異世界の女王様

 風を切り裂く音は、口笛を思わせる音色だ。


 だが、次の音色は鋭く、そして、鈍い音を立てて周りに響き、俺の肌を撫でるように裂いた。


「あぁ♡」


 俺は、自分が男だということを忘れ、少女のような悲鳴を、身近く上げる。

 異世界に迷い込んだ俺は、ナチスのような攻撃的な軍服を着ている、女王様の尋問を受けていた。


「どこから迷い込んだんだろねぇ、この豚野郎!」


 女王様の声は、ドスを効かせているにもかかわらず、ウグイスのように、透き通る美しさを持ち、自然と漏れる吐息が、彼女の性的な魅力を際立たせた。


 女王様は道端のヘドを、嫌悪しながら見るように、俺を見下して言う。


「ほら、言えよ……鳴けよ、豚野郎!」


 振り上げたムチを振り下ろすと、ムチは刀のように湾曲し、切り裂かれる風は、空間の断末魔を思わせた。


 バチーン!


 ラノベ調の文字が、音となって現れる。

 狭い部屋は、口紅のような真っ赤なロウソクがともり、薄暗く、不気味に照らされていた。

 壁の装飾は、貼り付けのキリスト像や血まみれのドクロが飾られていた。


 その中で、とうの俺はと言うと、天井から吊されたロープに、地肌を締め付けられ、ロープは規則正しいヘキサゴンを作り、俺の全身を縛り付ける。

 宙吊りになった俺の姿は、まるで、吊された醜い亀だ。


 俺は、うわごとのように言う。


「――――――――たいです……」


「聞こえないよ!」


 女王様のムチに打たれ、反射的に答える。


「異世界ものがぁあ♡ 書きたいでチュ!!」


「だったら、書けばいいだろ!」


 バチーン!


「あぁ♡」


 ムチを振るった後、女王様は女神のような包容力を見せ、優しく問う。


「スランプなんだろぉ? エタってるんだろぉ? 変なこだわり捨てて、異世界もの、書いちゃいなよ?」


 痛みで、うな垂れながら、彼女に聞く。


「でも、流行ってるからって、周りと同じ作品を作るのは、ちょっと……」


「カッコつけてんじゃないよ! この豚野郎!!」


 バチーン!


「あぁ♡」


 女王様は、咎めるように言う。


「面白く書けりゃいいんだよ! 昔しヒットした、ドラマとかアニメとかを、異世界ものにすればいいんだよ!」


「でも……それって、パクリじゃ……」 


 再び、女王様のムチが俺を襲う。


 バチーン!


「あぁ♡」


 女王様は厳しく戒める。


「口に気をつけろ! パクリじゃねえよ。リスペクトから来る、オマージュなんだよ」


「オ、オマージュ?」


 この、妖艶な室内では、その一言すらも、卑猥に聞こえる。

 女王様は続ける。


「オマージュ。好きだろうぉ~」


「はい……チュきです」


「お前の好きな作品。リスペクトして、異世界ものでオマージュしたいだろ~」


「オマンチュ。ちたいでちゅ……」


「ほ~ら、異世界もの、書きたいだろ~」


 そう言いながら、女王様は、天井から伸びるロープを掴み、グイグイ掴み上げる。


 ロープの先は、俺のマタに食い込んでいた。


「あ♡ あぁ♡ あぁああ♡」


 俺の脳裏に、半分に別れた、いなり寿司が浮かび、中でシャリが、かき回される様子が想像される。

 女王様は、更に厳しく責め立てる。


「異世界ものが、書きたいだろ~?」


 だんだん、責め立てられるのが、気持ち良くなってきた。

 もう、駄目だ。

 俺の理性は吹き飛び、誘惑に負ける。


「異世界ものがぁあ。書きたいでチュ!」


 女王様は、これでもかというくらいに、荒ぶる神のごとく、掴んだロープを揺さぶる。


「聞こえないって、言ってるだろ!?」


「異世界ものがぁあ! 書きたいでチュ!!」


「もう一度!」


「異世界ものがぁあ♡ 書きたいでチュ!!!」


「書けよ! 異世界ものを書けよ!! 好きなだけオマージュしろよぉ!」


 限界に達した俺は、アヘ顔を作り、昇天する。


「い、いひぇかぁいもにょが……きゃきたい(異世界ものが、書きたい)」


「声が小さいんだよぉ!」


 バチーン!


??????????????????????


「ああああああぁぁぁぁ――――――――!?」


 俺は、叫び声と共に、夢から覚めた。


 眠りから覚めると、周囲を見回し、いつもの見慣れた、窮屈な自室であることに安心し、一呼吸置いてから、精神状態をニュートラルに戻す。


「ゆ、夢か……」


 落ち着きを取り戻した俺は、ふと、何も書かれていない、パソコン画面を見て思う。


 ――――――――異世界もの……書こうかな……。


 喉の渇きを潤すため、キッチンに行こうと、机の椅子から立とうとする。

 が、不覚にも机の柱に、足の小指をぶつけてしまう。


「あぁ♡」


                  ―――――――――――fin

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