第一話 山に消えた老婆の噂
これは父が若い頃の話。
村の奥地にある集落で、実際にあった怪異だという。
その集落には、近所で知らない者はいないほど嫁姑仲が悪い家があった。
村外から嫁いできたお嫁さんに、お姑さんは家のことを色々と教えようとしたのだが、勝気なお嫁さんが反発してうまくいかなかった。
お姑さんが隣家の人に愚痴っているのを聞いて、お嫁さんは陰口をふれまわったと
お嫁さんは産んだ子供たちが大きくなってくるにつれ、ますます勝気になって旦那さんも尻に敷くようになったらしい。
そのうち世帯主であるお舅さんが亡くなり、誰にも遠慮することがなくなったお嫁さんは、あからさまにお姑さんを邪魔にしはじめた。
食事も完全に別にされ、お姑さんは辛く当たられて寂しいと近所の人にこぼしていたという。
勝気なお嫁さんが姑いじめをしている――そんな噂が集落の外へも聞こえてきたころ、お姑さんが山菜採りに出たまま帰って来ないという事件が起きた。
近所の人が「山に入って行くのを見た」と証言するので、消防団や青年会の人たちが山を捜索したのだが、お姑さんは見つからなかった。
何日か捜索が続けられた後、息子さんが打ち切りを申し出た。
「これ以上は迷惑かけられない」
「山で遭難しているなら一刻も早く救助してもらいたいが、こう何日も過ぎて悪天候の日もあったことを考えると、母はもう生きていないと思う」
捜索隊は解散することになり、集落の公民館でささやかな慰労会がひらかれた。
「お婆ちゃん、本当は覚悟決めて山に入ったんじゃないか」
「あの嫁さんにいじめ殺されたようなもんだよ」
重い溜め息とともに語られたのは、お姑さんへの同情ばかりだったそうだ。
――ガラガラガラッ
しんみりした場に、玄関のガラス戸が開く音が響いた。
「誰か来た」
皆がそちらを見ると、暗い土間に小さな老婆が立っていた。
目を凝らせば、行方不明になっていたお姑さんではないか……?
「〇〇のお婆ちゃんじゃないか!」
「帰って来たのか!?」
「心配したんだぞ!」
場は騒然となった。
老婆は何も言わず、にこにこして皆を見回すと、頭にかぶっていた手ぬぐいをゆっくり取った。
そして、無言のまま深々とお辞儀して……スーッと消えてしまった。
「うわぁ!!!」
「化けて出た!!!」
悲鳴を上げる者、腰を抜かす者、なかには裏口から一目散に逃げ出す者までいて、公民館はパニック状態になった。
この話は瞬く間に村中に広がり、父も実際その場にいた人から「本当に煙のように消えたんだ」と聞かされたそうだ。
その後、勝気なお嫁さんの一家は村を出て行ってしまった。
噂が広がって居たたまれなくなったのか、お姑さんの霊に悩まされてのことか。
それはわからない。
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