近況報告 ~カク、ヨム、エタる~

 カク、ヨム、エタる――――。

 

 カク、ヨム、エタる――――。

 

 カク、ヨム、エタる――――。

 

 カク、ヨム、エタる――――。

 

「ふぅー……ねぇ、師匠? いつまで、こんなことさせるんだよ? こんなの意味無いって?」


 くたびれた、ジャ〇キー・〇ェンを思わせる、俺の師匠は、黙って指で指示をして、決まり文句を繰り返す。

 

「カク……ヨム……エタる」

 

 変わり栄えしない、その指示に、俺は露骨に不満を漏らしながら、パソコン画面に向かう。

 

「はい、はい。やればいいんでしょ!」

 

 師匠が、俺に指示することは単純だ。

 

 カク――――。

 まず、机に向かい、パソコンの画面と向き合う。何でもいいから、思い付いたことを、適当にタイプする。

 

 ヨム――――。

 紙媒体の書籍や、投稿サイトの小説を、ひたすら読む。

 

 エタる――――。

 ………………意味がわからない。

 いや、スラングの意味はわかるけど、つまり、何?

 

 初めて知る方へ→エタる:エターナルの略。ネット小説の更新が、長いこと途切れること。スランプが原因の時もあれば、作家が小説を書きたいのに、家庭の事情で書けなくなったり。彼女に「私と小説、どっちが大事なのよ!?」と迫られるなどが原因。

 

 俺は、上着を脱ぎ捨て、拾って、また、袖を通すかのように繰り返す。

 

 カク――――。

 まず、机に向かい、パソコンの画面と向き合う。何でもいいから、思い付いたことを、適当にタイプする。

 

 ヨム――――。

 紙媒体の書籍や、投稿サイトの小説を、ひたすら読む。

 

 エタる――――。

 スランプに陥り、何も書けない時は、執筆の手を止め、テレビやネットで映画やドラマ、アニメや漫画を見たり、スマホでゲームをして、ダラダラと遊んだ後、寝る。

 

 そして、またカクところから、繰り返す。

 

 こんなんで、本当に小説が書けるのかなぁ?

 

 しばらく、一連の流れをループしていると、俺の中で、ある変化が芽生える。

 

「カク、ヨム、エタる。カク、ヨム、エタる。カク、ヨム、エタる。カク、ヨム、エタる! カク、ヨム、エタる! カク、ヨム! エタる!! カク、ヨム! エタる!! カク! ヨム!! エタる!!!」

 

 俺の、10本の指先は、美しいメキシコ女が、真っ赤なドレスのフリルを激しく揺らし、力強いステップを見せつけるフラメンコのように、キーボードの上で情熱的に踊り。

 オペラ歌手が、並外れた声量で、カンツォーネを歌うかのごとく、タイプ音を部屋中に響かせた。

 

「師匠ぉぉぉおおお?! 俺、書けてるよ? 今、小説が書けてるよ!!」

 

 師匠の顔を見ると、彼は涙を流しながら、俺にスポットライトを当てる。

 

 壁に、パソコンへ打ち込む、俺のシルエットが、大きく浮かぶ。

 

 師匠――――俺は今、アンタのベストキッドに、なれているかい?

 

「こう言う事だったんだね? 師匠が、俺に伝えたかった事は?」

 

 俺は、師匠が、本当に伝えたかったことの意味を悟ると、胸が熱くなり、目から真珠のような、大粒の涙を流す。

 

 カク――――。

 一つの文章をひねり出せば、芋ずる式に、文章が引き出されて行く。

 

 ヨム――――。

 他の作家が書いた、作品の文体を盗み、なおかつ、インスピレーションを受けて、新たなアイディアを生み出す。

 

 エタる――――。

 時には、気分転換も必要。

 

 俺の頭に浮かぶ言葉達は、次から次へと頭から飛び出し、目の前のパソコン画面に乗って行く。

  

 嬉しさのあまり、俺は、童話を口ずさむように、師匠の教えを唱う。

 

「カク! ヨム!! エタる!!! カク! ヨム!! エタる!!! カク! ヨム!! エタる!!! カク! ヨム!! エタる!!!――――――――」



  

 Zzz.Zzz.Zzz.Zzz.Zz.Zzz.Zzz.Zzz.Zzz.Zzz

 



「――――――――Zzz―――――はっ!? …………夢か……」

 

 俺は、上体を起こし、目を擦りながら意識をハッキリさせると、何もタイプされていない、真っ白なパソコン画面に目を向けた。

 

「…………駄目だ。なんも書けねぇ……」

 

 ふっと、画面の隅で、時を刻む、デジタル時計を見て、溜め息を付く。

 

「はぁ……仕事に行く時間かぁ……」

 

 俺は、後ろ髪を引かれる思いで、ウィンドウを閉じ、パソコンをシャットアウトしながら呟く。

 

「今月も、アップするのは無理そうだな……」

 

             

 

          近況報告 ~カク、ヨム、エタる~

 

             ――――完――――

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