第32話 異界の風
真っ白な光りが収まると、そこは一転して闇の世界……とでも言うべき所だった。暗視装置を下げランボーと背中合わせになって索敵したが、取り合えず異常なし。
「ったく、どこだここ。嫌な感じだ」
「異世界」にきて「異世界」に転移か。ったく……。
その時、急に灯火が点いた。暗視装置を上げると、それが色分けされて生前と並んでいるのが分かる。似たような光景、どっかで見たな……。
「空港か?」
ランボーがつぶやいた。
そうだ。夜の空港だ。たまに出張があって、機内から見える光景によく似ている。なんでまた……。
その答えとでも言うかのように、軽快なジェット音が聞こえてきた。
「……対空ミサイル持ってるか?」
そこはかとなく嫌な予感がした俺は、ないのは承知でランボーに聞いた。
「分かっているだろ。持ってない」
やっぱりね……。
こんなやり取りをしている間にもジェット音は急速に近づき、強烈な明るさを放つ着陸灯が上空に見えてきた。多分、さほど大きな機体ではない。
そして、着陸した小型の機体が、俺たちを掠めるように走り抜けていった。滑走路端でUターンして、ゆっくりこちらに近寄ってくる機体は、紛れもなくガルフストリーム。垂直尾翼を挟むように小型のジェットエンジンが二発付いた、金持ちの社長なんかがビジネス・ジェットにしているアレだ。
一瞬その機体に向けて銃を向けたが、すぐに降ろした。ランボーにも手で「下ろせ」と合図する。もし害意があるなら、飛んでくるジェットはガルフストリームではないだろう。
体感時間で10分くらいか。俺らの目の前で止まったガルフストリームの扉が開き、中から爺様が出てきた。お約束のように長い杖を突き、ダボダボした服。うん、まさに神様ってヤツだな。これで違ったら、明日のランチは奢ってやる。
「へぇ、最近の神はジェットで移動するのかい?」
俺が声を掛けると、爺様がニヤッと笑みを浮かべた。
「ふっ、よく見抜いたな。ワシはハデス。冥府を統べる神じゃ」
見抜けない方がおかしい。ってことは、ここは冥界。死者の世界か……また妙な場所にきたもんだ。
「さて、何用じゃ? 地上からこんな場所に人間がくるなど、そうそうないが……」
お約束通りの顎髭をワシワシしながら、ハデスは俺の方を見て問いかけてきた。
「こっちが知りたい。俺たちは、村の依頼を受けて『神の怒りを鎮めろ』って洞窟に来たら、いきなりモノリスの集団にな……」
そこまで言ったとき、全ての状況を察したのだろう。ハデスは手を上げて俺の言葉を止めた。
「ああ、あれは『転送陣』といって、魔方陣の一種じゃよ。先日メンテしたばかりだというのに……」
今度はブチブチぼやき始めたが、機械はメンテ後が一番壊れる。皮肉なもんだろ?
「おっと、いかん。お前さん方を早く戻さねばな。転送の魔方陣は世界の中央にある。乗ってくれ」
ハデスは一足先にガルフストリームの中に消えた。俺とランボーは一瞬顔を見合わせてから、備え付けの乗降階段を登った。
「さすが、神が乗るだけあって豪華なものだな」
ジャンボではないので広大とは言わないが、狭い機内を効率よく使った応接セットまである機内は、さすがに豪華だった。
「そうでもない。最高神のゼウスが乗る専用機「オリンポス・ワン」など、もうどこかの豪華マンションじゃ」
……お、オリンポス・ワン。てか、なんでここまで機械が侵食しているんだよ!!
「その辺に適当に座ってくれ。ベルトはきつめにな。ここは離陸してすぐに山がある。少々荒っぽくなるからな」
俺たちは慌てて近くのシートに腰を下ろし、ベルトを締めた。にわかに背後でジェット音が高まり、ガルフストリームはゆっくりと滑走路端を目指して行く。ここの滑走路は小型機ですら、ギリギリの長さしかないようだ。
そして、滑走路端のUターンエリアでぐるりと機首を回す。前に伸びるのは真っ直ぐで短い滑走路。見えるのだ。カメラ画像で……サービスいいな。
「さて、離陸じゃ。無事を神に祈ろう」
……ハデス。お前は神だ!!
ツッコミを入れる前にジェット音が極限まで高まり、ガルフストリームは猛然と加速を開始した。短い滑走路があっという間に消費されていく。
オーバーランすんるんじゃね? と思った時、ふわっと浮く感触があって滑走路ギリギリで機体は空に舞い上がった。すぐさま、ガッタンだのバッタンだの忙しく機械音が機内響き、機体が大きく左バンクした。確かに荒い。戦闘機並とはまでは言わないが、軍用機も真っ青だ。
「俺、実は飛行機苦手なんだよね……」
今さら何をいう、ランボーよ。俺はその言葉を聞かなかったことにした。
そんなこんなで山岳地帯を抜け、機体が安定すると誰ともなくため息をついた。
「世界の中心までは、お前さんたちの時間で半時くらいじゃ。まあ、殺風景じゃがゆっくりするがいい」
ハデスの言う通り、確かに殺風景である。薄暗い大地と真っ黒な空。まあ、当たり前かもしれないが、あまり居心地のいい所ではない。長居は無用だ。
「ああ、そうそう。ここは『死者の世界』じゃ。生あるものは存在出来ぬ。お主たちは、地上で生きているとも、死んでいるとも言えない状態になっておる。これを見るがいい……」
ハデスがフィンガースナップをすると、消えていた機内の画面に激しい戦闘を繰り広げている三井たと、村人の姿……そして、床に倒れている俺とランボーの「体」が映った。例のモノリスは静かに佇んでいる。
「またか……という感じなのじゃがな、あの村は定期的に「生け贄」を寄越しおってな。そんなものいらんのに……。恐らくだが、モノリスの暴走で怪しい霧が出たせいで、ワシが怒っていると勘違いしたのじゃろう。お前さんたちは体よく生け贄にされたのだ。恐らくな」
……なるほど、そういうことか。
「やれやれ……で、何で戦っているんだ?」
不思議と怒りは感じない。元々少し変わった依頼だったからな。
「ずっと観測していたのだが、様子見と「死体片付け」のためにきたところに鉢合わせしたようじゃ。全く、あの部屋は元々死者の魂を、冥界に送るためのものだというのに……」
……悪用か。まあ、よくある話しだ。
「じゃあ、まっ、戻ったらやる事やりますか……」
俺は手にした武器を見つめた……。あれ? なんでこれは手元にあるんだ?
