忘れてしまったモノ③

☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 旅砦の正門扉に鍵は掛かっていなかった。

 蝶番が軋む音と共に、旅砦の扉がゆっくりと開く。石を積んで作られた旅砦特有のひんやりとした空気がクルノ達を出迎える。

 日は完全に落ち、中は暗闇で包まれて殆ど何も見えない。灯りは点いておらず、駐屯しているはずの兵士はいない。

 クルノは担架を降ろし、近くにあったカンテラに火をつける。ぼわぁっと炎の光が辺りの闇を払う。王都近くの旅砦だけあって一階部分だけで兵士の部屋や救護室、休憩所と最低限の物は揃っている。簡単でも手当てぐらいは出来そうだ。

 正門の扉にカンヌキを入れ、血まみれの少年を救護室まで運ぶ。


「ノア、そっちはよろしく。俺は二階を見てくる」


 クルノは短槍の鞘を外し、緊張の面持ちで二階へと進んでいく。

 靴底に仕込んだ鉄板とナイフのせいで階段を上る足音がどうしてもカツカツと辺りに響いてしまう。

 靴の仕込みにちょっと後悔しながら、クルノは廊下を進む。

 王都は日が沈むと街の入り口を全て閉鎖するので、この旅砦は避難所としての役割より、宿の様に使われる事が多い。その為、二階部分では何も無い部屋や敷いて寝るための毛布が積みあがった部屋があるだけだった。

 クルノは全ての部屋を丁寧に確認していく。耳鳴りがするほど静かで、やはり誰もいなかった。

 念の為、屋上の三階も見てみたが何も無かった。


「嵐の前触れなのか、それとも嵐の後なのか……」


 クルノは誰もいない冷たい風が吹く屋上にボソリと溢し、救護室へと戻った。

 

「クルノ、この人凄いぞ。血が止まってる」


 救護室に入った瞬間、ノアが驚いた様子で言う。

 クルノが駆け寄る。

 少年が元々来ていた血まみれの服は剥がされ、殆ど裸の状態で全身に磨り潰した薬草が塗られている

 確かに細かい全身の傷の方は既にカサブタとなって出血は止まっている。脇腹の傷に比べると確かに浅かったが、奇跡的な回復力だ。

 クルノの眉間にシワが寄る。


「それでどうだった? その様子だと、誰もいなかったか」


 何気なくノアが聞く。クルノが答える前にもう既に察しているようで、治療に使った包帯や薬草を元の場所にしまい始めていた。


「誰もいなかった。交替で見張ろう、ノアは先に休んでくれ」

「了解、それじゃお先に~。クルノも張り詰めすぎないようにな。顔怖いぞ」


 言い終わって、ノアはわざとらしく笑う。それからカンテラを片手にひらひらと手を振りながら隣の休憩所へと消えた。

 クルノはグリグリと眉間に寄ったシワを親指で押し戻す。少しして、深呼吸。

 死ぬ寸前だった少年はまだボロボロだったが、命に別状は無い程安定していた。

 カンテラの炎がゆらゆらと、救護室の壁に影絵を描く。


「この世に魔物さえ居なかったら、もっと気楽に生きるよ」


 クルノは出しっぱなしになっていた短槍の刃を鞘に収めながら、ぼそりと呟いた。

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