第21話 「G」と呼ばれた昆虫

 ブォーンという、プロペラ機特有の音が響いている。C-130J スーパーハーキューリーズは夜の空をひたすら飛んで行く。

 世界中で大人気の輸送機の大ベストセラー。ターボプロップエンジン四発のこの輸送機は、恐らくどこかで見た人も多いだろう。日本でも採用されている。

「まさか、本当に行く事になるとはなぁ」

 俺は誰ともなく呟いた。目的地はフェール・イラレーション群島。前にタマがちらっと言った「空に浮かぶ島」だ。

「あーあ、まだ直らないなんてねぇ」

 陸戦装備の鈴木がぼやく。ゴブリン戦の時に手痛くやられた機体は、まだ修理完了の目処が立っていない。

「私も早く爆弾落としたいなぁ。フフフ」

 佐藤、怖い笑みはやめろ。

「訓練は受けていますが、お役に立てるかは……」

 本間がM-16をカチャカチャ弄りながら呟く。大けがをした相棒は、まだ動ける状態ではないらしい。そういや、名前すら知らないな。

 ああ、そうそう。航空機不在で手持ちぶさたというのもアレなので、臨時でたたき売りされていた中古のランドローバを購入し、豆戦車と共に積んである。偵察用にⅡ号戦車にしようとしたのだが、動かし方が分からん!! だそうで。

「さて、今回の依頼を確認しますが。今回の目的地は、群島の中でも中心的なアルバキア島。そこのアレステ平原の「ゴミ掃除」です。魔物も出ます。これの討伐も依頼に含まれています」

 タマが依頼書を読み上げた。悪かったな。ショッパイ依頼で……。

 鈴木がファンタジーっぽい事したいと騒いだので、タマが厳選した依頼だ。しかしこれ、場所がファンタジーなだけで、中身がなんともはや……。

 まあ、いい。相手は浮いている島。つまり、陸路で行けないので輸送機なのである。空港が小さいのでデカい輸送機では不向き。比較的コンパクトで、短い滑走路でも大丈夫なC-130の出番となったわけだ。聞いている話しによれば、あと三十分くらいだろう。貨物室の壁際にある簡易シートに腰掛けているが、あまり座り心地がいいものではない。輸送機が民間機であり得ないほどのバンクで大きく旋回すると、おげぇという気分になる。飛行機は嫌いではないが、これはなかなか厳しい。

 その時だった。乱気流に引っかかったか、輸送機が大きく突き上げられ、そして急降下した。うげげ……。

 その瞬間にいきなり手を掴まれ、乱気流よりビビった。たまたま隣に座っていた本間である。

「あっ、すいません。苦手なのでつい……」

 うーん、乱気流が苦手な戦闘ヘリ乗りか。訓練しないのかなぁ。

「こら、本間。私のダーリンに!! なんちて」

 アホか。鈴木よ。

「冗談飛ばす余裕があるとは、さすが鈴木。戦闘機乗りだな」

 まあ、こんなもん目じゃないだろうな。

「うんにゃ、私も乱気流は苦手だよぉ。なんか、気持ち悪い!!」

 例えるなら、高速エレベータが急激に上下するようなもんだ。好きな奴はあまりいないだろう。

 輸送機が降下に入った。目的地が近づいて来たのだろう、マイナスGが体に掛かり、ニョ~!! という感じだ。なんだ、この妙な表現は。

 ちなみに、島は地上から100メートルくらい浮いているらしい。俺たちを乗せた輸送機は、予定より若干早くアルバキア島に到着したのだった。


「へぇ、本当に浮いているんだな」

 夜明けを待って動き出し、仕事の前にちょっとだけ観光をということで、俺たちは一番イケてるという展望台に来ていた。どこまでも広がる青空と眼下には海。確かに空に浮いていた。

「ここは観光地でもあるんです。それで、草原に散らかったゴミ掃除なんですけどね」

 タマがちょろっと捕捉した。

「おーい、ソフトクリーム買ってぇ!!」

 景色など早々に飽きて、売店を漁っていたタマ以外の面々。

 いきなり鈴木の無駄にバカデカい声が聞こえた。

「アホ、そんなもん自分で……うっ!?」

 鈴木、佐藤、本間の目が俺を完璧にロックオンしていた。なんだ、そのミサイルでも撃ちそうな目は!!

「あはは、負けですね。女の子ってそういう生き物ですから」

 タマがのんびり言った。相棒~!!

「わ、分かった分かった」

 勝てないと悟った俺は、なぜか人数分のソフトクリームを奢るハメになった。ってか、こっちにもあるんだな。ソフトクリーム。

「おおう、この山わさび味刺激的!!」

「いえいえ、このタケノコ味も捨てがたいよ」

「なんでしょうね、この何かの干物味って。変にはまります」


 ……なんだそのチョイスは。明らかに色物だろ!!

「ああ、私はミルク味でお願いします」

 た、タマよ……ガク。

「ちなみに、私は男に見えます? それとも女?」

 うぐっ、ここに来て核ミサイル発射ボタンを!?

「ううう、お、女で……」

「ファイナルアンサー?」

 おいおい、なんでこのノリ知ってるんだよ!!

「ふぁ、ファイナルアンサー!!」

 なぜ女と言ったか。それは、万が一外した時も、野郎なら蹴っ飛ばして誤魔化せるからだ。逆だと殺されかねん。

「……」

 無駄に引っ張るな!!

「残念~!! と見せかけて、当たりです。ケットシー同士じゃないと、三毛でもない限りまず見抜けないんですけどね」

 新しいパターンで来たな。ってか、女か。俺たちのパーティーって男女比が……。何も思わんからいいけど、やりにくい!!

「あ~、男が欲しいなぁ」

「あれ、そちら方面でしたか?」

 俺はその場でヘッドスライディングしてしまった。

「違う、パーティーの話しだ!!」

 全く……。

「おーい、ここにフェスタとかいう魚の干物が売っているんだけど、美味いらしいから買ってぇ!!」

 ……いっそ、財布ごと投げてやるかな。

 こうして、悲喜こもごもの観光は終了した。俺だけ「悲」だけどな。


 ガタガタ戦車が揺れる中、俺は機関銃の引き金を引きっぱなしだった。

「なんじゃこりゃ、ゴミ掃除っていうより、魔物掃討作業じぇねぇか!!」

 ゴミなんてほとんどなかった。というか、魔物だらけでゴミなんて拾っている状況ではなかった。

「まぁまぁ、魔物もある意味ゴミですから」

 ……怖い事を言うな!!

『ねぇ、手榴弾のピンが口で抜けないんだけど、不良品!?』

 後ろのランドローバにのる鈴木から無線が入った。

「映画の見過ぎだな。そのくらいじゃ外れないぞ。ちゃんと引っ張って抜け!!」

 よくある演出ではあるが、そんな簡単に抜けたら危なくて仕方ない。手榴弾の安全ピンを抜くには結構な力が要るのだ。

「面倒臭い。いっそ、ヘルファイヤ撃ちたい……」

 本間、どうした? ここに来て急にキャラがおかしいぞ。ヘルファイア禁断症状か?

「よし、とりあえず魔物を夜までになんとかするぞ!!」

 明日の昼までに輸送機に乗れば、なんとか月曜日の出勤には間に合う。もう平原の半分近くは「綺麗に」したので、もう少し頑張れば片付くだろう。

 ちなみに、出てくる魔物は俺も名前が分からない。羽根が生えたウサギみたいなのやら、モグラみたいなやつ。どれも大した事はないのだが、数が多くて面倒なのだ。まあ、いかにも草原っぽいヤツらだがな。

 と、タマが戦車を止めた。

「どうした?」

「あれ見て下さい!!」

 俺は急いでハッチから顔を出す。そこには、巨大なミミズのような魔物がいた。

「なんが、あのバカデカいのは!?」

 おおよそ、念のために持っているサブマシンガンでは倒せそうにない。この戦車の貧弱な武器でもダメだろう。ライフルは持っていない。この戦車に積むには、長すぎるからだ。

「おい、鈴木。一斉射撃!!」

『了!!』

 ランドローバからM-16による一斉射撃が始まった。時折手榴弾も投げているが……悲しいくらい手前に落ちて爆発している。あれって、結構難しい武器なんだよなぁ。

「RPG-7を積んであったろ。あれ使え!!」

 無線に叩き付けてから、俺は戦車から飛び降りた。射撃音が響く中、ランドローバの荷台に積んであった武器の中から、カールグスタフを引きずり出した。

 いわゆる無反動砲だ。いわば、個人で扱える「大砲」である。今や対戦車ロケット砲に取って代わられたが、個人的な趣味で買っておいたのだ。本来は装填手と二人で扱うのだが、もちろん一人でも使える。俺は数ある砲弾の中から榴弾を選び、肩に担いで照準を合わせ、引き金を引いた。

 無反動砲と言っても反動はある。ドンという衝撃とともに、ど派手な爆炎が砲身の後方から吐き出され、でっかいミミズのどてっ腹に着弾すると同時に爆発。800発の鋼球はその気色悪い体を粉々に引きちぎった。

「へぇ、面白いもの積んでいたんだねぇ」

 鈴木が笑顔で語りかけてきた。

「ああ、趣味の一環だ」

 俺はカールグスタフを荷台に戻し、戦車に戻った。

「よし、今日はここら辺にしよう」

 いつの間にか夕暮れ時だ。俺は今日の作業終了を告げたのだった。


 はい、見張りです。いつも通りです。

 そんなわけで、俺はランタンの明かりの中、M-16を片手に周辺警戒に当たっていた。

 綺麗な星空だが、テントから聞こえる派手ないびきが全てを台無しにしている。やれやれ。

「お疲れさまです」

 テントから本間が這い出してきた。

「ん? どうした。ヘルファイアはないぜ?」

 ちょっと冗談をかましてみた。

「ヘルファイア……。って、忘れていたのですが!!」

 あっ、怒った。

「でまあ、どうしたよ。まだ深夜だぜ?」

 ちゃんとした腕時計に買い換えてある。現在時刻、AM1:00。

「ええ、鈴木さんのいびきが……」

 あー……。

「ありゃ音響兵器だもんな。まともに寝てるヤツが凄い」

 鈴木がうちに泊まった時を思い出す。隣の部屋なのに爆音だった。

「そういえば、この前鈴木さんが行ったんですよね? 変な事されませんでした?」

 すっごく心配そうに本間が聞く。変な事ってどんなことだよ!!

「なんにもねぇって。そりゃまあ、いきなり現れた時はビビったが」

 なんかあった気もするが、正直鈴木が朝まで酒を飲んだくれて落ちた記憶しかない。

「そうですか……ところで、なんで鈴木さんのいびき知っているんですか?」

「ああ、朝まで俺の家で飲み倒した挙げ句、勝手に寝やがったからな」

 本間の質問に何気なく答えた瞬間、本間の表情が変わった。あれ? 俺なんか言ったか?

「少々お待ちを。あの馬鹿を叩き起こしてきます!!」

 素早くテントに戻り、ゴキとかメキと音が聞こえ、いびきの音が消えた。

「もう、なによぅ……」

「そこに正座しなさい!!」

 ……母ちゃんが怒ってる。

「なによぉ、もう……」

 寝ぼけながら正座する鈴木。

「あの日、ホテルで一人飲みしてるって、あの緑のアプリで言ってましたよね。なんで三木さんの家で寝てるんですか。あれでも男ですよ。何を考えているんですか!!」

 ……ひでぇ。

「あー、大丈夫だって。あのバカチンに襲われるほど、私はボケちゃいませんよ~」

 ……重ね重ね、ひでぇ。

「そういう問題じゃありません。恥を知りなさい。恥を!!」

「んなもん、空自に入った時に捨てた~」

「全くあなたは……」

 マジで母ちゃんだな。うん。

「あーもう、うるさい。こうしてやる!!」

 鈴木は素晴らしい身のこなしで、本間にキスした。おいこら!?

