第26話 デンジャゾーン

 うーん、潮風が心地いい。まだまだ暑いが、悪くない。しかし……。

「どこの馬鹿だ。原子力空母を「初期装備」にしたヤツ……」

 そう、俺は巨大な空母のフライトデッキの片隅にいた。乗員五千人を越える「街」。それが、「CVN68 ニミッツ」だ。米国初の量産原子力空母のネームシップでもあるし、ある映画にもこっそり出演している。

「なにか、昔の空母ごとこの世界に飛ばされてしまって、あまりの性能の良さに衝動的に貰ったとか……運用方法を覚えるまで大変だったみたいですけどね」

 三井が隣で解説してくれる。その情報、どこで仕入れたのやら。

「ひょー、まだトムキャットが現役じゃん。いいねぇ、あの可変翼!!」

 俺を挟んで隣にいる鈴木が黄色い声を上げた。F-14トムキャット。あの有名な映画の「主役」にもなった復座の戦闘機である。コスパが悪すぎてもう退役してしまったが、俺もこっそり好きな機体だ。無条件に格好いいのだよ。

 ああ、そうそう。今回の依頼は「航路上に出現するクラーケンを倒せ」だ。クラーケンってのはでっかいイカだな。なにかと邪魔なので退治して欲しいらしいのだが……航空チームはともかく、俺ら必要あるか? そのまま空母で轢き潰してやればいいのに。

「なんだ、鈴木はトムキャットで遊ぶのか?」

 何気なく聞くと、なぜか引っぱたかれた。うん、痛いぞ。

「あのねぇ、艦載機のパイロットをナメるなよ~。どんだけ大変か……私に出来るわけないでしょ!?」

 いや、怒られてもな……。

「でも、トムキャット乗ってみたいなぁ。面白そう!!」

 じゃあ、引っぱたくなよ。

「おーい、ここにいたのか」

 ランボーと姐さんがやってきた。

「ああ、暇だったんでな」

 俺が言った時だった、戦闘警報がうるさいくらい鳴った。

『偵察隊(パトロール)より入電。対象を発見。攻撃を開始せよ!!』

 携帯していた無線機からそんな声が聞こえた

 そして、飛行甲板はお祭り騒ぎになった。爆弾とミサイル満載の「F/A-18 E ブロック2 スーパーホーネット」が次々と飛び立って行く。蒸気カタパルトから上がる湯気が凄い。ああ、F/A18ってのは、元々はトムキャットが高すぎて調達しきれないので、隙間を埋めるために比較的安価に作ろうと開発された機体だ。しかし、ナメちゃいけない。いまやトムキャットに変わって主役を張る高性能な機体へと進化した。対地攻撃も対空攻撃も一流。お陰で高価になっちまったがな。ああ、こういう対空も対地もこなす機体の事をマルチロール機といって、最近の流行だ。

「さて、どんなバケモノが出てくるやら……。

 これだけのスーパーホーネットの爆撃を食らったら、まずイカ刺しになっているだろうが、その破片でも拝んでおきたい。

 しかし、全速前進で空母が行くその先に、とんでもないものが見えてきた。最初は、なんでこんな所に壁が? と思ったが……。

「アレか!?」

 デカい。デカすぎる。何食ったらこんなデカくなるんだ!?

 グイングイン振り回される足? でスーパーホーネットが次々と撃墜されていく。てか、そもそも空母はこんなに目標に接近しない。なにやってやがる!!

「両弦最大戦速、突っこめ!!」

 俺は無線を飛ばした。もはや、回避不能だ。だったら突撃しかない。言うことを聞いてくれるか分からなかったが、元々艦載機を飛ばすために全速で突き進んでいたニミッツは、ちょっぴり増速した……気がした。排水量十万トンオーバーの巨体が、三十三ノット……時速に直すと五十六キロで巨大イカに向かって突き進んでいく。そして……サッと避けた。イカが。

「マジか!?」

 船というのは、そう簡単に止まれないし曲がれない。まして、こんな巨体だ。精一杯面舵を切ったようだ、が後部の飛行甲板にイカの足がドカドカと命中。一部が粉々に損壊した。

「いまさらだが、なんで護衛艦を用意していないんだよ!!」

 そう、空母とは単体で行動するものではない。護衛の駆逐艦なりなんなり付いて、艦隊を組んで行動するものだ。

「とにかく逃げろ!!」

 無線に叩き付けたが、間に合うかどうか……発艦した艦載機は一機も戻ってこない。こうなったら、空母などただのデカい箱である。自衛用の武器など、対艦ミサイルを堕とす最終ラインのファランクス二十ミリ機関砲しかないのだ。

「よし、俺たちの出番だな」

 ガシャコンと機関銃を構えたランボーが言った。

「あのな……って、そういや、みんなどこに行った?」

 いつの間にか、皆の姿がない。その答えのように、雷鳴のような発射音が響く。まさかと思うが、狙撃しているのか? どこで? この揺れる空母から?

