第22話 エルフの依頼
依頼元から依頼料を受け取り、急ぎ待機していた輸送機に乗ったのが昼前。すぐさま飛び立ったが、初心者の街までは6時間近く掛かるはずだ。この輸送機のチャーター料を払ったら、ほとんど儲けがない。まっ、うちは大体そうだけどな。
エンジン音が心地よく、俺は簡易シートでウトウトしていた。
C-130はプロペラ機ではあるが、そのプロペラを回転させているのはガスタービンエンジンだ。語弊はあるが、分かりやすく言えばジェットエンジンである。まあ、だからどうということもないが……。眠い。
「あっ、あれなんです?」
小さな窓を見ていたタマが声を上げた。
よっこいしょと簡易シートから立ち上がり、外を見ると小型の戦闘機が一定距離を開けて張り付いていた。
「ハリアーか。逆光でよく分からんが、多分、米国海兵隊仕様のAV-8B ハリアーⅡかAV8B+ ハリアーⅡプラスだと思うが……」
ハリアーとはイギリス生まれの、世界初の垂直上昇出来る戦闘機である。もっとも、速度が遅いので対空よりも対地攻撃に向いていて、地上部隊からは「空の猟犬」と恐れられている。豆知識で、エンジンはあのロールス・ロイス製だ。
「おおう、飛んでいるの初めてみたぜぇい!!」
どうやら反対側にもいるようで、鈴木が窓にへばりついて叫んでいる。欲しいとか言わないだろうな?
「なにか、嫌な予感がします……」
本間はあくまで冷静だった。
「俺も同意だ。ここがどこだか知らんが、あんなもん駆りだしてくるなんてな」
佐藤とタマが顔を見合わせたとき、コックピットから副操縦士が出てきた。
「エルフの領地上空を飛んでいたら、いきなり捕まった。事前に許可は取っていたはずなんだが……」
もうこのくらいじゃ驚かない自分が怖い。
「それで、なんだって?」
俺は静かに問いかけた。
「ああ、黙って着いてこいだとさ」
やれやれ……有給残っていたかな。
「撃っちゃえば?」
鈴木が言った。
『なにを?』
副操縦士と俺の声がハモった。
これは純然たる輸送機である。当然、武装はない。
「あっ、しまった。これ輸送機だった」
無駄にボケるな。鈴木よ。
「しっかしまあ、ハリアーを駆るエルフか。今さらだが、イメージが崩れるな」
なんかこう、森の人っぽいのに戦闘機で輸送機を追いかけ回している。いいのか、これ?
「ここを普通の異世界だと思わない方がいいぞ」
副操縦士が言うが、「普通」の異世界ってなんだよ。全く。
「まあ、対応は任せるわ。俺らがどうこう言える話しじゃない」
俺らは「客」だ。まあ、文句の一つくらいは言ってもいいだろうが、言ったところでどうなる話しでもなし、操縦している連中に任せるしかない。
「分かっているさ。この先どうなるか分からんから、その辺りに適当に座っていてくれ」
副操縦士はコックピットに帰っていった。
「おーい……って、さすがに反応早いな」
俺が声を掛けた時、すでに飛行チームは簡易シートに座り、しっかりベルトまで締めていた。
「当たり前。基本中の基本よ」
鈴木が言った。はいはい、そうですか……。
俺とタマが体を固定すると同時に、まるで待っていたかのように、いきなり急なバンクで左旋回した。ああ。バンクっていうのは、機体の横方向の傾きのことな。左に急旋回したと言い換えてもいい。この角度はほとんど90度だ。外から見たら、この機が横倒しになったように見えるはずだ。
しかも、旋回しながら急降下である。ほぼ絶叫マシーンだ。乗り心地に点数を付ければ、ゼロを飛び越えてマイナス。外は見えないが、フラップの動作音やら何やら機械音が聞こえてくるので、間もなく着陸だろう。
「なんでこう、素直に帰らせてくれないかねぇ……」
エンジン音で誰にも聞こえない程度に、俺はポツリとつぶやいた。
この調子だと今日中に帰るのは難しいだろう。寝ずの出勤は覚悟しないといけないか。
しばしの飛行の後、ドンという衝撃を伴って輸送機は着陸した。
車両を降ろすのでなければ、機体後部のカーゴハッチを開ける必要はない。
可変ピッチプロペラがエンジン全開で逆推進をかけ、強力なブレーキが全力で機体を止める。機体が完全に止まると、おれはシートベルトを外し、窓から外を見た。どうやら、ここは森を切り開いて作られた簡易飛行場のようで、まず周辺の深い森が目に入った。
「おーい、全員降りろってさ」
さっきの副操縦士が顔を出した。
目立つ武器は持たない方がいいだろう。俺はホルスターに拳銃だけ収め、操縦席の面々と共に機体側部のドアを潜った。用意がいいことに、簡素では合ったが階段状の踏み台が付けられていた。
「…………」
降りた先には、いかにも長老という感じの爺様がいたが……。エルフの言葉なんざ分かるか!!
