第20話 鈴木無双(日常)
ある日の事、とんだ珍客が会社にやってきた。
「よっ!!」
「はいぃ?」
事務のお姉さんに来客だと言われ、サーバ屋の売り込みかと思って一階ロビーに降りたら、なんと言うことでしょう……癖になりそうだな。このフレーズ。って、それはともかく、なんと鈴木だった。ここは東京、鈴木は青森の三沢。遠路はるばるやってきたというわけだ。一体何用で?
「いやー、民間機はいいねぇ。乗り心地最高!!」
やっぱり空で来たか……。なんて事はどうでもいい!!
「いきなりどうした。せめて連絡くらい……」
あっ、連絡先交換していなかった。
「うん、溜まっていた休暇の消化。一週間くらいいるから、適当に案内して!!」
「あのなぁ……」
初めて鈴木の私服姿を見たが、こうして見ると普通の女の子である。とても、戦闘機乗りには見えない。
「まあ、いい。分かった。仕事が終わったら案内してやるから、適当にぶらついていろ」
「分かった」
スマホを取り出して連絡先を交換し、俺はオフィスに戻った。
やれやれ、また面倒な事になったものだ。
仕事を定時で終えた俺は、一階ロビーで鈴木に電話した。
『ハイハーイ』
「終わったぞ。どこにいる?
頼むから、面倒な場所にいるなよ……。
『うん、やる事思いつかなかったから、山手線をグルグル回っていたよ。今、そっちに行く。有楽町だっけ?』
……何周したんだ、全く。
「あのなぁ……。まあ、いい。車通勤しているから、路駐して待っている。白のボロいソアラで、ナンバーは……」
多分、時間切れで改札で一悶着あるだろうが、俺の預かり知らぬところだ。
しばらくすると、鈴木がテロテロやってきた。
「ボロいねぇ、本当に。まあ、基地のパ○ェロより格段にいいけど」
あのなぁ、軍用車と比較するな!!
「どこに行きたいんだ?」
エンジンを掛け、俺は鈴木に聞いた。
「そうだねぇ。せっかくだから、まだ行ってないスカイツリー!!」
うむ、定番過ぎるな。まあ、いいか。
「分かった。じゃあ、行くぞ」
俺は車を発進させた。ちょっと距離はあるが、所詮は都内。それほど時間は掛からないだろう。鈴木とはいえ、一応は女子だ。それなりに気を遣って運転する。
「なんだ、前もって言ってくれれば、展望台にあるレストランを予約しておいたのにな」
俺がそう言うと、鈴木の顔が驚きに変わった。
「えっ、そんなのあるの?」
……下調べくらいしておけ。鈴木よ。
「一応、ドレスコードもあるそれなりのレストランだ。俺はともかく、お前のラフすぎる格好じゃ拒否されるだろうな。まっ、その代わり特別展望台まで案内してやるよ」
苦笑しながら俺は言った。通常料金にプラス1000円だったか、そのくらいでさらに上の展望台に行ける。
「おお、いいねぇ。ほら、言うじゃん。なんとかと煙は高い所が好きって」
自分で言うな。馬鹿。
俺のボロ車は、ライトアップされたやたら高い塔を目指して進むのだった。
「今日は空いている方だな。これでも」
もう完成してから久しく立つが、展望台へのチケット売り場は程々に混んでいた。
「へぇ、この時間で結構集まるんだねぇ」
列に並びながら、鈴木が感心したように言う。
「まぁな。ただの電波塔なんだがな……」
「そういうこと言わない!!」
俺の口にビシッと人差し指を当て、鈴木が怒り顔で言った。フン……。
ちなみに、展望台までのエレベータは四基あり、全て内装のテーマが違うという懲りぶりだ。
無事にチケットを買うと、誘導されるままにエレベータの前へ。日本が世界に誇る高速エレベータであっという間に天望デッキへ。誤字じゃないぞ。公式に「天望」となっている。
「ひょー、高い所はいいねぇ。やっぱ落ち着く!!」
まあ、普段から戦闘機に乗っているしな。
「ほら、ぼけっとしてないで付き合いなさいよ。こう見えて、夜景好きなんだから!!」
へいへい……。
鈴木はガラスをかち割るんじゃないかという勢いで、なんだか夜景にへばりついている。
「上行こう、上!!」
ひとしきり見て満足したのか、鈴木は元気はつらつである。
そろそろどこかに座りたかったのだが、このフロアにあるチケット売り場に行き、さらなる高みを目指す。この自立式鉄塔世界最高の高さにあるデッキは、なんとか展とやらをやっていた。このカオスさがスカイツリーだ。高さ全く関係ない。俺はこれが気に入っているのだが……。
「思っていたより狭いかな……」 ・
鈴木はちょっと拍子抜けだったようだ。
「下行こうか。あっちの方が燃える!!」
バーニングするな。鈴木よ。
結局のところ早々に退散した俺たちは、空いていたベンチに腰を下ろした、
「いやー、さすがに疲れたね」
体力がある鈴木がこれだ。俺なんて、もうヘロヘロである。
「馬鹿者、はしゃぎすぎだ!!」
とりあえず、俺は鈴木を窘めたが聞くわけない。
「あんたが運動不足なの。三沢に来る? みっちりしごいてあげる」
死ぬわ!!
