第23話 蘇生への道

「こりゃまた、凄いな……」

 俺たちはハインドの兵員室で地上を見ながら、まずはオーガやトロールの本拠地周辺を偵察している。本間の相棒が不在だが、操縦席からでも武装の操作はできる。負担が激増するがな……。

 その脇を、ズバババっと排気管から盛大にバックファイアを吹きながら、双発の空飛ぶ博物館がブィンブィン纏わり付いてくる。まさに「モスキート(蚊)」だな。

「しかしまあ、あんな時間を越えた飛行機と併走するとはな」

 無線機は機に装備されているものではなく、あらかじめ携帯していたものを使った。

「おーい、そっちは平気か?」

 俺は鈴木に声を掛けた。

『平気平気。これ面白い飛行特性だね。持って帰りたいくらい楽しい!!』

 ……まあ、元気そうで何よりだ。

「遊びじゃねぇんだから、ほどほどにしておけよ」

 無線を切り、俺は再び窓から双眼鏡で覗く。ここから見えるだけでも、なんとかの巨人のような有様だ。

「……よし、作戦立てるか」

 遊び回っている鈴木を放っておいて、俺はインカムで帰投を指示したのだった。


 エルフ。森を愛し、森と共に生きる……嘘である。

「まさかな……」

 エルフの戦士たちも総動員で作戦に参加する事になったのだが……。

「ここで来たか。T-34!!」

 wwⅡでの名戦車に数えられる。ドイツ軍を心底ビビらせ「T-34ショック」とまで言わしめたほどの傾斜装甲が素晴らしいデザインの戦車だ。

 ここにあつまっているのはT-34/85という武装強化形のもので、「攻・守・走」揃ったバランスの良さから、なんと二十一世紀に入った今も現役の国すらある。

「全部で20両ある。好きに使って欲しい」

 長老がそう言うが……これだけ戦力があったら、俺たち要らなくない?

 そう思った時、すぐ頭上をブォーンっとモスキートが飛んでいった。

 あー、よっぽど気に入ったのね。はいはい……。

「よし、真面目に作戦を立てよう。5両づつ4隊に別けて……」

 俺は森の地図に書き込みを入れていく。簡単に説明すると、まずは鈴木と本間で空から叩き、頃合いを見てにオーガやトロールがうろついているエリアを戦車で包囲して一気に叩く。

 俺とタマは豆戦車で状況確認と偵察、ついでに残党処理だ。豆戦車では、どうしても主役にはなれないからな。

 決行は明日の明け方。まだ、夜明け寸前の薄暗いうちにスタートする事とした。

「さて、上手くいくかどうか……」

 俺はただひたすら、森の地図を眺めるのだった。


 いよいよ作戦開始だ。全てが所定の配置についた事を無線で確認し、すでに飛び立った鈴木に連絡を入れた。

「よし、派手にぶちかませ!!」

『りょーかい。いっきまーす!!』

 瞬間、森の上空に巨大な火球が出現した。サーモバリック爆弾、燃料気化爆弾の次世代型だ。詳しい説明をすると、ちょっとした冊子が書けてしまうので、簡単に話せば爆風の圧力で地上を攻撃する爆弾だ。

 爆発で破片を飛ばして攻撃する通常爆弾と比較して、一気に広範囲を制圧するのに向いているが、なんでエルフがこんな物騒なものを持っているのかは謎である。そして、これを古き良きモスキートに搭載してしまった俺も謎である。

 人間と比較して頑丈なオーガやトロールにどれだけ効くか分からないが、何でもやってみなければ分からない。

「全戦車隊、かかれ!!」

 無線に声を叩き付けると、タマはゆっくり豆戦車を前進させた。そのまま森に入ると、あちらこちらで砲撃や機関銃の音が聞こえる。やはり、なかなか頑丈らしい。

「本間、戦況は?」

 ハインドで上空から監視している本間に問いかけた。

『こちらが優勢です。サーモバリックで結構倒せました。殲滅は時間の問題でしょう』

 物騒な爆弾を持っているわりには、戦闘ヘリに搭載するミサイルやロケット弾がなく、機首に付いている三十ミリ機関砲しか武器がない。まあ、今回はバックアップなので問題はないが……。

『巨大トロール発見。攻撃します!!』

 本間の声が聞こえ、遠くから連続する音が聞こえた。

『固すぎます。三十ミリが効きません!!』

 ほぅ、やりおる……。

「本間、無理せず離れろ。戦車隊に任せよう」

『了解!!』

 その時、鈴木が操るモスキートが超低空で頭上を通過していった。楽しんでるな。アイツ。

 そして、遠くの森で爆炎が上がった。サーモバリックと同時に積んであった通常爆弾だ。これで、搭載していた爆弾がなくなったはずである。

『ひょ~う、巨大トロール爆砕っと。爆弾を積むから一度戻る!!』

 ……マジで楽しんでやがる。まあ、いいが。

「タマ、俺たちも突っ込むぞ!!」

「はい!!」

 戦車乗りのレジェンド仕込みの腕は確かだった。ガタガタと木立の間を抜け、生き残ったオーガやトロールの掃討に加わる。しかし、八ミリ機銃二連装ではいかにも心もとかった。

 俺は戦闘室のハッチを開け、上半身を出しながら周囲の状況を確認していた……いた!!

「三時方向!!」

 それ以上の言葉は要らなかった。タマは即座に戦車の向きを合わせる。回転する銃塔がないので、撃ちたければそちらに車体ごと向ける必要がある。相手はオーガだ。

 俺は車内に引っ込み、機関銃のトリガーを押した。

 ズダダダダダと銃弾が吐き出されていくが、さすがに固い。叩かれてムカついたのか、そのオーガがこちらに向かってきた。マズい!!

