狭い世界⑧
「リースは戦えるのか?」
「……分からない」
体の傷は治っても、頭の機能は治らないのか、ぼんやりとしたままリースは頭を抱える。
今はまだ無理と判断して、クルノは相談所の札を受付中にする為玄関へ向かう。
ドアに手を掛けた瞬間、クルノは異様な気配を感じ取り手を止める。
振り返りノアに手で合図を送る。ノアは素早く音を立てずに壁にかけた槍と剣を準備し始めた。
クルノがドアを開く。
目の前の通路に昨日の柄の悪い傭兵二人と、その前に壮年の紳士風の男性がいた。
後ろの二人はノアにやられたのか、体や顔にまで包帯が巻かれており、クルノを見た瞬間、眼光が厳しくなる。
だが、クルノが感じた気配は前の壮年の男から発せられていた。
身長はクルノより二回り程高い程度だが、一瞬オーガと思う程、凄まじい体格をしている。紳士服の下に隠れているはずの筋肉がこれでもかと主張してくる。
壮年の紳士に敵意はなさそうで、新緑を思わせる鮮やかな緑の瞳がクルノとこの建物全体を見渡していた。
壮年の紳士が後ろの傭兵に何か指示を出す。二三言話し終わると、後ろの傭兵がすっと二歩ほど下がり、規律よく待機する。
「君がここの傭兵かい?」
壮年の紳士が敷地の前まで来て言う。疑問系ではいるが、確信しているような言い方だ。
「はい。ここの事務所のリーダーをしているクルノ=ラルシュレイと言います。……ご依頼でしょうか?」
今まで経験した事のない大物オーラにクルノが少し固くなる。
壮年の青年はクルノの問いに口角を上げ穏やかな笑みで、
「うちの傭兵が無礼をした謝罪と娘を家に帰してくれた感謝を籠めてね」
と肯定した。
すぐにクルノは後ろ手で部屋を片付けろと精一杯ジェスチャーを飛ばすが、これは事前に取り決めしていなかったので全く伝わらない。
「ノア、お客さんだ」
クルノは少し待ってもらう様に言ってから、さっと後ろを振り返り武器を持ったままのノアに言って、自身も動き出す。
ノアはざっと武器をしまい、まだ途中だった食器をさっと片付ける。
クルノはソファを占領するリースを隣の部屋に退かしてから、部屋の中に入れた。
クルノは最後にざっと部屋の状態を確認する。良し。
玄関の扉を開け、壮年の紳士を中のソファに座らせ、テーブルを挟んで反対側にクルノとノアが座る。
「改めて、私はドグネル商会の会長をしている。ユグライと言う。昨日の晩は娘が世話になった」
そう言って、ユグライは深々と頭を下げた。
ドグネル商会といえば、武器の取り扱いや傭兵稼業を生業とするアルムハイド王国屈指の武器商会で、特にドグネル商会が扱う武器は世界のシェアの三十%程を占めている。世界の三人に一人がお世話になっている計算だ。
そのトップが目の前に居る事に、実感が追いつかない。
「私はクルノ=ラルシュレイ、こっちはノア=グレイスといいます。……お言葉ですが、自分達は何もしていません。ただ、勘違いをして事態をややこしくしただけです」
正直にクルノは言う。それにユグライは静かに笑う。
「確かに、結果的に見ればそうかも知れない。だが、私は娘の為に危険を冒してくれたことに感謝したい。今のご時勢なかなか無償で人の為に危険に飛び込める人はいないと思っている。……懐かしい所に来れたしね」
ユグライは相談所の中を見渡し、クルノとノアを順に見る。
はぁ、とクルノは生返事を返した。ユグライは続ける。
「バビル一味を知っているかい?」
「知っています。少し前から王都や周辺の街で活動し始めた盗賊団で、討伐に出かけたギルド付きの傭兵団が返り討ちにあって、懸賞金が掛かったとか」
ノアが集中力を切らして欠伸を溢した。
クルノはそんなノアを横目に話を続ける。まさか、天下の大商会が懸賞金目当てに盗賊団の討伐に出る訳がないと思っていた。
「そう、バビル一味に懸けられた懸賞金はただの盗賊団にしては金額は破格だ。成功すれば十分採算が取れる」
「……その戦力として俺達を雇いたいって事ですか?」
「その通り、うちの傭兵を簡単にあしらったその実力を買って作戦に参加してもらいたい……不満かな?」
「いえ、会長直々に指名頂き光栄です。全力でやらせてもらいます」
提示された金額は、一昨日の商人とは比べ物にならない額だった。
詳しい契約を纏め、契約書にサインをすると、ユグライはすぐに帰って行った。
ユグライを見送り相談所の中に入ると、クルノは朝からドッと疲れに襲われた。
横で眠そうにしているノアを軽く小突きながら、クルノは溜め息を吐いた。
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