第18話 航空戦力の崩壊

「事件の話しは聞いています。何と言っていいか分からないです……」

 神妙な顔でタマが言う。

 ここは、三井の墓前だ。もちろん、姐さんとランボーの墓もある。どうしてもお参りしたいというので、俺はタマを連れてここに来ていた。

「なにも言わなくていい。ありがとうな」

 俺はタマに言った。なにも言えないのが普通だろう。

「やっぱりここだったか……」

 花を持った鈴木がやってきて、それぞれの墓に手向けていく。

「そういえばさ。同じ会社だったんだっけ?」

 軽く手を合わせてから、鈴木が聞いてきた。

「ああ、最初は部屋の大掃除。名前も知らなかったんだが、いきなり中間地点とかいうところを経由して、この世界にぶっ飛ばされてな……。そういや、聞いていなかったんだが、鈴木はどうだったんだ?

「フフフ、劇的……じゃないけど、笑える話しでね。訓練で模擬戦闘をやっている最中よ。音速を超えた瞬間にズドーンとここに飛ばされて……バックトゥ○フューチャーかと思ったわ。だって、いきなりB-17と衝突しそうになったんだもん」

 笑う鈴木に、俺は聞いた。

 B-17はwwⅡ当時の傑作爆撃機だ。いきなりF-2なんて現れたら、そりゃ向こうもビビるだろうな。

「まさか、ここに来るときはいつもズドーンなのか?」

 それは出来ないはずだ。戦闘機は自家用機ではない。

「そんなわけないでしょ。ちゃんと「通路」を作ってもらったよ。あと本間はね。ある山でドリフトやっていたら……」

 まあ、みんな色々な方法でこの世界にアクセスしたらしい。

「で、タマはここの人間か?」

 人間ではないが、そこは言わない約束だ。

「はい、この地の者です。私が生まれた時から、異世界の方が来ていたので、もう慣れっこですよ」

 ニッコリ笑みを浮かべるタマ。一瞬性別が気になったが、聞くのは失礼だ。野郎だったらまだいいが、女だったら……笑顔が鬼の形相になりかねん。

「まっ、なんにしても、俺たちはどっかで奢っていたんだろうな。ドラゴンだって倒した事があったしな。一番怖いのが人間だって忘れていた。もし、俺が風邪で帰っていなかったら……なんて思った事もあったが、それこそ奢りだ。ゲームオーバーになっただけさ」

 俺はため息を一つ。そうでも思わなきゃ、やってられん。

 二人とも何も言わない。ただ、鈴木がポンと肩を叩いただけ。

「私は先にいつもの喫茶店に行ってる。ゆっくりしてな」

 ひらひらと右手を振りながら鈴木は去っていった。

「あの、この世界のことは嫌いにならないで下さいね。いい事もありますから!!」

 タマが俺の両手を取り、懇願するようにそう言って来た。

「嫌いになっていたらこねぇよ。さて、今日の依頼を探すか」

「はい!!」

 そして、いつもの土日がはじまった。いい事か。なんだろうな?


 今日もサーバ室は平和だった。ネトゲやっていようがハ○ヒダンスを踊っていようが、誰に咎められる事もない。基本的にオタクだらけでモテない部署なので、誰も近寄ってこない。これも利点だ。暇つぶしに、俺はペンタゴンこと、米国国防総省のサーバにハッキングを仕掛けていた。あー犯罪なので、絶対真似するなよ。

「結構、甘いんだよな。ここ……。はい、ログインと」

 さすがに国防長官のアカウントは難しいが、飛沫職員のアカウントなら比較的楽にいける。やり方とコツは教えないぞ。自分でググれ。

 さて、別に何かをしたかったわけじゃない。なんとなく思いついたので、「○○○○の馬鹿野郎。腐れ(ピー)!!」と書いたメールを省内全体に送りつけておいた。このくらいにしておかないとまずい。俺は回線を切断した。なんか、小学生のやる事だな。

「はーあ、暇だなぁ……」

 ちなみに、ここにはガッチリ管理されている社用パソコンしか持ち込めない。出入り口には警備員が立ち、スマホやらなにやらはお預けになるレベル4ルームだ。金属探知機まであるんだぜ?