「全速後退!!」

 何も言わずタマが戦車をバックさせるが、イライラする程遅い。どこが快速戦車だ!!

 その間にもオーガは接近し……一発殴られた。

 ドゴン!! ともの凄い音と衝撃がきたが、幸い装甲は無事だった。痛かったのだろう。オーガが手をパタパタ振っている。まあ、腐っても戦車といったところか。

「おりゃぁぁぁ!!」

 俺はほぼゼロ距離だったオーガに向かって八ミリを叩き込んだ。さすがにこれは効いたらしく、オーガの体がズタボロになっていく。こうして、泥臭く一体撃破した。

「ふぅ、せめて二十ミリ機関砲搭載型だったらなぁ」

 CVシリーズは本当に多くの派生型がある。重武装型の二十ミリ機関砲その一つだ。中にはど派手に火炎放射するものすらあるが、あれは扱いにくそうなので要らない。

「積み替えた方がいいですか?」

 再び前進しながら、タマが聞いてきた。初心者の街には改造屋もあるが……。

「いや、これでいい。非力だが味はある」

 CV33に二十ミリ機関砲を積んでしまったら、それは33ではなくなってしまう。無節操な改造は無理を生む。故障の原因になるので、このままでいいだろう。

「分かりました。では引き続き……」

 ドカーン!!と近くで爆発音。鈴木だな……。

 モスキートの伝説は色々ある。とにかく俊足なのが自慢で、他の爆撃機が2回爆撃する間に4回爆撃に行って、基地で澄ました顔をしていた事もある。ちょいちょい爆撃されたら嫌な場所を小規模で叩いて、痒みを与えた「嫌がらせ爆撃」をやった事もある。小型だが名機と呼ばれる所以だ。

「さてと……」

 再びハッチから体を出して進むと、ちょうど友軍のT-34に出会った。あちらも車長がハッチから体を出している。こちらに敬礼してきたので、俺も返しておいた。こうして見ると、豆戦車がまるでオモチャのようだ。そのままガタガタ進む事しばし。森中を見回したが、トロールもオーガも見当たらない。

 念のため三周ほどして隈無く探し、特に問題無い事を確認した俺は、拳銃のような信号弾発射機を取り出し、空に向けて打ち上げた。作戦終了の合図である。

 こうして、依頼は無事に達成した。攻撃の主役にはなれなかったが、それもまたありである。


「そういえば、そこのタマ殿から聞いたのだが、仲間を三人失ったそうだな?」

 依頼完了の報告をすると、長老がいきなり切り出してきた。相変わらずの「同時通訳」である。

 全く、思い出しちまうじゃねぇか。余計な事を……。

「エルフには秘術があってな……。確実とは言えないが、蘇生の術があるのだが……」

 ……なにぃ!?

「そ、それは、本当か!?」

 俺は思わず長老の胸ぐらを掴んでいた。

「落ち着け青年。これも何かの縁。エルフには助けてもらった者を、家族と同様に思うという風習があってな。困っているのなら助けるのが道理。一度試してみるか?」

 断る理由がどこにある? 俺は二つ返事で頷いた。

「ぜひ頼みたい。大切な者たちだ」

 長老は頷いた。

「分かった。すぐに術者を集めよう。一時間ほど待ってくれ」

 長老は集落に向かっていった。こうして、歯車は違う方向に回り出したのだった。


 輸送機の中は異様な光景が広がっていた。本来なら、自治領から出る事のないエルフの集団が、十人ほど一団となって乗っている。長老も一緒だ。会話はない。言葉が分からないしな。

「なにか、とんでもない事になってしまいました。申し訳ありません」

 タマが神妙な顔で頭を下げた。

「とんでもない。あいつらに生き返りのチャンスがもらえたんだ。助かったよ」

 俺はタマの肩をポンと叩いた。

「あー、あのモスキート欲しかったなぁ。面白い!!」

「爆撃っていいわぁ」

 鈴木と佐藤は相変わらず、本間は寝ているようだ。

 ちなみに、俺、タマ、鈴木、佐藤、本間の順に座っている。向かい側はエルフ軍団だ。

 そんなわけで、俺たちを乗せた輸送機は今からきっかり一時間後に、無事初心者の街にある空港に着陸したのだった。


「ふむ、これか……」

 あの副操縦士にも同行してもらい、俺たちは墓地に来ていた。相変わらずの同時通訳である。

「ああ、お前さんたちは見ない方がいい。これから柩の蓋を開ける」

 エルフの術士集団を残して、俺たちは後方に下がった。

「お前たち、開けろ!!」

 こんなのまで同時通訳してくれる、律儀な副操縦士に惚れそうだ。

 柩の蓋が一つずつ開けられていく。三つ開いた時、術士同士で意見交換がはじまった。

「すまん、専門用語が多すぎて訳せない」

「ああ、いいってことよ」

 申し訳なさそうな副操縦士に俺は適当に返した。

 しばらく激論を飛ばしていたエルフたちだったが、やがて全員がこちらを向いた。

「検討の結果、蘇生は可能だ。但し、脳が破壊されている可能性が高い。少し高度な術式になる」

 ……なんだっていい。生き返るのなら。

「ただ問題が一つあってな、これは生きている者の生命力を使う。通常は山羊などを使うのだが、この術式は同じ種族でなけばダメだ。確率は五分五分。お前さん、それでも命を賭ける覚悟はあるか?」

 俺となぜか鈴木が息を呑んだ。

 しかし、こんな簡単な質問はない。一瞬びっくりしたが、考えるまでもなかった。

「ああ、やってくれ。一番いいやつを頼む」

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