変異の魔物①

カーム砦は昔の魔王との戦争で、守りの核となる城壁の大部分が崩れ、長年放置された経緯から、周囲の森が砦の目の前まで迫っており、気づかれずに接近するのに好都合と、既に防御拠点としての昨日をを失った場所だ。

 砦の規模としては一般民家程度の旅砦とは大きく違い、戦略的防衛拠点としての大きさを持っている。万全だった頃なら、数十名のバビル一味ではもてあますだろう。

 復興する計画もあったが、新しい交通網からルートも外れ、国境拡大による前線の変化もあり、計画が見送られ、完全に放置されてしまった。

 その長らく沈黙を守り続けていた砦の前で、ドグネル商会の戦士とバビル一味が激しくぶつかり合っている。

 別働隊として裏の崩れた城壁から侵入したクルノ達は、裏口で見張りをする一人の兵士を見つけ、気づかれないように接近する。

 多少の音は正面の戦闘の音がかき消してくれる為、気づかれず近くまで接近する事ができた。


「3、2、1、突撃」


 ドグネル商会の戦士長ルイの合図と共に、エリックとヒーンが飛び出し、カーム砦の裏口の見張りを剣で突き刺した。見張りは反応する暇も無く、太ももを切り裂かれた痛みで悶絶する。

 ルイとクルノ達が周囲を確認する間に、拘束と止血が行われ、見張りは無力化された。


「よし、侵入は成功だ。ここからは二手に別れ、無理のない範囲で各個撃破を狙い、目標の確保を目指す」


 クルノ達の目的はカーム砦に潜伏するバビル一味の撹乱と、親玉のバビルを捕らえる事による早期決着だ。

 しかし、いくら本隊が先に注意を引き付けているとは言え、敵の真っ只中に少数で飛び込むのは相当のリスクが伴う。


「俺達は南口から、ここから行けば敵の退路はふさげます」


 クルノは近い南口を提案し、そのまま南口に回ろうとした時、ルイに止められる。


「会長がよそから傭兵を雇ったのは私が知る限り始めてだ。ゆえに、嫉妬して君達を良く思ってない者も居る」


 ルイの言葉に、エリックはばつが悪そうに顔をしかめた。ルイは続ける。


「私は会長の目と、君達の活躍を信じている。健闘を祈る。では作戦開始」


 そう言って、ルイはエリックとヒーンを連れて中へ入っていった。


「よし、行くぞリース」


 クルノとリースも負けじと南口へと走り出した。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「フフン、大したこと無い奴らばっかりだ」


 真正面から両陣営がぶつかり、カーム砦の前で激戦が繰り広げられていた。

 その中で自ら先陣を切り、一瞬の内にバビル一味の戦闘員を二人を斬ったノアは内心つまらなく感じていた。

 王国公認ギルドを無傷で返り討ちにしたというバビル盗賊団なら、歯応えのある勝負が出来ると踏んでいたのに、拍子抜けだった。

 幼い頃師匠に拾われ、孤児院で修行していた頃は毎日勝つか負けるかの戦いの日々だった。しかし、クルノの実力を追い越してしまってから、昨日のルーナクと戦うまで本当に追い詰められた事は無かった。

 長らく忘れていたギリギリの戦い、あの緊張と高揚を、戦いの楽しさを、ノアは思い出してしまった。

 もっと強い敵と戦って勝つ。もっと強くなってあのルーナクをも超える。


「さぁ、雑魚に用はないぞ、もっと強い奴出て来い!」


 ノアは向かってくるバビル一味の集団を風が吹き抜けるように、切り伏せていく。誰もノアを止められず、やがて戦意を喪失し逃げ出す者が現れ始めた。

 ドグネル商会達も士気を上げカーム砦の中へと前進していく。

 このままなら少数部隊が出るまでも無くドグネル商会の勝利で終わるだろう。

 そう誰もが思い始めた時、事態は一変する。

 中から、商会の戦士達とほぼ同数のオーガ達が逃げ惑うバビル一味と入れ替わるように現れた。

 商会の戦士達に動揺が走る。しかし、ノアは気にせず二本の剣を仕舞い、背中の長剣を引き抜く。


「フフン、そうこなくっちゃな、やろうか!」


 ノアの心は昂っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る