終話 異世界探検は永遠に
翌朝早く、俺たちはオレンジ色の2台の雪上車に率いられ、この世界の南限の地、すなわち南極点を目指していた。辺りにはほとんど山はなく、雪はほとんど積もっていない。氷の大地がどこまでも広がっている。今は好天だが、こうなると問題は、前にもちょこっと出した「雪目」。強烈な反射光によって起こる目の障害だ。それを防ぐために、いちいちサングラスをしているのである。ファッションではない。
「前方、異常ないか?」
俺は無線でオレンジの雪上車を呼び出した。ハッチから顔を出していると、甲高いタービン音がよく聞こえる。タマのやつ、よくこんな改造をしたものだ。
『異常な……通常の魔物出現!!』
通常ねぇ……まあ、いいか。
「よし、仕事だぞ!!」
全て無線のチャンネルは同じ。今の会話は全て流れたはずだ。
それが証拠に、ヴィーゼル1とサーバルが速度を上げて、俺たちを追い抜いていった。
「タマ、行くぞ」
「はい!!」
こちらも負けじと書けだし、停止したオレンジ色二台を追い越し、それを守るように前列に出る。戦闘は、すでに始まっていた。
「またペンギン野郎か……」
シートに座ってハッチを締めると、俺は機関銃の銃把を握った。
……フェリーペンギンとかいうらしいのだが、まあ、顔は可愛い。体調が人間を遙かに超えるほどデカくなければ、な……。
「体当たりに気を付けろよ。次は、多分もたない!!」
俺は連装機関銃のトリガーを引いた。
重機関銃と名は付いているが、なにしろ年代物だ。今みたいな発射速度もなければ、威力もない。ヴィーゼルの長砲身20ミリでやっと倒せるほど頑丈なヤツだ。俺の仕事は、気を引いて油断させる事である。
「よし、来たぞ。後退!!」
「はい!!」
タマがCVをゆっくりさせた時、恐らく三井だろうがペンギン野郎の顔面で爆発が起こった。RPG-7だ。こっちとあっち、どっちに行こうか迷った様子のペンギンに、バルボアが操作しているヴィーゼルの砲塔が細かく動き、ドガガガ……と砲弾が集中した。
……いいな、あれ欲しい。というか、回転砲塔が欲しいぞ!!
まあ、ないものねだりをしても始まらない。バルボアの砲弾はペンギン野郎をズタズタに穴だらけにして……細かい描写はやめておこう。とにかく、かなりグロい姿に変えた。さすが、ラインメタル製!!
「ふぅ、片付いたか……よし、先を急ぐぞ」
こんな調子で進んで行く。ちなみに、ここでは半年間は太陽が完全には沈まず、半年間は一切太陽が昇らない。おおよそ、ありえない環境だ。観測史上最低気温は、約マイナス九十度。イカレているとしか言いようがない。ここまで下がると、ドライアイスすら解けないぞ。
今は大丈夫だが、この依頼は早く片付けないと車両や武器がもたない。そういう過酷な環境なのだ。
再び隊列を整え、俺たちはガタガタと極点に向かったのだった。
そこそこ魔物も倒し、いよいよ極点調査が開始された、今のところは何もないが……。
弱々しい太陽が照らす中、それは静かに現れた。一瞬黒いものが空を横切ったなと思ったら、俺たちの目の前に降り立った蛇を連れた、巨大な女性だった。
「てぃ、ティアマット!?」
ヴィーゼルからアイリーンが飛び出した。
『みんなは待機。私がナシ付ける!!』
……おいおい。
「三井に姐さん、フォロー頼む!!」
武器は持たず、二人はアイリーンの後を追った。
『原始の神の一員 ティアマットか。初めて見た……』
無線からアイリーンの声が聞こえた。
さすがに神さん相手に、いきなり攻撃したらヤバいだろう。向こうが攻撃的ならともかく……。
『さてと……なるほど。分かった』
アイリーンはこっちに振り向いた。
「ねぇ、探査に超音波とかレーダー使う?」
大きな声の質問は俺たちに向けてのものではなかった。
研究者の一人が、
「ええ、使いますよ」
と返した。
「それが原因みたい。うるさくてしょうがないってのもあるけど、環境破壊するんじゃないかって……。監視していたみたいですよ」
デッカイ声で、アイリーンが手を振りながら言った。
「環境破壊だなんて、そんな……」
学者の一人が叫んだ。
「ああ、分かっていますよ。その辺説得するんで……」
再びティアマトに向き直り、アイリーンは身振り手振りで何かやっている。そして……
純白の光りと共に、その姿は消え失せた。
「はーい、召喚獣化してもらいました。私の亜空間に移動するので、騒音問題もバッチリ解決です!!」
なんか分からんが……すげぇな。おい。
「さて、依頼完了です。急いで帰りましょう!!」
アイリーンが自分の車両に戻り、「釣り」をしていた連中がオレンジの箱に乗った事を確認すると、俺は無線につぶやいた。
「撤収!!」
ベースキャンプに戻って来た時、俺たちの車両はついに限界を迎えた。マイナス六十度とか、設計時にはあり得ない気温をよく耐え抜いた。自走する事すらおぼつかない車両を激励しながら、待機していたスーパーハーキュリーズに苦労して積み込み、責任者に挨拶してから、俺たちは再び空の人になった。
俺がやるとかえって邪魔になるので、整備はタマに全て任せ簡易シートに腰掛けてまんじりとしていた。
それぞれの車両では、とりあえず動けるだけの簡易修理が行われており、さながら自動車工場だ。
「よう、暇そうだな……」
これは珍しい。姐さんが隣に座って話しかけてきた。
「たまには、暇でいさせてくれよ。お前ら勝手に動き過ぎだ」
俺は苦笑した。
「お前の指示が遅いからだ。それはともかく、そろそろケリをつける気なのだろう? 三井の事」
コイツは、エスパー-か!?
「ああ、どさくさに紛れてお前らが蘇生して以来ほったらかしだったが、もちろん忘れたわけじゃねぇ。タイミングが外れただけだが、ミ○オネアじゃあるまいし、これ以上引っ張っても意味がない」
縁起が悪いので新しい指輪は購入してある。もはやOK前提なのがあれだが、断られる要素が見当たらない。
「ふむ、殊勝な努力だ。しかし、お前は変に鈍い。だからヌルいと言われる。楽しみだな……」
それだけ言い残すと、姐さんは去って行った。
ど、どーいうこった?
「ちょ、ちょっと待て。そんな占い師みたいな事、急に言われても……。
いきなり期待がきつめのバンクをかけ、俺の体が不安定になった。その間にも、姐さんは器用に自分たちの車両に戻ってしまった。
……な、なんだったんだ。
「大きな疑問を載せて、スーパーハーキュリーズはブォーンっと飛んで行く……。
初心者の街に着いた俺たちは、さっそく車両をドック入りさせた。もはや、プロが直すしかないほどの、かなり手痛いダメージを受けていたのだ。
やるなら今しかない。俺は三井を呼び出した。墓地に……最高に最悪な場所だ。馬鹿か俺!!
しかも、パーティー全員に見守られた公開処刑……じゃなかった、公開プロポーズなんて聞いたことがねぇ!!
目の前には、ニコニコ笑顔の三井がいる。ここに呼ばれた理由くらい、もう察しがついているだろう。そして、答えも……これで気が付かなきゃ、ただのアホだ。
「あー、なんだ。結局いい言葉が思いつかなかった。結婚してくれ」
俺の馬鹿二!! もっとマシな言葉あっただろ!!
「ファイナルアンサー?」
えっ? 三井??
こ、ここに来て「もんた」かよ!!
「あ、ああ、ファイナルアンサー……」
四択する馬鹿もいねぇだろ!! テレフォンでも使ってやろうか!?
そして、徹底的に引っ張る三井……勘弁してくれ。皆がゴクリと唾を飲み込んだ瞬間……。
「ざんねーん。三木さんに一番ふさわしい女の子は、こちらです!!」
総員唖然とする中、三井が輪から引きずり出すようにして……鈴木を引っ張り出して、俺の前に連れ出した。
「えっ、ちょ、ちょっと、これは!?」
「どういうことだ。三井!?」
三井に振られたって事は分かった。把握出来ている。しかし、なぜ次弾装填される。しかも、本人がやるか!?
「結婚というのは家庭を築く事、好きだけで生きていけるほど、決して甘くはないのです。それに、長年連れ添うと愛情の質も変わります。私は三木さんの事が好きです。しかし、長年続く家庭を持てるとは思えません」
三井、お前本当に未婚か? てか、今なんか、酷いことを言われているセッションな気が……。
「女の子の鼻を甘く見てはいけません。鈴木さんとの会話の中でその気持ちは察しましたし、あとは勘ってやつです。上手くいくって。外れたことないですよ」
「か、勘で俺の人生決めるな!!」
やっと言えた。鈴木は魂が飛んだ。
「私の人生でもあるんですよ? 近道すると、あなたには人生を任せられないって言ってるんです」
クリティカルヒット!!
「ぐはぁ!?」
……さ、最初からそう言え!!
「じゃ、じゃあ、そのポンコツを鈴木に押しつけようと……」
そうとしか聞こえないだろ。これ!!
「いえ、三木さんの事を、決してポンコツだなんて思っていませんよ。単純に相性の問題です。これは、なかなか調教し甲斐があるなと思っていた、私が譲ったのです。もし、変な別れたをしたら……」
三井がホルスターからグロックを抜いた。
にぉぉお!?
ついに鈴木が倒れた。あーあ。
「分かった。一同解散!!」
俺の声に、しかし、応えるものはいなかった。ただただ、唖然と佇むのみ。
「プロポーズ事件」の後、俺は三井にガンガングロックの銃口でせっつかれて、正式に鈴木との交際を開始した。
基本的には脳天気なヤツだが、時々シリアスな時もあり、まあ、面白いヤツだ。
えっ、結婚? 待ってくれ。それは勇み足だ。それじゃ、おかしな事になっちまう。俺はそんな節操なしではない。
さて、今日も異世界だ。週末の休日や勉学の間にちょいとどうだい? まあ、危険な世界だが、スマホ弄ってるよりはいいぜ。あんたも来るなら、声を掛けてくれ。
後日談……
こういうのは、どこでもなんとなく共通らしい。
テンプレな式次第が執り行われ、俺と鈴木は正式に夫婦となった。
ブーケトスは、まるで対空ミサイルかのようにジャンプした三井……の手からこぼれ落ち、姐さんが取ってしまった。まあ、あるあるだ。
俺も鈴木も親戚関係とは疎遠だし面倒なので、異世界で式を上げる事にしたのだ。さすが、何でも揃う初心者の街である。
ああ、そうそう。三井にはちゃんと他に婚約者がいた。どこぞのIT系企業社長だったか平社員だったかで、要は二股を掛けられていたわけだが不思議と怒りはない。そう言ってくれれば早くスッキリ出来ていたのに、変な理屈をこね回すから面倒になる。
しかし、どうも三井の性癖上の問題でなかなか結婚して貰えず、こうしてブーケトスに命を賭けたようだ。
アイツ、ちょっと……いや、やめよう。昔の事だ。
とまあ、そこそこ生々しい事が起きてはいたが、パーティは平穏そのもの。
現実を忘れるからこそファンタジー。野暮なことは言わない言わない。
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