第3話
反省会も兼ねて先日訪れたファミレスに部員たちは寄っていた。
最初に練習の雰囲気や学べたことなどそれぞれが感想を口にしていく。だいたいみんな「前回よりいい練習ができた」というようなことを口にしているので、形だけのものなのだろう。空気が少し変わったのはここからだった。
「団体戦についてなんだけど、女子は男子の観ててどう思った? 」
一葉以外の4人がそれぞれの感想を口にする。優香がオブラートに包んでいるのに対し、他の3人は歯に衣着せぬ物言いだ。それもいつものことなのか、ショックを受けている様子はない。それから男子同士で感想を言い、チームなんだなと一葉は人ごとのように考える。それから、女子が男子に感想を聞く。一通り感想を言い終わった後、風夏が唐突に一葉に声をかける。
「東條さん、今日の試合どういうつもり。少しは勝ちたいと思わないの? 負けないだけまだましだったけど、あんな試合私は認めない」
あの時の視線はこういうことかと合点がいく。それと同時に苛立ちも覚えていた。
「勝ちたいと思いました。この間言われっぱなしだったのも釈然としないので。勝って少しでも力になれるようにと思ってました」
「言葉だけならなんとでも言える」
「気持ちは必ずしも目に見えるものではありません」
「そんなこと–––」
「はい、そこまで」
これ以上2人がヒートアップしないよう、慧が間に割って入る。
「高宮の言うことも東條の言うことにも一理ある。取り敢えず落ち着いて」
「私も風夏の言ってることわかるよ」
呆れ顔の慧をよそに樹咲は火に油を注ぐ。
「気持ちっていうのは目に見えるものだと思うんだよね。だから風夏の意見と同じ。私にも勝ちたいと思っているようには見えなかったね。むしろ最初から勝ちを放棄していたようにも見えた」
「何がわかるんですか」
一葉に小さな小さなつぶやき。聞こえているのか、いないのかすらわからない。
「一葉」
優香が声をかけた直後にテーブルの下で一葉が足を軽く蹴られる。怪訝な表情で顔を上げる。
『時間』
一葉の足を蹴った男子が口パクで時計を見るよう促す。時計は午後6時30分。7時から予定が入っているのだ。今帰ったらギリギリ間に合うだろう。
「すみません。7時には帰らないといけないので、失礼します」
「俺も同じく。お疲れ様でした」
端に座っていた男子が、一葉より一拍遅れて立ち上がる。
「一葉のこと、頼んだよ。
「いや、なんで俺? 」
「小中同じでしょ。仲良いみたいだし」
顔をしかめた
「なんで知ってんのかな」
和泉は誰にも聞こえないような呟きをもらした。
一葉の足取りはファミレスからしばらく歩いたところでとてもゆっくりなものになっていた。和泉のためではなく、ただいつも帰るときはこうなのだ。
けれども今日ばかりはそれだけが理由ではない。歩きながら頭の中でずっと今日の試合を反省していたのだ。
(あの時の打ち込み方は雑だった。腕だけで打っていこうとしていた)
だからいきなり声をかけられ驚くのも無理はないだろう。
「どこ行く気なの、東條」
一葉は本来曲がるべき角を数歩通り過ぎていた。
「考え事してた。ありがと」
本来の道に戻り、微妙な距離を取りながら並んで歩く。どちらも会話を始めようとはしない。共通の話題がないわけではないが、昨日語り尽くしてしまっていた。
「東條はよくやってるよ。気にすんな」
だから、和泉が声をかけてきたことに––それがたとえ少し的外れであっても––慰めにも似た言葉であったから余計に驚き、思わず足を止めた。先を行く和泉が明後日の方向を向いているのをみて、照れているのだと判断する。こみ上げる笑いをこらえ、早足で和泉のもとへ行くと背中を平手で打つ。
「心配ご無用」
一葉のそれも照れ隠しであったことは言うまでもない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます