断罪の天使⑦
ルーナクはリースが次どこを狙って攻撃するか、それが最初から分かっているかのように、軽やかにステップでかわす。それはまるで遊んでいるように、反撃すらしない。
ノアが隙を付いて背後から斬りかかった。ルーナクはそれを気配で感じ取っていながら、避けずにその背後の六枚の翼で弾き返す。
想いも寄らない硬度に、ノアがのけぞった瞬間、跳ね上がったルーナクの回し蹴りがノアの脇腹に食い込んだ。その小さな身体からは考えられない威力で、ノアは吹き飛ばされ、木に背中を打ち付けた。慌てて、クルノがノアの元に駆け寄る。
「大丈夫かノア?」
「へへ、何とか」
咳き込みながら、ノアは立ち上がった。内臓に軽くダメージがあるようだが、まだ動けるようだった。
「良かった、このままじゃ全滅する。一か八か、頼んでいいか?」
「しゃーない。了解だよクルノ」
ノアに作戦を伝え、クルノは短槍を振り回しながらルーナクへ突進する。
ルーナクは、クルノの突進に気づいた瞬間、 待っていたとばかりに春雨をリースの肩に突き刺し、その力を発動させた。リースの肩の肉がが抉れて弾き飛び、リースの額に脂汗がドッと滲む。そのまま苦痛に顔を歪ませながら、肩膝をついた。
あの力をゼロ距離から受けてなお、その程度で済むならやはり人間の枠を超えた防御力だ。
ルーナクと対峙したクルノは大振りで槍をなぎ払う。ルーナクはバックステップで軽々と避けた。これでリースから距離を離し、ノアがリースを回収する。
木々の間に誘い込みながら、クルノは槍を振るう。自分の身体の一部のように短槍を扱うクルノであれば、木々の間でも十分に戦える。
槍術と体術を巧みに使い分け、相手に反撃の隙を与えないように全力で攻撃を繰り出していく。
そこへ、一本の木が二人を目掛けて倒れてくる。ルーナクが一瞬気を取られたが、クルノはそれを知りつつ、攻撃の手を緩めない。
クルノの槍が、ルーナクの左腕を捕らえ、傷を付ける。同時に、倒れてきた木が二人の間に割って入った。クルノは身を返し、なんとか槍を落とさず回避した。そこへ、もう一本、また一本と二人目掛けて木が襲い掛かる。
「うっとうしいんだよリース!」
ルーナクはくるりと回転し光の翼で木を弾き飛し、宙を舞いながら、リースに向かって春雨を振る。暴風と共に放たれたかまいたちは、木陰に隠れたリースには届かない。
リースに気を取られたルーナクに、クルノとノアが残った力を振り絞って飛び掛る。二人とも疲労と怪我で本来の精度は落ちているが、気のそれた相手には十分だ。
クルノの短槍は翼に弾かれたが、クルノは短槍を手放し、身体でぶつかる。それによって生まれた隙にノアが剣を突き入れる。ルーナクは翼で守りきれず太ももと右肩に刃を受けた。
「うぜぇ! そんなもんがこいつに効くかよ!」
ガルが足元で怒鳴った。口調は変わらないが、その声色には明らかに先ほどまでなかった焦りが含まれていた。
ルーナクは翼を広げながら回転し、二人を吹き飛ばそうとする。防御を捨てて攻撃していた二人はなす術なく光の翼に弾かれ、地面に倒れる。
そこに、一本の木がルーナクを狙う。その場で回転しているルーナクは避ける事ができず、両足で無理矢理回転を止め、倒れてくる木にエンジェルレイをぶつけ吹き飛ばした。
――その破片の先から、白雨を構えたリースが雄叫びを上げながらまっすぐ突っ込んで行く。
一撃必殺の白い刀が、ルーナクの光の翼ごと身体を貫いた。リースが白雨を引き抜くと、真っ赤な血が噴き出し、リースは返り血で真っ赤に染まる。
「ちっ、遊ぶんじゃなかったぜ、今回は見逃してやるよ。だが次はない、覚悟しろよリース、そこの傭兵達もな」
ガルはそう吐き捨て、ルーナクと共にズタズタになった光の翼で空高く飛び上がり、空の彼方へと消えていく。
それを何も出来ず見送ったリースはやがて脱力したように地面に腰を落とす。
「俺、なんなんだろうな……」
ぼそりと呟いた言葉は、風にかき消されて消えた。
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