狭い世界①

☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 ラルシュレイ相談所。

 王都の繁華街からは外れた一般地区に構えるひっそりとした二人の傭兵事務所である。

 二部屋しかない小さな建物だが、王国ギルドに属さないフリーの駆け出し傭兵としては破格である。

 二人の師匠が昔傭兵をしていた時に使っていた建物を借りて使っているのだ。


 その居住スペースにある少し古くなったソファの上に謎の少年を寝かせ、相談所の玄関の札を受付中に返す。

 時刻は昼過ぎ頃、まだまだ傭兵稼業の仕事は舞い込んでくる時刻だ。


「結局、相談所まで連れて来ちゃったな」


 ノアが台所からコーヒーを持ってきながら言う。安い豆で、味も香りもそこそこだが、この一杯が無事に帰ってきた事を実感させてくれた。


「旅砦に兵士が居たらそのまま引き渡して帰るつもりだったけど、兵士はいないしこんな異常な回復力を見たら救護所にも持っていけないよな……」


 クルノがコーヒーを啜りながら呟く。

 王都の門番に話を聞いたが、その時は通常通り二人の兵士が駐屯しているはずだったが、オーガの出没情報と合わせて王都の兵士は何も知らないようだった。


「おっ、凄いほら見なよクルノ。もう包帯も要らないぞ」


 脇に巻かれた包帯を取り外したノアが何故か嬉しそうに言った。

 昨晩は内臓まで届いていそうなほど抉れ、焦げて固まっていた傷が新しい皮膚の生成を待つだけにまで治癒していた。


「あの傷が一日でほぼ回復か……どうなってんだ」


 クルノはソファの空いたスペースに座りながらぼそりと溢す。

 これが魔術であれば、そういう類の身体強化系魔術として存在する。しかし、持続時間が桁違いすぎる。魔術に長けた東の強国グリース王国でも発動から一刻と持たない。


「この人凄いな。傭兵向きだぞ、勧誘するか?」


 クルノとは対照的に、ノアはありのままを受け入れている様だった。


「この人の実力と態度と次第」

「やっぱり」

 クルノは投げやりに答える。

 ノアはクルノの返事が分かっていたので、ある程度聞き流しながらいつも通りの場所である相談所の隅にある窓際の椅子に座り、読みかけの本を読み始めた。

 そして静寂が訪れた。

 時計の音、ノアの本のページを捲る音、クルノの書類を書く音が部屋に響く。外の音は殆ど聞こえない。

 いつもの様に作業をしていたが、クルノの筆は少し乗らなかった。

 今魔物達を統べる魔王は歴代でも最強と名高く、その影響か魔物達はその歴史から見て異常なまでに急激に進化している。昨日戦った新種オーガも、昔からいる種類の魔物と比べて何倍も強く、人に近い。


 もしこの少年の目が、――赤い光を発していたら?


 そうなったら、そこまで魔物側が進化してしまっていたら、もっと絶望的なまでに人間が追い詰められてしまう事になる。クルノの故郷の村の様に世界中が……。  

 クルノは未知の能力を持つ少年を見た後立ち上がった。

 考えすぎだと頭を振る。

 ノアは部屋の中をウロウロし始めたクルノを横目に見て、顔を本で隠しながら静かに笑う。


「心配しょー」

「うるさい」

「まぁ、色々あったけど考えても仕方ないぞ?」

「分かってるって」


 そう言いながらクルノはまたソファーに勢いよく座り、深呼吸を一つしてから腕を組み目を閉じた。

 ノアはその様子を見て読みかけの本に栞を挟み、立ち上がる。

 相談所の一角に立てかけられた木刀や木槍を取り出し、クルノに投げる。

 クルノにそのまま当たるかと思いきや、寸前の所で目が開き投げられた木槍を受け止めた。


「今からいつもの勝負をしよう。大丈夫、いつもやってる時間ぐらいならまだ起きないって」


 クルノはにやにやと笑うノアに言い返してやろうと思ったが、それをグッと飲み込んだ。

 いつもの勝負――お互いの実力をぶつけ合う真剣勝負だからだ。


「……受けて立つ」

「よしきた」

 

 そう言って、ノアは二本の木の短剣を投げ渡す。

 相談所の札が外出中に変わった。

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