「遠慮しておく。さて、次のリクエストは?」
「おーい、もうちょっといよう。せっかくだし!!」
まあ、いいけど……。
すると、なにを思ったか、鈴木は手を絡めるように繋いできた。
「おい、こら!!」
「女の子協定はまだ顕在よ。それに、辺りをみなさい。この方が自然♪」
「あのなぁ」
鈴木の意図はまるで分からなかったが、辺りを見れば確かにカップルだらけ。全く……。
「気が済んだら、ラクーアでも行くか?」
「えっ、何それ?」
……調べてこい。馬鹿者!!
説明する気にもならず、俺はため息をついたのだった。
夜でも開いている場所をちょいちょい周り、鈴木が泊まっているという安いビジネスホテルに向かう。
「あのさ、本当は三井さんと回りたかったんだろうけどさ。まあ、私で我慢してよ」
いきなり鈴木が切り出し、俺は前の車に突っ込みそうになった。
「あのな……」
鈴木の顔はなんとも複雑そうだった。はぁ……。
「鈴木は鈴木だよ。三井は三井だし、代わりなんていないさ。変に気を回すな」
東京という街は夜でも混む場所は混む。ダラダラ渋滞に巻き込まれていた。
「まあ、そりゃそうなんだけどさ。私といたら、思い出しちゃうかと思ってさ」
「あのなぁ……」
思い出さないわけじゃないが、鈴木相手にややこしい感情はない。別物だ。
「しかし、お前。よく俺の会社が分かったな。教えていないはずだが……」
一番気になっていたことを聞いた。偶然ではあるまい。
「フフフ、三井さんからお名刺頂いておりまして……」
……あの馬鹿!!
「さて、本日最後のアトラクション。あんたのお宅訪問!!」
今度は思い切りブレーキを踏んでしまった。よい子は真似しないでね。
「おまえなぁ。なんでそうなるんだよ!!」
さすがに嫌だ。片付けてねぇし!!
「ホテルにいてもつまらんもの。今夜くらい朝まで飲もうぜ!!」
「いや、俺は酒あんまり飲めないし……って、それ以前だ!!」
なんで鈴木を自宅に上げねばならんのだ!!
「どうせ、片付けもしてないだろうし、お母ちゃんに任せなさい。ああ、ベッドの下は見ないから安心して!!」
……思春期のガキか!!
「誰がお母ちゃんだ!!」
こりゃ、テコで押してでも押しかけるつもりだな。冗談じゃねぇ!!
こうして、鈴木との口論の結果……押し負けました。鈴木相手に勝てるわけがねぇか。
都内某所の家賃そこそこの部屋。そこが、俺の家だった。
「へぇ、結構綺麗な場所に住んでるじゃん」
コンビニで酒を買い込んだ袋をぶら下げ、鈴木が口笛を吹いた。
「そうでもねぇよ。まっ、せいぜいエレベータがあるくらいだな」
さすが鍛えているだけあって、その力は凄かった。やたらと重いコンビニ袋を平気で持っている。俺だったら根を上げていただろう。
「言っておくが、本当に掃除していないぞ。まあ、飲んで帰るくらいなら関係ないだろうが……」
「了!! 片付けちゃる。空自式で!!」
なんだ、空自式って?
