忘れてしまったモノ④

☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 クルノは驚愕した。

 それは夜明け前に起床したクルノが出発の準備の為に救護室に入った時だ。

 昨日と比べて、明らかに違う所がある。


「クルノが寝てる間、異常無しだったぞ」

 

 すり鉢で薬草を磨り潰しながら、ノアが言う。

 クルノは同じモノを見てるはずなのに全く動揺のそぶりを見せないノアにちょっと腹が立った。


「異常しかないだろ、コイツのコレはなんだ」

 

 クルノは言いながら、隣で寝ている少年の腕を強引に持ち上げる。

 

 ――少年の全身に無数にあった深くはないが浅くもないナイフで切られたような切り傷が、全て治っていた。


 さすがに脇腹の大きく抉られた傷は治っていないようだったが、そんな事はクルノには関係なかった。

 鬼気迫るクルノに対して、ノアは当然だとでも言いそうなぐらいいつもの調子だ。

 ノアはすり棒を置いてクルノの方へ身体ごと向き直る。


「僕が薬草の限界を超えさせたのかも」

「お前は魔術師か」


 ノアはビックリするぐらいのドヤ顔だった。

 それを聞いて馬鹿馬鹿しくなったのか、クルノはさっきまでの真剣な表情が急にげんなりする。

 ノアは昔から緊張感が無い。しかし、その態度からは想像できないほど周りをちゃんと見てる。

 むきになって答えを急いでしまった事に気づいたクルノは溜め息を吐いて、少年の近くの椅子に大げさな動作で座る。


「……まぁ冗談は置いといて、この人が本当に魔術師とか」


 静まった空気を払うようにノアが言う。


「魔導書も無いのに? それにそんなに教養があるように見えない」


 クルノはそれを一蹴する。

 ノアは笑いながら確かにと返し、調合した薬草を少年の脇腹に塗っていく。

 

 人は神の奇跡の力を真似する事ができる。それは炎を生み出して攻撃したり、身体の治癒力を上げて傷を癒したりと様々だ。

 しかし、神ではない人間がその力を真似するには自然界にあるエネルギーを借りる必要があり、扱いも難しい。

 全く同じ事をしても人によって全く違う結果になり、魔術師志望の人は例外なく

自分の魔術書を持ち、自分どういう理論でどう自然に語りかけたら何が起こるのか全て記すのだ。

 実際に魔術としてモノに干渉できる人間はかなり少なく、実戦で魔術を扱う事が出来る魔術師はほぼいないといってもいいほどだ。

 

 ノアが少年の脇腹に包帯を巻き、手当てが終わった。


「そろそろ夜明けだ。王都まで連れて行こう」


 クルノが救護室に置いてあるしっかりとした担架を取り出す。

 急ごしらえの担架とは違い、丈夫な布で乗る側と持つ側のフィット感も全然違う。

 旅砦で拝借した各備品を片付け、クルノは旅砦の門に手を掛ける。


「まだこの傷を付けた何かが近くに居るかも知れない。周囲に気をつけろよ」

「了解。言わなくても分かってるって」


 蝶番の軋む音と共に扉が開かれた。

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