第19話 タマの小さな秘密と豆戦車

「ゴッツイの持ってるなぁ。ゲパルトか……」

 俺は地図上に書き込んでいく。今は退役しているが、三十五ミリ機関砲を二門搭載し、レオパルト1の台車を使ったタフなドイツの対空自走砲である。

 タマが操る豆戦車は、エンジン音が響かぬよう極低速で木立の間を進んで行く。ゴブリン共はゲップが出るほどいるが、ほとんどがボロい武器装備。しかし、油断ならない。中には対空ミサイルや対戦車ミサイルを持ったヤツもいる。ここは、もはや森というよりは

要塞だった。

「こりゃ、出直しかな……あっ、ゲインフル」

 旧ソ連製の低・中高度用地対空ミサイルだ。射程は二五キロにも及ぶ。状況が分からないので何とも言えないが、鈴木や本間が色々食らってもおかしくはない。旧式だと侮ってはいけないのだ。

 一通り森の偵察を終え、俺たちは無事に本間のアパッチが不時着しているポイントに戻った。

「どうでしたか?」

 本間が聞いてきた。彼女が駆っていたアパッチは向かって左側面がズタボロになっている。これでは、直すより買い換えた方が安いかもしれない。

「ああ、これはやめた方がいいぞ。しっかり、体勢立て直してこないと……」

 俺は地図を本間に見せた。彼女がはっきり息を呑むのが分かった。

「そうですね。これでは……」

 本間も顔を曇らせた。

 要塞相手にこの状態では厳しすぎる。援軍を呼ぶしか……。

『おおーい、無事着いたぞー!!』

 無線からやったら元気な鈴木の声が聞こえた。

「おお、無事だったか。今偵察が終わったんだが、こりゃ難しい。適当に援軍を送って……」

『スカッドじゃ駄目? ムカついてるから、景気づけに……』

「やめい、打ち上げ花火じゃないんだぞ!!」

 まあ、これほど有名でコピーされまくった短距離弾道ミサイルはないだろう。

 元は旧ソ連が開発したものだが、今やどこの国が発祥か分からないものばかり。オリジナルの完成版であるスカッドDなら、余裕でこの森を飛び越える射程があるが、そんなもん頭上を越えてぶち込まれたら生きた気がしない。

『なんでよー!!』

「いいから聞け。ここを制圧するには全然戦力が足りん。怪我人もいるし、いったん撤退するぞ。分かったな!!」

『……手が滑ってもいい?』

 聞いちゃいねぇ。

「手も足も滑ったらダメ!!」

 ったく、このミサイル女め!!

『あっ、うっかり流しちゃったけど、怪我人って誰?』

 うっかりじゃねぇよ。ったく……。

「本間の相棒だ。タマの回復魔法でなんとか持ってるが、医者に診せないとダメだな」

『……分かった。大人しく医者を探しておくよ』

「そうしてくれ。本間のアパッチを牽引して帰るから、二時間以上かかると思う」

 ふぅ、やっと理性的になったか……。

「さて、仕事だ。アパッチにワイヤを。怪我人は申し訳ないが、戦車の荷物置き場に寝て貰うしかないな。本間も一緒に乗ってくれ。

「分かりました!!」

「了解」

 タマが重たいワイヤーを引っ張っていき、本間と協力してアパッチにワイヤを接続する。俺一人では怪我人を乗せられなかったため、タマが引き上げ、それを守るように本間も飛び乗り、出発準備完了だ。

 ガタガタと進む戦車はさすがに速度が出ないが、これはいかんともしがたい。

 こうして、俺たちは一度初心者の街に戻ったのだった。


「まあ、こんな感じだ。とてもじゃないが、俺たちだけで、手が出せる相手じゃない」

 俺は偵察結果を基に言い切った。勇猛と無謀は違う。

「うーん、ここまでとは……」

 鈴木が頭を抱えた。コイツのストライクイーグルも本間のアパッチも、ただ今修理中で飛べる状態ではない。本間の相棒は快方に向かっている。それが救いだ。

 現状動けるのは、俺、タマ、鈴木、相棒の佐藤、本間で、このうち航空要員ではないのが俺とタマだけ。どう考えても、他のパーティーの協力が必要だ。

「しまったな。あのチーム・ティーガーの連絡先を聞いておけば良かった」

 勝手にパーティー名を付けてしまったが、あの連中がいるだけまだ違っただろう。前回陽動を引き受けてくれたときは、向こうから自主的に参戦してくれたのである。ああ、ちゃんと報酬は払ったぞ。念のため。

「呼んだか?」

「どわぁ!?」

 いきなり背後から声を掛けられ、俺はドリンクを倒しそうになった。

「な、なんだ、いたのか……」

 そこに立っていたのはゴツいオッサンだった。捻り鉢巻きになぜか褌姿。筋骨隆々とした鍛え抜かれた体。絶対に「漢」と書いて「おとこ」と読ませるタイプ系だ。

「ああ、あんなデッカイ声で『ティガー』と言われたら、駆けつけずにはおれん。手助け出来そうな事なら協力しよう」

 ……よし、まずは陸戦力の強化だな。

「かなり厄介な依頼だ。ゴブリン討伐なんだが、こいつらときたら呆れるほど重武装でな……」

 俺は偵察図を示しながら説明した。

「なるほど、委細承知した。まずは、こっそり保存してあるKV-2で……」

「ちょっと待て、それ敵国のだろ!!」

 wwⅡ当時、イケイケのドイツ軍に「街道上の怪物」と言わしめた、やたら頑丈でいくら撃っても撃っても倒れなかったというバケモノだ。

 台車にバっ火力のM-10榴弾砲を積み、そこにポンと四角くて分厚い箱を乗っけたようなデザインで、その姿こそ全然洗練されていないが凄まじい破壊力を持つ、まさに漢のマシンである。

「うちはドイツ専門ではない。wwⅡ縛りはしているが、使えるものならなんでも使う。パーティー全員二十両出そう。しかし、それだけでは不安が残るな。さすがに、対戦車ミサイルで撃たれたら厳しい」

 意外と冷静だな。漢よ。

「ああ、どうしても航空支援が必要だ。あんたらは、準備射撃と戦場に突っこんで引っ掻き回してくれ。細かい所は俺たちが徒歩で始末していく」

「航空支援の手配は任せておいて。A-10持ってるヤツが10人くらいいるから、たっぷり遊ばせてあげるわ」

 鈴木よ、目が笑ってない笑みはやめろ。

 A-10攻撃機。正式名称はA-10A サンダーボルトⅡ。近接支援……地上部隊の直接援護に当たる事を専門とした攻撃機だ。独特の形なので「ああ、あれか」とすぐ分かる。とにかく頑丈なことで有名だ。少々撃たれたくらいではへこたれない。

「よし、駒は揃ったな。作戦を考えよう……」

 俺はそう言いながら思った。これは、もはやゴブリンを相手にした戦争であると。こんな依頼は正直もう勘弁だな。あんまり楽しくない。


 決行日。俺たち陸上部隊はくさび形の隊形を作り、街道から外れた草原をひた走っていた。最前方にいるのは……何と、俺たちの豆戦車だった。小さな荷台には鈴木、佐藤、本間が乗っている。その背後には……その名を轟かす名戦車たち。はっきり言って「遅い!!」と撃たれそうで怖い。

 そして、作戦は始まった。例の森が見えてくると、俺は無線で指示をだした。

「打ち合わせ通り、A班は北側、B班は……」

 そんなに難しいもんじゃない。戦車隊は森の四方を囲み、とにかく中を引っ掻き回して、連携した攻撃を伏せぐついでに対空火器の破壊。俺たちは徒歩でこっそり侵入して、手当たり次第にゴブリンを倒していく。その頃になって、航空支援隊が直上援護。まあ、そんな感じだ。

