第30話 懐かしい顔

 週末には異世界へ。最近仕事の話しをしていないが、ちゃんと出勤しているので問題ない。ただ、暇すぎて述べる事がないだけである。まあ、うちの部署なんてそんなもんだ。

 さて、初心者の街で懐かしい顔に会った。

「あれ、お久しぶりです!!」

 いつもの喫茶店に行こうとしたら、いきなり背後から声を掛けられた。振り返ると、そこにはエルフっ子のアイリーンの姿があった。

「おう、久しぶりだな」

 俺は右手を挙げながら挨拶を返した。

「ふむ、息災のようじゃな」

 そして、その後ろにいたのはドワーフのボルドア。こちらも久しい顔だ。

「まさか、またマグロじゃないだろうな?」

 忘れもしないあのマグロ野郎。

「まあ、積もる話もあるし、どこかに落ち着こう!!」

 仕事で引っかかって、「うちの会社連合」の面子はまだ来ていない。

「よし、行き付けの喫茶店でいいか?」

 俺が聞くと二人とも頷いた。

 しばし歩き、いつものようにドアを開けて店内に入ると、適当な席に座った。

「さてと、俺は偶然ってやつをあまり信じていなくてな。俺が来るのを待って、後を追ってきたんだろ?」

 適当に注文してから、俺は単刀直入に切り出した。

「はい、まずは報告ですが、私とボルドアは正式にパーティーを組みました。装備も揃えましたよ。ちっちゃいけど戦車ですよ、戦車!!」

 ……まさか、CVじゃないだろうな。

「ヴィーゼル1 MK.20だったかの。狭いが便利だ」

 ちょっと、待て。えーっと、ああ、あれか。ドイツ軍の空挺戦車だ。空挺部隊……まあ、いわゆる落下傘部隊が運用する超小型戦車だ。いわば、豆戦車の現代版である。.MK.20は小さな砲塔に大砲屋のラインメタル製二十ミリ機関砲を搭載したタイプの二人乗り。CVより洗練されているが、火力以外は似たような物だ。

「それで、まさか報告だけにきたわけじゃないだろう。急かすようだが用件は?」

 俺はバター味のコーヒーをチビリとやりながら、静かに言った。

「はい、あなたたちのパーティーに加えて欲しいのです。お役に立てるかと……」

 アイリーンは懇願するような目で俺を見る。よせやい……。

 エルフの魔法使い(本物)と屈強なバルボアが加わってくれるなら、これ以上の戦力強化はないだろう。俺は二つ返事で了承した。

 あえて言わなかったが、アイリーンチームにはもうひとつ意図があるだろう。それは、「依頼の人数規定」だ。

 個人的ならともかく、斡旋所を通した依頼には最低人数の規定がある。そこそこ金になる依頼になると、少なくとも四~六人以上くらいになる場合が多い。一時的に頼む戦闘機や輸送機、艦船などで「支援」を受ける場合はこの人数には入らず、個人的な臨時雇いとみなされる。さらに言えば、どこかのパーティーと合同になった場合でも、この人数規定は各パーティーごとになるので注意されたし。これも、安全のためである。

「さて、皆を待とうか。こけら落としに、少しデカい依頼いってみるか」


 俺たちは街道をひたすら行く、CV33、ヴィーゼル1、サーバルの順だ。上空に航空チームはいない。本間の訓練を優先したのだ。というのも、今回は洞窟の中で、あまり航空チームの出番はないと判断したのである。依頼はこうだ。


『怒り狂った村の守護神を鎮めて欲しい。場所は村の裏手にある洞窟。報酬は……』


 そう、最初から洞窟と分かっているのだ。なかなか珍しいパターンである。対象の村は、初心者の街から半日ほど移動したアルファイという名が付いている。

 特に問題なく村に到着した俺たちは、村長との挨拶もそこそこに依頼料を受け取ると、さっそく問題の洞窟へと向かい、細い山道をガタガタと登っていった。往復で移動時間が1日。依頼を1日でこなさなければ、いい加減勤怠がヤバい。

「何でしょう。嫌な予感しかしません」

 豆戦車を操りながら、黒い変な霧が漂い始めた行く先に、タマがポツリと漏らした。

 俺はあえてなにも言わず、ハッチを開けて双眼鏡で辺りを隈無く確認していく。今のところ、異常はない。

「各車警戒!!」

 俺は短く無線で告げ、辺りを注意深く見渡す。異常はない。そのまま車列は洞窟の入口に到着した。

「こりゃすげぇな……」

 洞窟からは猛烈な勢いで黒い霧が吹き出している。入ろうとする者を拒むように。

 俺は隊列を止めた。なにも言わなくても、意思疎通は完璧。サーバルに乗っていた四人が素早く洞窟の入口に張り付き、洞窟の中に向かってドローンを飛ばしたが……。

『ダメだ。霧が濃すぎて何も見えない』

 ランボーから無線が入った。予想はしていたが、やっぱりダメか……。

『私がやってみます!!』

 アイリーンの声が聞こえ、後ろから駆け抜けていく。そして、偵察チームに加わると……何らかの魔法を唱えたと思われる閃光が走り……。


 ズドコーン!!


 ど派手な爆発が洞窟内で発生し、吹き出す霧を吹き飛ばした。なんかこう、色々台無しである。

「お前なぁ……」

 俺が言えた事はそれだけだった。これなら、手榴弾でもぶち込んだ方がまだマシだ。

「はぁ、まあいい。全員降りろ!!」

 洞窟は戦車で入るにはキツかった。久々に下車戦闘だ。車両管理をタマに任せ、集まった七人はそれぞれの武器を構えて、ゆっくり洞窟内に侵入した。しっかし、なんでバレットなど持ってくるのだ姐さんよ。邪魔だろうに……。

 入り口は狭かったが、中に入ればそこそこの広さがあった。もちろん、全員暗視装置装備だ。以前やったミスは二度はやらない。

 俺たちは一丸となって、洞窟の奥へと進んでいく。特に異常はない。

「なんだ、魔物だらけかと思ったぜ」

 俺は思わずつぶやいた。

「……魔物はいませんが、ここには妙な魔力の流れを感じます。気を付けて下さい」

 アイリーンが返してきた。俺には分からんが、用心に越した事はない……か。

「なんか、嫌な予感がするな……」

 ランボーがつぶやいた時だった。俺ですら分かる違和感を前方に感じた。

 同時に、姐さんがバレットをぶっ放した。いい加減腰に来るからやめた方がいいぞ。うん。

「明かりよ!!」

 よりはっきり見ようということだろう。アイリーンが魔法で明かりを作った。てか、そういう術があるなら先に言え!! 暗視装置要らないし!!

 さて、魔法の明かりに照らされたのは、洞窟の空間では狭そうにしている巨大な獣だった。

「ケルベロスか……」

 バルボアが斧を構えた。えっと……。

「三つ首の犬ですね。冥府の番犬です!!」

 三井の叫ぶ声が聞こえた。

 なるほど、犬と言われれば犬だ。三つ首でもある。しかし……。

「……これを倒せと?」

 いかにも屈強そうな体についていた「首」は、トイプー、チワワ、シーズーだった。俺は猫派だが、このくらいはさすがに分かる。しかも、首のサイズは原寸大だ。ミスマッチというか、気持ち悪いというか……。

「油断しないで、強力な……か、かわいい」

 ……アイリーン。俺はお前を責めないぞ。そのほんわか笑顔を。

「……やりにくいな」

 俺もランボーに一票。トイプーやチワワやシーズーの額に弾丸ぶち込めるか? 俺にはできん!!

 三井もランボーもどうしていいか分からない様子で困り顔をこちらに向けるが、俺に判断を任されてもなぁ……。

 しかし、この二人は違った。

「フン!!」

 気合いの声と共に斧を振るうバルボアと、もはやトレードマークの腰だめ撃ちバレットの姐さん。遅ればせながら、俺もM-16で射撃を開始した。それを見た三井が、これまたご自慢のRPG-7をとりあえずトイプードルに向けて放ち、ランボーが軽機関銃弾をばらまく。

 こうして、俺たちはようやく戦闘態勢にはいった。アイリーン、早く帰ってこい!!

「チッ、まるで効かねぇ!!」

 顔は可愛いが魔物は魔物だ。こちらの攻撃はまるで効いた様子がない。しかし、不思議と向こうから反撃してくる様子もない。

「えっと、神話によれば入る者は攻撃しないが、出ようとする者は容赦なく貪り食う。故に冥府の番犬。だったかな。なんか、そんな感じです!!」

 三井が再び叫んだ。冥府の番犬……冥府……死者の世界!?

「おい、この依頼中止だ。撤収!!」

 こんな洞窟にそんなご立派な物があるとは思えないが、嫌な予感しかしない。

「洞窟が塞がっています!!」

 ……なんだって!?

 三井の声に振り向くと、今まで通ってきた通路が完全に塞がれていた。

「アイリーン。なんか適当な魔法はあるか。冗談じゃねぇ!!」

 すぐさま、塞がった洞窟の壁に向かったアイリーンだったが……。

「ちょっと難しいね。強力な結界が張られている……。先に進んだ方がいいと思う」

 他に魔法使いはいない。その魔法使いが判断したのなら、そうするしかないだろう。

「よし、それじゃこの犬野郎をどうにかするぞ!!」

 こうして、俺たちの戦いは始まったのだった……。

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