狭い世界⑦
発見当初は殆ど死んでいるレベルの傷と出血量だったのだ。血を失いすぎて記憶を失うという可能性も無いわけじゃない。嘘か本当か、クルノは一旦保留にする。
「あんた、街道脇の森の中で死んでるんじゃないかって程の血まみれで倒れてたんだ。襲われた魔物の事何か覚えてないか?」
「街道……血まみれ……誰に……?」
リースはしばらく考え込んだが、結果的に何も出てこなかった。
記憶喪失の少年リースと、家出少女のティア。そのどちらの話も進展しない。
クルノは大きく息を吸って、吐く。
「あの」
しばらく黙っていたティアが口を開く。
「もう一人の方は大丈夫でしょうか? うちの屋敷にいる傭兵はギルドでもAランクの実力があると聞きます。捕まって尋問されているのでは」
ノアへの心配か自分の居場所が知られてしまう恐怖か、ティアは少し焦った様に言う。
「ノアなら間違いなく上手く逃げれるけど、傭兵が君を連れて行ったって事と、俺達の顔がバレてるから虱潰しに探されたらここもすぐだ」
クルノは即答する。見つかる前に、ティアの問題を解決しないと、クルノ達の帰る場所が失われる危険がある。
「追っ手……? 俺も追われてたような……」
「お前もか」
厄介な事に巻き込まれそうな、嫌な予感をクルノは感じていた。なりゆきで人助けも少し考えた方がいいかもしれない。
クルノはもう一度溜め息を吐いた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
次の日の朝が来た。
結局その場の空気に流され事を荒立てた割に、何も出来なかった事を反省しながら、ティアを元の家に連れ戻した。
貴族区を守る門の前で別れた時の寂しそうな顔が、クルノの脳裏にこびりついて離れなかった。
妙な気だるさを感じながらクルノは起きる。いつもと同じように、日の出の時間だ。
寝室となっている部屋で着替えを済ませ、隣の事務所兼リビングに出る。
ソファから転げ落ちながらリースが寝ていて、その隣の台所でノアが朝食を作っていた。
頭の寝癖を直しながら、クルノは洗面台で顔を洗う。鏡に映った顔は問題ない。
ティアの事は少し気がかりではあるが、一旦クルノは忘れる事にした。
「さぁ、出来たぞクルノ」
テーブルに焼いたパンとスクランブルエッグ、コンソメスープが並ぶ。
冷めない内にとクルノはリースを起こすが、中々起きないので二人で先に朝食を食べ始める。
絶品と言う訳ではないが、バターが程よく香ったトロトロの卵は慣れ親しんだ味で、クルノの好物だ。
クルノとノアが食べ終わった頃、ようやく寝ぼけ眼を擦りながらリースが起き上がった。もう倒れていた時の傷はどこにも無い。
「何か思い出した事は? どこからきたとか、何をしようとしてたとか」
「……なにも」
クルノはそれ以上追及せず、ノアの用意した朝食を勧めた。
リースはこんがり焼いたパンを手に取って齧る。
「……久しぶりに物を食べた気がする」
半分ほどパンを食べて呟いた。複雑な表情だったが、次の瞬間には勢いよく朝食をかきこんで食べていた。
クルノとノアは顔を合わせてキョトンとする。
「ただの行き倒れみたい」
ノアが笑いながら食器を片付け始める。
昨日の夜事務所の金を罠にリースを試したが、全く反応を示さなかった所を見るに、騙して金品を奪うのが目的でもなさそうだった。しばらく様子見を続けるつもりだったが、クルノのリースへの警戒心は薄れていた。
見るからに優男で、遠慮がちなその動作全てに嘘は無い。記憶喪失だと言うのはどこまで本当か分からないが、それも全くの嘘ではないとクルノは考える。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます