第35話 予感そして……
ブォーン……と低い音を立て、俺たちと車両物資を搭載したスーパーハーキュリーズは、延々と洋上を飛行していた。空中給油機の手配が出来なかったため、今回は航空兵力なしである。つまり、それだけの遠距離を移動中ということだ。
これが今回の依頼『氷の大陸にいる魔物をやっつけろ!!』だ。そのままだな。
依頼書によれば、「南の頂点」、まあ、南極点だな。そこに最近大型の魔物が現れ、調査の邪魔になっているという。それを排除するのが仕事だ。
詳細がよく分からないので、ランクは「?」になっている。しかし、輸送機を借りても報酬は悪くない。まあ、やってみるか……と引き受けたのだ。
「うわぁ、氷山です!!」
三井がはしゃいだ声を上げ、アイリーンも窓にへばりつく。タマはただ今愛車の整備中で、バルボアとランボーはお休み中。姐さんはもはやシンボルである、バレットの手入れをしている。それなりに平和な時間だ。
予定では「氷の大陸」こと、オデッサ大陸にある「ベースキャンプ」のミラ基地に着陸し、あとは極点にあるアルト基地までひたすら陸路だ。
ちゃんと先導車が付くので、俺たちは付いていけばいい。魔物もいるらしいが、それの「掃除」は俺たちの仕事だ。
「さてと、俺も軽く寝るか…… 」
もう、目的地は近い……。
網状に加工された鉄板を敷き詰めただけという簡易滑走路に、ゴン!! とスーパーハーキュリーズが着陸した時には、もう日も傾きかけていた。ただ今秋の行楽シーズン真っ盛り。ちょっとした連休を利用してのクエストだ。無理に急ぐ事はない。
ああ、言ってなかったが、俺たちの服装は完全厳冬地仕様。機内じゃ暑くて死にそうだった。
車両を輸送機から降ろした頃、厳重な防寒服を纏った女性がやってきた。フードを被っているのでよく分からないが、顔つきから察するに人間ではない。多分、エルフだろう。だてにこの世界を旅しているわけではない。
「はいはーい、私の出番ですねぇ~」
アイリーンがすっ飛んで来た。ほらな?
以下、同時通訳。
「遠路はるばるようこそ。何もないが、ゆっくりしていってくれ」
相手は小さく笑みを浮かべた。
「ああ、そうさせてもらうよ。明日は日が昇ると当時に出るが、問題はあるか?」
「いや、大丈夫だ。手配しておく」
滅多にない氷の世界でゆっくり見物でもしたいが、とっとと依頼を済ませないと帰りの時間がある。全く、いっそこっちに移住しちまうか……なんてな。たまに来るからいいのだ。
「さて、皆の衆。準備するぞ~って……言うまでもなかったか」
何かしらないが、最近は皆の動きが異常に早い!!
早くもそれぞれの車両に取り付いて、装備品の確認を初めている。ここにいるのは、アイリーンと俺だけだ。
「すまん、せっかちな連中でな」
案内役のお姉さんは小さく笑った。
「それくらいの方が頼りがいがある。私も準備をするように指示しておく。居住区画はあそこだ。好きに使ってくれ」
エルフのお姉さんは最後に笑みを残して去っていった。
「さて、俺たちもやるか」
「はい!!」
俺はアイリーンを連れて、俺は皆の輪に加わったのだった。
翌朝、明け方。
俺たちはいきなり躓いた。
「うぅぅぅ、掛からないです!!」
タマが必至こいているが、エンジンのスターターが空回りする音しかしない。あまりの寒さに、エンジンが根を上げたのだ。ちなみに、他の車両はしっかりとエンジンが掛かり、ただ今暖機運転中。さすが現用のドイツ製だ。
ラジエータに不凍液を入れた程度の対策しか考えていなかったが、極北の気温はそんな甘いものではなかった。手元の温度計でマイナス三十度以下。ここまでくると、空気が刃物みたいに肌に突き刺さるのだ。痛い……。
「無茶してカブらせるなよ。最悪だから」
キャブレータ式エンジンのかけ方には、独特の儀式めいた動きが必要になる。カブるとは、ガソリンが多く燃焼室内に供給されすぎて、点火できなくなること。こうなると、プラグ交換か清掃が必要になり、とにかく面倒な事になる。
「まだですかぁ!?」
最後尾のサーバルで三井が喚く。
「もうちょいだ!!」
言った瞬間、ガラガラと頼りなくエンジンが掛かった。苦労してたき火に点火出来たような気分だ。
「よし、あとは暖気して安定したら出発だ。すまんがもう少し待ってくれ!!」
……結局、俺たちが出発したのは、予定より一時間遅れになったのだった。
オレンジ色の大型雪上車の後を、俺たちは歩調を合わせてゆっくり進んでいた。途中で出てくる魔物は、ペンギンのようなものやアザラシのようなもの。その愛くるしい見かけに欺されちゃいけない。結構えげつない攻撃をしてくる。その証拠に、戦闘時は真っ先につっこむ、このCVとヴィーゼル1の装甲はボコボコだ。
「なかなか難儀な依頼だな。これも……」
ハッチから頭を出して周辺警戒しながら、俺はこっそりつぶやいた。辺り一面の銀世界。もちろん、雪目対策用でサングラスを掛けている。全員同じだ。
「おっ、あれか?」
進行方向遙か向こうに、小さな建物群が見えてきた。双眼鏡で距離を読むと薬三キロ先だな。
「目的地発見。各車警戒!!」
俺は無線で呼びかけた。
『こちらも視認している。警戒中』
「了解!!」
バルボアと三井の声が続けて入ってきた。
……よし、気合い入れて仕事しますか。
何が待っているかは分からないが、とっとと済ませて帰る。それが、サラリーマン冒険者の鉄則である。
アルト基地で待っていたのもエルフだった。例によって、アイリーンの同時通訳が入った。
「ようこそ、アルト基地へ。まずはお休み下さい」
基地の責任者と名乗った女性は、小さく笑みを浮かべた。
「休みたいのは山々だが、まずは事情を聞いておきたい。どんな様子なんだ?」
俺とアイリーンが責任者と話しをしている間に、他の連中は武器類の動作確認をしている。この悪環境だ。これは重要なことである。
「ええ、私たちが極点付近の調査をしていると、いきなり黒い巨大な物体が出現するのです。何をされるわけでもないのですが、隊員達が怯えてしまって仕事になりません」
こめかみに手を当てながら、責任者は困り果てていた。
「分かった。明日、目標を「釣る」ために極点調査をやってくれ。一応、こっちも準備しておく……」
「分かりました」
嫌な予感を抱えつつ、俺はどうしたものかなと頭を捻り始めたのだった。
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