「死者と共に埋葬されたものはそのまま冥界に持ち込まれる。だから手厚く葬られる。そして、通常はないがその逆もまた然り。お前さんたちも、元に戻れば全て元のままだよ」
まるで俺の思考を読んだかのように、ハデスが言った。
ほぅ、それはまた便利だ。まあ、この世界で暴れるつもりはないが……。
「さて、今は休むがいい。向こうに行けば、一悶着あるじゃろうて……」
ハデスはシートに身を預けて目を閉じた。
俺の頭の中ではプランが出来ていた。上手くいくか分からないが……。
飛行機に乗った事がある人なら、思わず「外部カメラ画像」を見てしまったりしないだろうか? 俺はつい見てしまう。
着陸間際、景色の中に埋もれた滑走路を見つけられた事があるかい? 俺は本当に着陸寸前になってからではないと見つけられない。パイロットすげぇと思う瞬間だ。
そんなわけで、天を突くような巨大モノリスが設置された、そのお膝元の長い滑走路にガルフストリームは着陸した。すぐさま滑走路から誘導路に掃け、小型機用のスポットに止まる。なんかこう、羽田空港並みのデカい施設だ。大型機が何機も止まっているし。
「さて、行くぞ!!」
ガルフストリームから降りると、ジェット燃料であるケロシンの灯油に似た匂いがした。俺は嫌いではないが……ここ、冥界だよな?
「こっちじゃ」
なんと、遠くの建物まで歩きらしい。神だぞ神!!
「なんかこう、イメージが……」
「俺一回死んだから分かるけど、ここでそれぞれの居住区まで移動するんだよね」
うむ、先輩がいた!! なりたかないけど。
体感的には十五分くらいか。延々と歩いて建物に入ると……おいおい。
タンタンタータン♪
『西区-七十三番行き123便。瘴気乱流により搭乗手続きを見合わせておりましたが、ただ今より搭乗手続きを再開致します。お手元の……』
……まんま空港じゃねぇか。おいおい。
「この世界で死んだ者の魂が、全て集まるのがこの冥界じゃからの。いつも大混雑じゃ」
ハデスが言うが、それ以前の問題な気がする。まあ、よしとするか。
「よし、こっちじゃ!!」
ハデスを先頭に、俺たちは広大な建物の中を歩き、裏口のような所を抜けて超巨大モノリスの前に立った。
「じゃあ、また会おう。デラックスなエリアを用意しておこう」
「縁起でもないこと言うな!!」
……まだ早い。
「では、送り返すとしよう。またいつか……」
俺とランボーの体が光り出す。その瞬間、俺はハデスの胸ぐらを掴んだ。
「はお!?」
ハデスが変な声を上げた瞬間、俺の視界は白い光りに包まれた……。
フッと光りが消えると、そこは銃声溢れる空間だった。
俺はゆっくり起き上がり体のチェック……。問題ない。ランボーも大丈夫そうだ。そして……。
「こらぁ、ワシを連れてきてどうする!!」
ワタワタしまくるハデスの姿があった。ふっ、決まった。旅は道連れ世は情け作戦!!
その声がきっかけかどうかは知らないが、銃声がピタリと止み、部屋にいた一同の視線がこちらに向いた。
「ええい、静まれ静まれ!! このお方をどなたと心得る!! 冥府の神ハデス様なるぞ。頭が高い!! 控えおろーう!!」
……すまん、一回言ってみたかった。
「嘘こけ!!」
誰かが言った。ですよねぇ~。
「おい、なんか見せてやれ!!」
俺は小声でハデスに言った。
「ふむ……趣味ではないのじゃがのぅ」
ハデスの全身が光り、突き上げられるような強烈な地震が発生した。バラバラと天井から石が降ってくる。やり過ぎだ!!
「よせ、洞窟が崩落する!!」
「おっと、いかん」
俺の声にハデスが反応して地震を止めた。
「これで信じてもらえたかの?」
一同ポカンとした顔をして何も言わない。そして、ウチのパーティーの面子以外は一斉に土下座したのだった。
「わしは生け贄など望んでおらん。まして、旅の者を欺して生け贄にするなど不届き千万。次は村を消滅させる。分かったな?」
かくて、依頼は終了……
纏めようとしたら、三井がツカツカと歩いてきて、俺の右頬を思いきり引っぱたいた。
「どこに遊びに言ってたの!! それに、お母さんに内緒でなにを拾ってきたの!! 今すぐ元いた場所に返してきなさい!!」
「お、お母さ……」
三井よ。どこかおかしくなったか?
「ほほほ、これは楽しい。あんまり早く冥界には来ないようにな。では、わしは元いた場所に帰ろう……」
ハデスの体が燐光に包まれ、そして消えた。
とまあ、これでようやく依頼は解決したのだった。そう、解決であって達成ではない。これから、村長を締め上げて、「違約金」を出させなくてはな……。
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