトで固定された上に隙間に充填材が注入されているのが見えた。
旅客用ポッドよりもよほど厳重な扱いである。
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