「いいって。なんか小っ恥ずかしいから!!」
この時初めて知った。俺にも恥ずかしいという感情があることを。
「遠慮するな。タコ!!」
た、タコ……。
「さて、ロックオン。マーベリック発射!!」
「はいはい」
ああ、マーベリックってのは、空対地ミサイルな。今は細かく解説する気にならん。すまんな。
俺の部屋は五階にある。鈴木を引き連れて部屋に入ると、まあ、特に変わった所がない普通の内装と設備だ。
「へぇ、いい部屋じゃん。じゃ、さっそく片付けますか!!」
鈴木の動きは早かった。全く無駄のない動き。さすが、空自!! って関係ねぇか。
「まあ、先にノンアルビールでも飲んでて。私は当てを作っちゃうから」
こら、勝手に冷蔵庫開けるな!!
「なんだ、カップラーメンばっかりかと思ったら、結構食材揃ってるねぇ。じゃあ、アレとアレと……」
やたら手際よく料理する鈴木。な、なんだこいつ。出来るぞ!!
こうしてささやかな酒盛りが始まった。元々あんまりアルコールは得意ではないが、この後、鈴木を宿まで送り届ける事を考えて、ひたすらノンアルだ。
「むっ、美味いなこれ……」
想定外だった。鈴木の作った料理は、やたらと美味かった。意外すぎる!!
「フフフ、顔に意外って書いてあるぞ。私だって、戦闘機飛ばすだけが能じゃないってね」
鈴木の意外な一面である。これは驚いた。
しばらくして、鈴木は少々アルコールが回り出したらしい。武勇伝を色々語り始めた。
「でさぁ、あそこにいるのF-16でもWW部隊じゃん。ムキになっちゃってさぁ」
どこをどうやったのかは語られることがなかったが、三沢に駐屯している米軍のF-16部隊と模擬空戦をやってコテンパンにしたらしい。たった一機で……。
ちなみに、F-16の愛称は「ヴァイパー」、そのF-16をベースにしたF-2は非公式だが「ヴァイパーゼロ」などと呼ばれている。ゼロの所以は言わずと知れた零戦だ。
「でもねぇ、シュミレータだとダメなのよねぇ。調子が出ないっていうか、なんていうか……」
もしかして、あれか? 野生の勘ってやつか?
「あっ、今ロクな事考えなかったでしょ?」
……ほらな、やっぱり野生の勘だ!!
そして、夜は更けて……。
「あのさ、三井さんの手前言えなかったんだけどさ。私、あんたの事結構いい線行ってるなぁって思っていたのよねぇ。勝手に本人の同意なくして結婚までしやがって。馬鹿者!!」
……飲み過ぎか?
「あのなぁ、そういう冗談は……」
「冗談じゃないわよぉ。別に酔っ払っているわけじゃないし。でも、だからってどうしようとは思ってないから安心して」
何を安心すればいいんだ。俺は?
「しかしまあ、三井もお前も変わり種だな。俺のなにがいいんだか……」
「うん、頼りない所!!」
トイレに立とうとしていた俺は、そのまますっこけた。
「お。お、おいこら……」
「あはは、そういう事を言うからだタコ。そして、こういうことは最高機密だ」
さいですか……。
「さて、それはいいとして、朝まではまだあるわね。お酒なくなっちゃったから買いに行かなきゃ」
いつの間にか、一財産あった酒がなくなっている。ウワバミめ!!
「しょうがないなぁ。買ってくるよ」
俺は財布を片手に、ノンアル飲料の飲み過ぎでタポタポいってる腹を抱えて立ち上がった。口直しに、ブラックコーヒーが欲しい。
「あ~、私も行くぅ。あんたのチョイス当てにならないから!!」
「うるせぇ!!」
こうして部屋を出て、徒歩五分の二十四時間やっている酒屋に行く。
「えっと……」
おいおい、ビール箱買いですか。冷えてねぇぞそれ。あとは、ウィスキーにバーボンに……えっ、テキーラ!? 大丈夫か??