 再度イカの攻撃を受けた。さらにダメージを受ける後部飛行甲板。これはヤバい!!

 その時、艦橋の上から激しい火炎を吹いて何かが発射された。多分、対戦車ミサイル……。

 イカに何かが当たると爆発が起きた。しかし、怯んだ様子はない。イカが巨大な足を振り上げ……ヤバい!!

「加勢しよう!!」

 ランボーが言うが、どうしろと?

「お前なぁ、こんな豆鉄砲で……」

 

 ドコーン!!


 再び腹に響く射撃音。姐さんのバレットだ。

 しかも、一発ではない。もう一発発射音が聞こえた。誰?

「よし、俺たちも行こう。ここにいても仕方ない!!」

「ああ、行こう!!」

 俺の提案にランボーが頷き、長い階段をひたすら駆け抜ける・さすがにキツいぜ。これは……。

 そして、艦橋上のデッキに出ると、伏射の体勢を取っている姐さんと……三井だとぉ!?

 二人揃ってバレットを構え、ドコーン!!とやっている。その二人の傍らにはタマと本間が付いて観測手をやり、佐藤がせっせと空マガジンにデカい銃弾を込めていた。

「あれ、鈴木は?」

 俺が聞いた瞬間、頭上を掠めるようにスーパーホーネットが通過していった。……まさか!?

「鈴木、まさか乗ってないよな?」

 俺は無線のチャンネルを国際非常チャンネルに切り替えて言った。

『予備機に乗ってるよー。いいねぇ、空は!!』

 ……あー。

「お前乗それ乗ったことないだろ。よく飛ばせたな!?」

 いつ発艦したんだ。やったことないはずなのに!?

 戦闘機といっても、機種によって当然コックピットの中は違う。いきなり乗れるものではない。普通なら……。

『私は一対の翼とエンジン。コックピットがあれば飛べちゃうの。フフフ』

 ……世の中には天才と秀才がいる。バッと乗って、ガッと発艦して、バッと爆弾を落とせる鈴木は、間違いなく天才だ。そういや、モスキートも乗ったな。末恐ろしい。

「最初に無理って言ってなかったか? 引っぱたきやがって!!」

『最初に無理って言ったな。あれは嘘だ!!』

 お、お前、そのセリフは……。

 俺は無線を投げそうになった。よし、頑張った理性。

「で、どうするんだ。ここから豆鉄砲の弾をばらまいても、金が掛かるだけで無駄だぞ」

 俺がランボーに聞いた瞬間、バララララと鈴木のスーパーホーネットが機銃掃射していった。もう爆弾類はないようだ。

「なに、大丈夫だ。問題ない」

 全然気が付かなかったが、ランボーがバカデカい狙撃銃を降ろした。

「け、KSVK!?」

 ロシアの対物ライフルだ。バレットが次弾が自動で装填されるセミオートに対して、コイツは一発ごとにガチャコンとやるボルトアクション方式を採用しているので、いかにも狙撃銃っぽい。な、なんてマニアックな!!