 「漢」チームのKV-2が砲撃を開始した。馬鹿みたいな爆発が盛大に森をぶっ飛ばしていく。噂には聞いていたが、すげぇスペクタクルだな……。

 ゴブリン要塞は、いきなりの事に大騒ぎになった。見張りくらいしてろ。アホ。そして、戦車隊が森の中に消えて行くのを見て、俺たちは森の中に突入した。中は、あわ食って走り回るゴブリン共で大騒ぎになっていた。俺たちの武装はオーソドックスに、M-16A4と手榴弾など諸々だ。機関銃は取り回しの問題で持っていない。

「ひょー、これはこれで最高!!」

 M-16をフルオートで乱射しながら、鈴木が叫ぶ。

「鈴木、落ち着け。すぐ残弾がなくなるぞ!!」

 一応警告したが、まるきり聞いちゃいない。やれやれ。

「フン!!」

 こちらは渋く単発で、丁寧にゴブリンを仕留めていく本間。冷静ながらも漲る殺気が怖い。佐藤は安全装置の外し方すら分からないらしい。鈴木、教えてやれ!!

 まあ、そんなこんなで、森の中を進む俺たちの前に面倒なのが現れた。

「M-2軽戦車か……」

 古き良き時代の米軍軽戦車である。2人乗りの軽戦車といえば、うちの豆戦車と同じようなものだが、装甲車両である事に代わりはない。対戦車ミサイル持ってくれば良かった……。

「あれだったらAP弾(徹甲弾)で撃ち抜けます!!」

 本間は冷静だった。Mー16に徹甲弾を装填すると、軽戦車の操縦席を狙って撃った。軽戦車の動きが止まった隙に、俺たちはさらに森の中を駆け抜ける。無線で飛び交う声で航空支援も始まったようで、そこら中で爆発や悲鳴が上がっている。

 Aー10はミサイルや爆装も豊富にできるが、機首に顔を出している三十ミリガトリング砲こそ、その真価がある。戦車を穴だらけにして叩きのめすために生まれたこのガトリング砲は、攻撃力なら米軍で一番といわれている。A-10自体、この機関砲を運ぶために生まれた機体とさえ言われるほどで、ゴブリン相手に勿体ないほどだ。

 それはともかく、俺たちのゴブリン討伐は続く。全てが終わった時、すでに日はとっぷり暮れていた。

 ちゃんと作戦を練ってかかれば、やはりゴブリンはゴブリンだった。

 A-10部隊は一機の損害もなく引き上げ、チーム「漢」も去ったあと、俺たちはささやかにキャンプを張った。こんな事もあろうかと、戦車にはキャンプセットも積んでおいた。

 あえて、ありがちなたき火は焚かない。ここは草原からだと丸見えだからだ、明かりはコー○マンのカンテラのみ。これはこれで趣がある。

 さて、ここは草原のど真ん中である。万が一のために、全員が寝るというのは不用心過ぎる。どのみち小さなテントは女性陣で埋まっているので、俺はM-16片手に警戒に当たることにした。寝ればいいのに、タマが俺の横に座った。

