第33話 ゴブリンの足音

 やっちまったらやっちまった。毎日サーバを吹き飛ばす新人君に続き、俺まで「サーブ・スレイブ(物理)」を放っちまった。ハードディスクエラーが出たので、いつも通り交換したのだが、エラーを示すコーションランプが消えない。

 ハードディスクを束ねているRAIDコントローラの可能性が出てきたので、ユーザ部署の担当者に連絡したら、サーバを止めたら殺すと言われた。

 しかし、RAIDコントローラとなると、どうしても停止しないといけない。このままじゃどうせ壊れて止まる。

 口論の末、思わずサーバを思い切りぶん殴ってしまったのだ。ほら、作業時間が出来た。あはは……。サーバ停止時間三時間半。始末書で済むかな。これ?

 ちなみに、普通に作業すれば十五分も掛からないようなイージーな故障だった。

 時刻は深夜というより早朝に近い。当然終電は終わっているし、タクシーなど冗談じゃないので、俺は一人で異世界へ……。

 ネカフェ代わりに使うのもアレだが、こっちの喫茶店で時間を潰している方が、まだ気が晴れるってもんだ。

 前も言ったが、この世界と本来の世界の時間は一緒。時計を見れば、時刻は三時二十分。あと一時間ちょっとすれば始発が動くだろう。

 二十四時間眠らない街ではあるが、さすがにこの時間は人が少ない。喫茶店もほとんど開店休業状態だった。

 適当にドリンクを注文して、俺は打ち首獄門級の規則破りである「社用パソコン持ち出し」を実行して、なんの躊躇いもなく連れ出してきたノーパソの画面を開いた。

 大丈夫だ、問題ない。ここは異世界だし、あのボロ部屋からここに来ている。つまり、俺は「会社から一歩も出ていない」!!

「まあ、こんな所まで来てやりたくはないがな……」

 ため息を一つついて、俺はもう手慣れた始末書作成に入った。

 まだなにも言われていないが、最低でもこれは書かされるだろう。暇なうちに用意しておいた方がいい。

 こんなもんテンプレだ、少しだけ弄って謝罪して終わり。本来は手書きするべき文書だが、何でも電子化されるご時世だ。楽って言えば楽だがな。

 適当に「プロット」を書いておいて、あとは隙間を埋めるだけの状態にした時、ちょうど一時間ほど時間が過ぎていた。

「さて、行くか……」

 正しい異世界の使い方ではないが、なかなか便利だ。

 ノーパソを抱えて喫茶店を出ると、ついでに消耗品の手榴弾やら対戦車ロケットやらを買い込んでおく。この時間なら空いているので買い物も楽だ。

「さてと……」

 さすがに片手で持ちきれる量ではない。巨大なカートに載せてゴロゴロ運んでいく。それにしても、うちって12.7ミリを使う銃が多いよな。重くて仕方ない。

 預け屋に行くと、勤勉な事にタマが豆戦車を整備していた。

「おう、おはよう」

 エンジンルームのハッチを開け、作業していたタマがこちらを見た。

「ああ、おはようございます」

 ニッコリと笑みを返すと、タマは再び整備を開始した。

「こんな時間に、お疲れさん」

 言いながら、俺はノーパソをサーバルの運転席に置き、荷台にガンガン買い込んだ物資や武器を放り込んでいく。簡単に言うが、結構な重労働だ。弾薬が重い!!

 全てが終わった時、俺は全身汗まみれでへこたれそうになっていた。いつもは、ランボーにやらせているからな。ここには銭湯もあるし、着替えも売っている店もあるが、とりあえず帰って寝たい……。

「あの、整備ついでにタービンを付けてみたのですが……。少しだけ、試運転に付き合って頂いてよろしいですか?」

「はぃい?」

 タマが恐ろしい事を言った。タービン……要はターボだ。排ガスの圧力を利用して吸気圧を上げるいわゆる過給器。身近なところでは車のエンジンか……。

 電子制御が当たり前の今でも大変なのに、キャブレータ時代のエンジンに後付けで積むなど職人技だ。まして、相手は年代物。下手すれば、エンジンごとぶっ壊れる。

「……お前、真の冒険者だな」

「はい、よく言われます」

 なんだ、その清々しい笑顔は……。

「とりあえず、エンジンをかける所からだな。それすら……」

 素早く操縦席に滑り込んだタマが、エンジンをスタートさせた瞬間、パパパパパパパパパン!!というバックファイヤが連発して起こり、最後にボン!!となにか嫌な音がしてエンジンは停止した。

「あちゃあ、やっちゃいましたね……」

「やっちゃいましたねぇ。これは……」

 排気筒からもうもうと黒煙をたなびかせ、豆戦車の心臓はぶっ壊れた。

 うむ、少女よ。大志を抱け。ビー・アンビシャス!! って、タマの年齢知らんし、何ってるか自分でも分からん!!

