狭い世界⑥
相談所に着くまで出来るだけ人目に付かないように、しかし見られて怪しまれない程度に堂々と歩いてきたが、一般区の傭兵と身なりのいい少女では少し目立つ。
クルノは自分の歩いている道がぐらぐらと崩れ落ちる様な錯覚に襲われるのを振り払った。こういう何気ない瞬間にこそ、落とし穴があるものなのだ。
何人かすれ違ったが、傭兵と言う職業柄そこまで不審では無いだろうとクルノは自分を納得させた。
ほどなくして、ラルシュレイ相談所の建物に着いた。
「ここが俺達の事務所。俺とノアって言うさっきの奴と一緒にやってるんだ」
クルノは短く言って扉を開け、ティアを中に入れるとすぐに扉を閉める。札は外出中のままだ。
クルノはふぅ、と一息つく。中に入れば一旦人目には着かない。
「とりあえず、一旦は……」
「……」
クルノは昨日街道で倒れていた謎の少年と目が合った。上半身を起こし、まだ事態を飲み込めていない表情だ。おそらく、扉が開いた音で起きたのだろう。
間の悪さに、クルノは頭を抱える。
「何で今目が覚めるんだ……」
がっくりとうな垂れながら、クルノは力なく溢す。そもそも、この男の存在をクルノは忘れていた。
ティアは怪訝そうな面持ちでクルノを見上げる。
クルノはティアと少年の両方に両手で落ち着くようにとジェスチャーで牽制する。
二人とも微妙な顔をしていたが、クルノはそれを無視していつもノアが本を読むのに使う窓際にある椅子を、少年が居るソファからテーブルを挟んで反対側に置き、ティアに座るように指示する。
クルノがテーブルの空いた所の床に正座で座った。
「こっちが、昨日王都の外で倒れていた旅の人名前は知らない」
クルノは少年を指差し、ティアに向けて紹介する。少年はわけも分からずティアに軽く一礼した。ティアの疑念の表情が強くなる。
「こっちが、えー……なりゆきで助ける事になったティアって子」
今度はティアが少年に向かって一礼する。
「そしてそして俺はクルノ。ここには居ないけど、ノアって奴と一緒に傭兵やってる……」
クルノが一通り言い終わると、案の定完全な静寂が訪れる。これを程居心地の悪い空間をクルノは知らない。
「名前を教えてもらっていいかな? 街道で倒れてた経緯も」
とりあえず少年に話を振る。少年は気まずそうに視線を逸らし、
「名前はリース。……それ以外は何も思い出せない」
小さい声で呟くように言った。
クルノは心の中で溜め息を吐く。余計にややこしい事態になりそうな予感がクルノの頭を痛くした。
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