変異の魔物②


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「おいクルノ、オーガが居るぞ!」


 南口から回り、カーム砦の二階に上がってきたクルノは、リースの声で振り返る。

 風化して一部が剥がれた石の小窓から本隊の方を見ると、本隊がオーガの波に押されているようだった。

 極端に発達した筋肉と、そこから繰り出される攻撃はまさに一撃必殺。アレだけの数に囲まれれば、ノアでも何があるか分からない。

 やがて、オーガの恐ろしい雄叫びと、拳が地面を揺らし始めた。


「本隊から撤退の合図も無い以上、俺達はこのまま親玉のバビルを探す事に集中するんだ。ここで俺達が焦って向こうに行ったら、親玉に逃げられるかも知れない。そしたら、ここに攻め込んだ意味も無くなる」

「でも、今やられてる商会の人は? 今助けに行けば、助かる人も居る」

「そんなの分かってる。でもそれで俺達の役割を放棄出来ない。本隊には本隊の役割があって、意地もある。そんな事言ってる暇があったら、少しでも早く全部の部屋を確認できるようにしろ」


 リースはまだ納得していないようだったが、しぶしぶと付いてくる。

 一階に比べれば行ける所が限られる二階だが、まだ見ていない部屋は幾つもある。挟み撃ちや見逃しがないように全ての部屋を確認していかないといけない。

 クルノは周囲に注意を払い、一つずつ部屋を確認し、地図に丁寧に書き込んでいく。

 使われていないのか、ほこり被った木製の家具が無造作に置かれている部屋もあれば、寝泊りに使っていると思われる布団やゴミが散乱した部屋等、数々の部屋を見てきたが、今だ誰にも会わなかった。

 本隊との交戦に全員が向かっているのか、偶然なのか、判断できなかった。


「後何部屋あるんだよ!」


 鍵が掛かった扉を白雨で斬り裂き、中を確認してから、リースが聞く。


「まだ半分を過ぎた所だ。崩壊していけない所を考えても、十はある」


 地図と自分の位置を照らし合わせ、クルノが答える。残っている他の通路へ向かうと、今までより特に崩壊がひどく、外で暴れるオーガの拳が起こす振動で今にも崩れそうだった。

 足元に気をつけながら進むと、不意に下から声が聞こえてきた。

 クルノは静かに床の穴に耳を近づけ、下の階から漏れる声に聞き耳を立てる。


「どこの傭兵団かしらねぇが、まさかオーガ達の餌食になるとは思ってなかっただろうな」

「へへへ、魔物が味方に付くとこんなにも頼もしいとはね、先生に感謝しなきゃな」

「おい、誰か奥の女達を見張っておけ、俺らは襲われねぇが、この前連れて来た女共はやられちまう」


 最後の声と共に、一味は何処かへ行ってしまった。

 クルノは眉をひそめた。バビル一味はオーガを操る事が出来る。そんな事がただの盗賊団に出来るはずがない。

 聞き間違いではないとしたら、これが、王国付きギルドを返り討ちにし、バビル一味の悪名を知らしめた秘密と言うわけだ。


「クルノ……どうする?」


 同じように聞き耳を立てていたリースが、不安げに聞いてきた。

 選択肢は幾つもある。

 囚われているという女性達を探すか、当初の予定通り二階の全ての部屋を探すか、それとも別の方法か。

 クルノは考える。そして、最善と思った方法を選ぶ。


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