「直しておきます。次は、スーパーチャージャーでも……」

「やめい!!」

 スーパーチャージャーとはやはりターボと同じ過給器だが、エンジンの回転を使うという違いがある。

 どっちを取るかは微妙なところで、昔はいいとこ取りを狙って両方載せた「スーパーターボ」なんて珍種もあった。壊れやすいと評判だったが……。

「普通に直せ、普通に!!」

「はい、そうしておきます。つまらないですが……」

 タマが残念そうに言う。全く。

「しっかし、ぶっ壊れてばっかりだな」

 サーバといい豆戦車といい……。今日はよく壊れる日だ。いや、壊す日か。

「これ以上ぶっ壊す前に、とっとと帰って寝るか……」

 俺はノーパソを小脇に抱え、カートを元に戻そうと押した瞬間、しっかり持っていたはずのノーパソがするりと手から滑った……。

「あ……」

 ……俺、なんか悪い事したかな。ああ、した。サーバの神よ。もう勘弁して!!


『依頼書 クラス:S


 ・サマンサ村近郊にゴブリン・シャーマンの大軍あり

 ・重装甲車両で武装している模様。警戒されたし

 ・このゴブリン・シャーマンを殲滅せよ


以上』


 ……姐さん。頼むから、依頼を受けて来る前に相談してくれ。

「ゴブリン・シャーマンってなんだ?」

 聞き慣れぬ名に、俺は誰ともなくつぶやいた。

「簡単に言うと、魔法が使えるゴブリンですよ。集団行動はしないはずなんですけど、発情期かな……」

 アイリーンがさらっと言った。ほぅ、そんなのがいるのか。

「問題は『重装甲車両』ですね。書いてくれればいいのに」

 三井がうーんと唸りながら言った。

「まあ、行けば分かるだろ。対戦車ミサイル買い占めるか……」

 などとやってると、いつの間にかパーティーの一員となってしまった、鈴木率いる航空部隊が喫茶店に入ってきた。

「はーい、本間が使えるようになったよー。速成には自信があってね」

 そう言って、本間の両肩をポンと叩く鈴木。

「お待たせしました」

 ペコリと頭を下げる本間。ん? まだ半年も経ってなくないか? まさか、こやつも天才肌か!?

「ああ、ちょうど良かった。ちょうど航空隊が必要な依頼でな……」

 俺が依頼書を見せると、鈴木の目つきが変わった。戦闘機乗りのそれに。

「ふーん、マーベリックをしこたま持っていくか。本間も精一杯積んでね」

「はい」

 マーベリックってのは、長年使われている空対地ミサイルだ。この手の映画を観る人は名前ぐらい聞いたことがあるだろう。装甲車両を攻撃するにはおあつらえ向きだ。

「さて、今分かっている情報だけで、とりあえず作戦立ててみるか……」

 俺は地図を引っ張り出したのだった。


 件のサマンサ村は、初心者の街から東に半日というところだ。俺たちはそこまで隊列を組んで移動していた。

 その姿は見えないが、どこか上空に鈴木と本間がいるはずである。

「それにしても……タマ、お前なんかやったな?」

 聞き慣れた豆戦車のエンジン音に、シュイーン・・…という甲高い聞き慣れない音が混じっている。この音は間違いない。タービン音だ。

「はい、試行錯誤しまして。大丈夫です。ガンガン荒っぽい事をしても壊れません!!」 ……本当か? ったく。

 ターボエンジンはデリケートである。最近の戦車は当たり前のようにディーゼルターボだが、コイツのエンジンはそんな物がない時代のものだ。

 フィアットSPA製の小型エンジンで出力は四十三馬力しかない。今の軽自動車の方がはるかにパワフルである。

 無茶をしても壊れるだけ。ターボ化してもたかが知れているだろうが、非常に繊細な動きになるはずである。それをコントロールするタマの腕は、やはり大したものだ。

 程なく村が見えてきた。ガタガタと石畳を履帯で削りながら、俺たちは歩調を合わせてゆっくり接近していく。


 これが、大戦闘の幕開けになるとは……まあ、大体予想はしていた。いつもそうだからな。いい加減馴れた。


『おーい、目標視認。って、なにこれ!?』

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