俺の財布が空になるくらい酒を買い込み、再び俺の部屋へ。冷凍庫に突っこんだビールが冷えるまで、他の酒で繋ぐ作戦らしい。……って、本当に大丈夫か?
時刻は午前一時三十分。まだまだこれからという時間だな。やれやれ。
鈴木は酔いつぶれてべろべろに……なる事はなかった。少し饒舌にはなったが、そのくらいである。
「あっ、本間から電話だ。ちょっと待ってねぇ」
着信音は、某ベイダー卿のテーマだった。知ったら泣くぞ。
「はいはい、あー今飲んでる。大丈夫だって、変な事しないから。了解~」
……なんだ、変な事って??
「ふぅ、なんかもすっかりオカンよ。ここにいるの知ってるから、心配して電話してきた」
鈴木がスマホを床に投げ出した。
「まあ、普通は心配するぞ」
俺はため息をついた。
「いい大人がねぇ……。さて、気を取り直して飲むぞ~!!」
……本間ぁ、今すぐ来い!! そして、このウワバミのザル女を止めろ!!
結局、四時頃まで飲んでいた。先に落ちたのは、鈴木じゃなくて俺だった。ノンアルだが睡魔に負けたのだ。
「お、おい、すまん。眠気の限界だ。これで、運転したら危ないから、適当にタクってくれ……」
俺は財布の中から1万円を出して、テーブルに置いた。本当に朝まで飲みやがった……。
「えー、まだまだじゃん。あっ、そうだ。眠気が覚めるおまじない……」
何を思ったのか、鈴木の野郎は俺に強烈なキスをかました。
「ぎゃー!!」
リブート アンド ディストラクション!! 眠気もぶっ飛ぶ再起動をした俺の頭は、完璧に崩壊した。
「あはは、その中学生みたいな反応がいいんだよね。ガキンチョ!!」
……お、お前なぁ!?
「あのなぁ、そういうことは大事な時に取っておけ!!」
全く、いきなり何しやがる!!
「ほら、目が覚めたでしょ。飲め飲め!!」
……飲む飲むの間違いだろ。
「はぁ、仕事にならんな今日は……」
俺はブラックコーヒーを一口。そして……。
AM6:30
ちょうど酒がなくなったところで……急降下爆撃機のように落ちました。鈴木が。
「おいこら、寝るならお前のホテルにしろ。ここで寝るな、寝たら死ぬぞ。油性マジックで顔に落書きするぞ。寝た子は居ねぇがぁ!!」
いびきを掻いて爆睡の鈴木は、全く動く気配がない。ほれみろ!!
出勤時間まではまだ二時間近くあるが、まさかこのまま放って行くわけにもいかない。どうしようもないので、無理矢理酒臭い鈴木を適当にソファに寝かせておく。ったく……。
おれは気が付かなかった。鈴木が薄目でぺろっと小さく舌を出したことに。
「はあ、俺も仮眠するか……」
さすがに、オールで仕事にいける若さはない。隣りの寝室に移動すると、俺は仮眠どころか泥のように寝てしまったのだった。
AM10:30
「……」
遅刻なんてもんじゃない。破壊的な大遅刻である。
もはや、急ぐ気力もなく、会社に電話した。風邪を引いて体温が三十六億度あるとか、自分でもよく分からない俺の言葉に、上司から「疲れているんだな。今日は医者に行け。心療内科に」と言われてしまい、結局本日はお休みになった。全ては鈴木のせいだ。
デロデロと寝室を出てリビングに行くと、鈴木の姿はなかった。
「ふぅ、帰ったか……」
と、思った矢先。
「おーい、メシだぞー」
……ああ、メシか……えっ!?
どこから持ってきたのか、エプロン姿の鈴木が、キッチンで美味そうな匂いを立てていた。
「ちょ、ちょっと待てぇい!!」
さすがに堪らず叫ぶ俺。
「一宿一飯の義。返さずでいでか!!」
「な、なんてこった……」
もはや、言葉もない。俺は心に誓った。もう、鈴木とは部屋飲みしないと。
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