白い影⑤

 二人が出て行くとあれだけ密集していた室内も、気が付けばクルノ達しか居なくなっていた。


「これだけ大商会なら、もっと人を選べよ」


 クルノはそう吐き捨てながら集会所を出る、ノアとリースもそれに続いた。

 早足で歩くクルノを先頭に、宿への道を歩く。ノアが後ろでにやにやと笑いながら、ご機嫌な様子でリースに近づく。


「クルノはな、さっきみたいに馬鹿にされるとすぐ怒って、それを隠してるつもりだけど全然隠せてないのが面白い」

「うるさいぞノア」


 普通に聞こえるような音量でリースに耳打ちをする。案の定、クルノの耳に届いた。

 リースは、怒られているノアを見てただただ困惑するしかなかった。


「今日ルーナクに襲われて、ギリギリで生き延びて、明日もバビル一味と戦うってのに、ノアもクルノも全然緊張感がないんだな」


 変わらぬ調子で言い合う二人にリースがぼそりと溢すと、二人は揃って振り返る。


「何があっても、その時一番いいと思った通りに行動するだけだから、前もって悩む必要なんてないのさ」

「ノアはもっと悩め」


 クルノとノアの言い合いがまた再燃する。それを見て今度はリースも笑った。

 しばらく言い合いながら住宅街を歩いていると、前の通路から薄茶のローブを羽織った人影が現れた。


 もう過ぎ去った話だと油断していた心が一気に引き締まる。

 住宅街の中だというのに、クルノ達と怪しいローブの人物以外に、人は居なかった。戦闘も視野に入れて相手の出方を伺う。


「そこのお兄さん達、俺は旅の商人で、そこのお兄さんが持ってる珍しい刀に興味があってね? それ、売ってくれないかい? 金貨十枚でどうだ?」


 目の前に居るのにフードを深々と被って、フードの下から聞こえる声は妙に擦れていて、男だという事しか分からず、懐から麻袋を取り出す手も、手袋でガードされている。

 金貨十枚あれば、二年は働かず生きていける大金だ。

 普通の装飾刀にこれだけの額を出す商人は居ない。白雨の価値を知らなければ、喜んで売るところだろう。

 逆に言えば、この商人を名乗る男も白雨の価値を知っていると言う事だ。

 クルノは警戒を強める。それ以上に、商人と言うのに、顔を見せない所も、人気のない場所で声を掛けてきた所、全部が気に入らなかった。

 これでリースが売りたいと言ったとしても、この商人にだけは売ってはならないとクルノの勘が告げていた。


「これを売るつもりはありません」

「ほう、破格のつもりだったんだけど後悔しないかい? 君達のような少年傭兵は稼ぎも乏しいんじゃないかい? 貯えは多いほうが怪我した時にも安心だぞ?」

「大体、取引しようと言うなら、顔ぐらい見せるべきです」

「キシシ、じゃあ、交渉決裂と言うわけだ」


 謎の商人は不気味に、擦れた声で笑って、麻袋を懐に仕舞う。

 その一瞬の隙に、クルノは短槍を回転させ、槍の石突部分を跳ね上げる。戦闘に縁がない商人なら、隙を付かなくても全く見えないはずだった。

 ところが、商人は反応を見せ、僅かに避けるような動作をしたが、遅かった。商人の動きについて来れなかったフードが引っかかり、商人の顔があらわになる。


「なっ」


 その顔を見て、クルノ達に衝撃が走った。その謎の商人は病的なまでの白い肌に、白い髪。何よりも、


 ――その男の目が赤い色をしていた。


 クルノは間髪をいれず槍を回転させ、今度は穂の部分で突きを繰り出す。それを 商人はヒラりとかわし、脱いだローブをクルノに投げつけて、逃げる。

 ノアも一瞬遅れて追撃をかけるが、相手の足が信じられないほど速く、追いつけなかった。

 屋台街の方へ逃げられ、クルノ達は追うのを諦めた。そこへ、リースが追いついてくる。


「あいつは……?」

「逃げられたよ。……これ以上は警備兵に連絡しておけばいい」


 レストの屋台街は変わらず賑わっていたが、クルノの心はざわついていた。

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