「ぎゃぁあ!?」

 ……本間の悲鳴。まあ、そうだわな。

「じゃあ、おやすみ……ふぁあーあ」

 大あくびしてテントに戻り、数秒後には音響兵器が作動した。ちなみに、本当にある兵器だ。いびきではないが……。

「おーい、本間。生きてるか??」

 思い切り顔を上気させ、カチカチに固まっている本間。なぜか、クラーク像みたいな格好である。うむ、ボーイズ ビー アンビシャス!!

「……もしかしてだが、ファーストキスか?」

 どことなく空気を読んで聞いてみると、本間はギリギリと音を立てるかのように、ぎこちなく首を縦に振った。あー……。

「なんていうか……。ご愁傷様です」

 チーン……。


 本間が「麻痺」から立ち直るまで、小一時間ほど掛かった。いや、待て、泣くな。困る!!

「まあ、悪夢を見たと思って忘れろ。なっ?」

 どうすりゃいいんだ!?

 俺はかつてサーバ室が火災に見舞われた時の事を思い出していた。途方に暮れていたという意味では、あれと全く同じだ。鈴木め!!

 本間はシクシク泣いたままだ。こいつはヘヴィだな……。

「……ヘルファイア!!」

 ……効かなかった。当たり前か。

「しょうがねぇなぁ。全く関係ないが、俺が今の仕事で駆けだしだった頃の話しでもしてやろうか……」

 今でこそまあ、多少はスキルがあるが、俺だって「サーバスレイヤー」だった時期はある。色々と武勇伝もある。その一つ一つを語っていくうちに、本間はやっと元の本間に戻った……と思う。多分。鈴木の野郎、ケツ持ちさせやがって!!

「……ってわけだ。まあ、面白くはなかっただろうがな」

 とりあえず、話しを断ち切った。ネタも使い切ったしな。

「三木さん、今思ったのですが、優しいですね」

「優しかねぇって。困ってただけだ」

 俺は苦笑した。本当に優しかったら、もっと気の利いた事を言うだろう。

「実は、私は同じ部隊で心寄せている方がいまして……」

 おう、いきなり来たなヘルファイア。恋バナは得意ではないが、聞くだけなら聞く。

「ほぅ、いいじゃねぇか。張り合いが出るってもんだ」

 俺はとりあえずそう返しておく。

「はい……ですが、その方はすでに妻子持ちでして、所詮は叶わぬ想いという所でしょうか」

 本間が小さく笑った。

「想っている対象がいるだけいいだろう。まあ、時に楽しく時に苦しく。そういうもんだと思うがな」

 俺の部署なんかひでぇもんだ。言う気にもならん。

「そうですね……」

 あの音響兵器の音量がさらに上がった。堪んねぇ!!

「本間、あの音響兵器にヘルファイアかましてやれ!!」

「アパッチがあればやってます!!」

 やる気だったのか。くわばらくわばら……。

「でも、止めるコツはあるんですよ。ちょっと失礼します」

 本間はテントに潜り、そして……

「うぎゃぁぁぁ!?」

 今まで聞いたことがない、鈴木のすっごい悲鳴が聞こえた。

「はい、完了です」

 テントから出てきた本間はニッコリと笑みを浮かべた。

「な、なにやったの?」

 恐る恐る聞いてみた。

「はい、鈴木さんって昆虫類が苦手なんです。特に「G]と呼ばれるあれには……。その辺にいたヤツを捕まえて、口の中に……」

 ……うわぁ、えげつない事を。

 数秒後、憤怒の形相を浮かべた鈴木がテントから飛び出てきた。その手にはベレッタが……。

「くぉのぉぉぉ!!」

 鈴木が本間に向かって射撃を始めた。こら、それ実弾!!

「フフフ、スローすぎてあくびがでます!!」

 なんかもう、凄いアクロバットな動きで、当たり前のように銃弾を避ける本間。

 こうして、夜はゆっくりすぎていったのだった。


 大丈夫か? うちのパーティー。やれやれ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る