「なんだ、寝ないのか?」

 あれだけ暴れたあとだ。眠いはずだが……。

「あなただけに押しつけるわけにはいかないですよ」

 砲声も銃声もない異世界。久々にゆっくりしている。悪くない。

 お互い、しばし無言で過ごす。そして、タマが口を開いた。

「この世界、何もないようですが、色々あります。例えば、空に浮かぶ島とか、記録だけ存在する地底王国とか……」

 うむ、いかにも異世界だな。多分、遠くて行けないがな。

「俺の世界は暇しかないぜ? だから、こうして懲りずに来てるわけだが……」

 明日には帰ってまた仕事だ。仕事が嫌なわけではないが、まあ、刺激が足りないのだ。

 しかし、それも世界を行き来しているからこそ。こっちを「日常」にしてしまったら、もったいない。

「これが日常なので退屈。お互い様ですね。まあ、異界の方が、嬉々として暴れているのを見るのは、なかなか楽しいですけれど」

 小さく笑うタマ。うん、変わってるぞ。お前。

「お前、本当にこの世界が好きなんだな」

 俺はとりあえずそう返した。

「それはもう。この前なんて、テンプル騎士団とかいう人たちに会いましたよ。暇だから、ドラゴン退治に行くとか……」

「ぶっ!!」

 なんってこった。そんな連中までいるのか。しかも、暇潰しにドラゴン退治か。そもそも、暇なんてあるのか? つくづく怖い世界だ。

「まさか、もっととんでもない人が……」

「とんでもないかどうか分かりませんが、アインシュタインさんという変わった人もいましたし、レオナルド……」

「わかった。もういい!!」

 なんて世界だ!! ってか、ちょっと話してみたいぞ!! 「あらゆる世界、時間、場所」だったか? マジで節操ねぇ!!

「ああ、ちなみにですが、戦車の動かし方はオットー・カリウスという方と、ご一緒していたアルベルト・ケルシャーという方に教えて頂きました。どうも、かなり戦車がお好きなみたいで」

 ……

 両名は相棒であり盟友だ。wwⅡの伝説的な戦車乗りであり、ソビエト軍に「死神」と言わしめた男たちである。それがなんで……。

「豆戦車なんだよ!!」

 才能の無駄遣いとはこの事だ。今すぐティーガーでも買ってこい!!

「いえ、これなんか面白いってノリノリでしたよ。凄い上手で……」

「当たり前だ。レジェンドだそレジェンド!!」

 全く、知らぬとは恐ろしい事。とんでもねぇ教官に教わったものだ。

「なんか妙に手慣れてるし、上手いと思ったらそういうことか……」

 実際、タマの操縦技術は、素人の俺でも分かるくらい上手い。豆戦車なのに……。

「怖い世界だ。惚れちまいそうだぜ」

 俺は星が瞬く空を見上げたのだった。


 翌朝、日が昇ると同時に俺たちは行動を開始した。戦闘室には操縦手のタマと俺、鈴木や佐藤、本間は箱乗りを通り越して、「屋根乗り」の荷台である。軽自動車サイズなので窮屈である。

 ガタガタ石畳の道を進む間、上では女子会が開かれている。全員が戦闘機や戦闘ヘリ関連なので、自然とそういう話題になっていた。

「予備機買おうかなぁ。フランカーとか……いや、いっそメッサーシュミットとか……」

 鈴木の楽しそうな声が聞こえる。なぜ時代を戻る鈴木よ。メッサーシュミットは会社名だが、「Bf 109」というwwⅡ当時のドイツ主力戦闘機の呼び名でもある。

 まあ、そんな感じでガタガタやっていると、行く手に戦車が往生していた。全体的に丸っこいデザインと車両脇の巨大なスリットが特徴のルノー B1bis。この豆戦車と世代的には大して変わらないフランスの名戦車だ。その後ろで戦車を止めると、鈴木が声を掛けた。

「おーい、どうしたの?」

 たまたま路上にいたのは、まだ二十代くらいの女の子だった。車内からわらわら女性が出てくる。

「すいませーん。エンジンが掛からなくなってしまって……」

 こんな時はタマの出番である。素早く戦闘室から飛び降りると、さっそく状況を確認し始めた。まあ、戦車とは走るだけで壊れるもの。こんなトラブルもある。なぜか航空機チームも加わり、なにやら作業が始まった。俺が交ざっても意味がないので、周辺監視に努める。盗賊が出ないとも限らないからな。

 しっかし、シブい戦車に乗っているものだ。というか、それ以前に戦車が流行ってるのか?

 しばらくして、ルノーのエンジンが咳き込みながら掛かった。時々バックファイヤでパンパンいっているが、まあ、街までは持つだろう。多分。

「ありがとうございました~」

 の声に送られ、俺たちはまたガタガタ街道を進む。こうして、一つの依頼は解決したのだった。

「あんたねぇ、男でしょうが。なんで修理しないのよ!!」

 鈴木の声がうるさいが、俺が直せるのはサーバだけだ。はぁ、やれやれ。

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