 そして、ランボーは三井や姐さんと並んで伏せて構えた。俺は、観測手に付く。

 まあ、ここは空母の上なので問題ないが、観測手は周辺警戒や射撃の補助をする役目だ。えっ、ここは俺が狙撃だろ? あり得ない。祭りの射的もダメな腕だ。

 ドン、ドン、ドン!!と、12.7ミリ弾三発同時攻撃か始まった。揺れる船の上では至難の業だがな。

 まあ、どうでもいいが、謎の狙撃能力を持つ姐さんはともかく、ランボーや三井に……。

 偶然か必然か、三つの弾丸がほぼ同じ場所に命中した。思わず双眼鏡を取り落としそうになるほど正確に、イカやタコの急所である目と目の間に突き刺さったのだ。

 あれだけ暴れていたクラーケンは、いきなり動きを止めた。そして、静かに海中に沈んでいったのだった……。

「姐さんはともかく、三井と荒木。一体どこで……?」

 目下気になった事はこれだった。狙撃はそんなに簡単ではない。まして、こんなバカデカい対物ライフルなんて……。

「フフフ、私だってまた死にたくないから、しっかりレボリューションするんですよ~」

「まあ、お前が入院している間暇だったしな。銃が重いから反動も少ない分、ある意味楽なんだよ」

 ……

『あのぉ、着艦したいんだけど、甲板ボロボロじゃん!!』

 半ば唖然としていると、鈴木から無線が飛んできた。

「あ、ああ、好きにやってくれ……」

 艦載機は前甲板から発艦し、後方から着艦する。アングルドデッキといって、着艦用の甲板は斜めに作られているので、失敗したらそのまま加速してやり直せばいい。合理的に作られているのだ。

『分かった~。デンジャゾーン♪』

 なぜ元気なのだ鈴木よ。着艦は「制御された墜落」っていうくらいキツいはずなのだが……。日本に空母なかったよな? いくら天才でも無理が……。

 そして、ジェット音とズン!! という重い音が下から聞こえた。デッキから下を見ると、スーパーホーネットが一機着艦し、甲板要員が駆け寄っていた。

「あいつ、やりやがった……」

 バケモノか、アイツは!!

「さて、仕事は完了だな。とっとと帰って祝杯でも上げようか」

 ランボーの言葉に異を唱えるものはいなかった。全く、復帰戦にしてはやり過ぎだ。この馬鹿たちは……まあ、悪い気はしないがな。


「うがぁ、全身が痛い!!」

 いつもの喫茶店。俺は酒があまり飲めないので、得体の知れないジュースをチビチビやっていると、左隣に座った鈴木が悲鳴を上げている。ほらみろ。

「回復魔法、使いましょうか?」

 テーブルを挟んで向かいにいるタマがそう言った。

「ほっとけ」

 俺は冷たく言い放った。その途端、右隣に座っている三井が俺の足を踏んだ。

「うがっ!?」

「女の子は大切に。タマさん、お願いします」

 お前が死んでいる間に、コイツなにやったか知ってるか?

 言いそうになって引っ込めた。バレットで撃ち抜かれるのは俺だ。

「それにしてもまあ、ずいぶんヘヴィな依頼を選んだもんだ」

 俺が言うと、姐さんが滅多に見せない笑みを見せた。

「なに、ゴブリン退治じゃウォーミングアップにもならんだろ」

 ……そうですか。

「そういや、本間に鈴木。愛機は直りそうか?」

 こいつらの「本職」は航空機だ。いつまでも航空戦力がないのは困るしな。

「はい、あのアパッチはもう直しようがないです。新しい機体を探しています。

「私も似たようなものかな。買い換えた方が早い。残したいんだけどなぁ」

 ……うーむ。あれに匹敵する戦闘機やヘリか。すぐには思いつかんな。

「トーネードIDSなんて面白いかも。あれ、結構イケてるよ」

 佐藤が口を開いた。ほう、あれか……。

 主にヨーロッパ圏で使われているマルチロール機だ。確かに面白い。実戦経験も豊富でなぜか低く評価されがちだが、確かに悪くない。

「おっ、いいねぇ。一回触ってみたかった機体だよ」

 鈴木も乗り気だ。こっちは大丈夫そうだな。

「あとは戦闘ヘリか……」

 ロングボウアパッチと同等……あるかンなもん!!

「あの、いっそハリアーとか……」

 本間がとんでもない事を言い出した。

「実は、私と組んでいた子が、もう乗りたくないって言い始めまして……。乗員探しから始めないといけないんです……」

本間が珍しくため息をついた。

「ああ、練習機型も買えば私が手ほどきするよ。悪い話しじゃないと思うけどな」

 鈴木がスルッと口を挟んできた。

 ……空の猟犬「AV8B ハリアーⅡプラス」が最新かな。米国海兵隊で使っている機体だ。そこそこの対空能力を持つが、基本は攻撃機である。ヘリに積めない炸薬が多いミサイルや爆弾を積める事と、高速性能が魅力だが……。

「本間、よく考えろ。この件は保留だな」

 俺はジュースを一気に飲み干した。やれやれ……。

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