「ああ、『手荒な真似をしてすまなかった。どうしても用事があったのだ』と言っている」
なぜ分かるのだ、副操縦士よ。以下、コイツの同時通訳で。
「ああ、ハリアーまで繰り出してくるんだ。よほどの事だろうぜ」
件のハリアーは専用のスポットがあるらしく、ここから少し離れた所に着陸していた。
ここは無理矢理作った短い滑走路で舗装もされていないが、こんな場所でも離着陸出来るのがC-130だ。
「うむ、実はな。集落の近くにオーガやトロールが住み着いてしまってな。もちろん、こちらも腕利きを集めて討伐に向かったのだが……帰ってきた者はおらんかった」
オーガとは人食いの巨人である。そして、トロールとは、さらにデカい巨人でタフだが動きは鈍い。パワーはM-10榴弾砲もビックリの破壊力。どちらも、簡単には倒せない。
「大体話しは読めた。俺たちにどうにかしろっていうんだろう?」
俺はため息交じりに言った。どうせ、冒険者なんてそういう宿命だ。
「ああ、申し訳ないが手を貸して欲しい。報酬は……」
なんかの木の実とか、薬草とかそんなもんだと思ってたら、キャッシュだった。しかも、全額前払い。額は破格である。
「おい、みんなどうする?」
俺は、パーティーの面々に聞いてみた。
「リーダーのあんたにまかせるよ。で、あのハリアー飛ばしていい?」
全員が顔を見合わせ、代表して鈴木が言った。後半は趣味だが。
「やめとけ。あれは難しいと聞くぞ。戦闘機の腕とヘリの腕が必要だからな」
とりあえず鈴木を宥め、俺は考えた。確実に明日は休みになってしまう。まあ、仮にそれはなんとかするとしてもだ、相手は巨人軍団である。この装備でイケるか……。
「正直、手持ちの装備では辛いな。いったん出直したいが……」
豆戦車にランドローバー。武器は積んであるが、巨人討伐にはかなり厳しい。しかも、俺たちだけとなると……。
「あれは使えるか?」
長老は歩き始めた。俺たちも付いていく。輸送機の機体をぐるっと回った反対側に、なかなか年季の入った一機の戦闘ヘリが止まっていた。
「ハインドとはシブい!!」
Mi-24ハインド。もはや博物館ものの旧式ではあるが、戦闘はもちろん、8名の兵士を乗せて飛べるという、他にはない特色をもった旧ソ連の置き土産である。
「本間、どうだ?」
コイツの本職はこっちだ。試しに聞いてみた。
「ちょっと見てみます!!」
嬉しそうに叫び、本間はダッシュでハインドに向かった。
遅れて到着した俺は、さっそくコックピットに入っていた本間に聞いた。
「スイッチ類の標記がよく分からない文字ですが、多分これで……」
キーンと音が鳴り、二機のターボシャフトエンジンに火が入った。すげぇな本間!!
「あー、ズルイ!! 私もあのハリアーを飛ばす!!」
落ち着け、鈴木よ。
「ハリアーは難しいだろ。黙って地上で戦え」
俺はため息をついた。
「うー、じゃあアレは?」
鈴木が指差した先にあったのは……」
「も、モスキート!?」
デ・ビドハイランド モスキート。wwⅡ当時の完璧に博物館だよこれ!! な機体である。なんと木造だ!! 開発された当時でさえ時代遅れな機体と言われていたが、「木造の奇跡」と呼ばれるほどの大活躍をした双発小型爆撃機である。
「お前、飛ばせりゃ何でもいいのか?」
いくらなんだって、そりゃないぜ、とっつぁん~である。
「うん。爆撃したい!!」
なんだ、その満面の笑みは。
「ちょうど2人乗りか。ストライクイーグルと変わらないね」
こら、佐藤。お前も乗り気か!! って、ストライクイーグルと比較する時点で間違いだ!!
「私、アレ乗る!!」
ハインドの方がまだまともだ。しかし、こうなると聞かないお子様が鈴木だ。
「……はぁ。どうなっても知らんぞ」
俺は折れた。というか、もう勝手にしろ!! だ。堕とされて痛い思いをするのは鈴木だしな。
鈴木と佐藤がモスキートに乗り込み、しばらくしてバリバリとマーリンエンジンの爆音が聞こえ始めた。レシプロエンジン……車のエンジンと同じだ……なので暖機運転が必要になる。キャブレータだから、今時の電子制御エンジンのようにはいかない。「回せ~!!」とでも叫んでみるか?
この時代のエンジンは簡単には掛からないのに、まあ、器用なものである。
「なあ、タマ。俺たち、この戦いで死ぬかもな」
「……はい」
こうして、俺たちの戦いは始まったのだった。
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