 まあ、パソコンの管理ツールなんて簡単に外せるし、俺がさっきやった「イタズラ」はバレないようにしてある。そこは抜かりない。悪知恵はよく働く俺である。

 やがて交代時間が来て。俺ははれて自由の身になった。

 俺は帰り支度をして、ごり押しして勝ち取った「自家用車通勤許可証」を有効活用して地下駐車場に駐めてあった、オンボロなソアラのキーを捻った。多少咳き込みながらもエンジンが掛かり、ギアを一速に入れる。ああ、マニュアルなのだ。これだけで、ガススタの兄ちゃんが動かせなくて困惑する。そういう時代だ。

 会社がバレるので詳しくは書けないが、なんちゃら通りを駆け抜け首都高に乗り、そのまま横浜方面へ。現代装備はETC車載器くらいだ。ちなみにETCの正式名称は「イーテック」らしい。どうでもいいが。

 自宅が横浜にあるわけではない。暇つぶしのちょっとしたドライブである。もちろん、助手席には誰もいない。寂しいものだが、それならそれで楽しみ方はある。俺は床までアクセルを踏んだ。ターボって凄いな。この加速はなかなか……。

 ああ、女の子を乗せている時にやるなよ。一発で嫌われるからな。

 こうして、俺の一日は終わっていった……。


 ここは異世界、いつもの喫茶店。タマと本間相手にダベっていると、鈴木が依頼書を持ってきた。なんか、最近このパターンだな。

「面白いの持ってきたよ~」

 鈴木がテーブルに置いた依頼書は、ありがちな魔物退治……正確に言うと、ゴブリン退治だった。なんだ、別に面白い事はないが、なぜかランクはA。はて?

「注意書き読んで!!」

 依頼書の下の方にある注意書きを読むと……。


『重装甲車両で武装している模様。注意されたし』


「へ?」

 一瞬目を疑った。ゴブリンが重装甲車両? あの脳足りんが??

「フフフ、久々に暴れられる!!」

 ……つまり、鈴木のストレス発散に付き合わされるわけだ。やれやれ。

「ヘルファイヤ、高いんですけどねぇ」

 いや、これは文句ではない。本間も乗り気だ。目が語っている。

「俺らはゆっくり行くわ。せいぜい遊んでこい」

 カルロ・ベローチェ……快速戦車という名は付いているが、街道上でも俺のボロなソアラも余裕で追い越す時速四五キロ。死んでも航空機には追いつけない。

「うん、爆撃したあとの掃討はお願い。本間行くわよ!!」

「はい!!」

 鈴木と本間が出ていったあと、俺はため息交じりに席から立ち上がった。

「さて、ゆっくり行こう」

「はい!!」

 こうして、俺たちは初心者の街を旅立った。予想外の展開になるとは知らずに……。


 晴れた街道をガタガタ進む。この振動にもだいぶ馴れた。後続車が来たらさっと道の脇に退いて譲ってやる。いつもの事になりつつある。俺はハッチを開けて辺りを監視していた。無線のヘッドセットは当然装備である。目的の森まで、半分くらい来た時だった。

『敵、対空火器多数!! 待避行動中!!』

 いきなり緊迫した鈴木の声が飛んできた。へ? 対空火器??

『ミサイル被弾。戦域を離脱します!!』

 今度は本間の声。確か搭載していたのはロングボウ・ヘルファイアだよな。射程九キロを誇るバケモノミサイルだぞ? おいおい!!

「なにが起きてるか知らんが、急げ!!」

 俺はタマに怒鳴った」

「はい!!」

 同じ無線を聞いていたはずのタマが、精一杯戦車を加速させたがあまり変わらない。こればかりは、どうにかなる問題じゃない。

「鈴木、本間!!」

 しかし、返答はない。多分、それどころではないのだろう。現地までの三十分が長いこと長いこと……。

 ようやく現地の森近くに着いた時、本間のアパッチが街道上に不時着していた。撃墜されていないならよし。

『色々食らってヤバい。街に帰るから、詳しくは本間に聞いて!!』

 鈴木から無線が入った。

「わかった」

 鈴木のあんな元気のない声を聞いたのは初めてだ。

 ガタガタと本間のアパッチに近づき、タマと二人で飛び降りる。すぐに本間が駆け寄って来た。

「おい、大丈夫か?」

 俺はとりあえず怪我をしていないことを確認した。

「私より、後席の子が……」

 これまた初めて見る本間の焦った顔。素早くタマが、アパッチに向かって駆けていく。

「とりあえず引き出しましょう!!」

 やや遅れて到着した俺と本間が、協力してコックピットから引き出す。

「ひでぇな。これは」

 かろうじて呼吸はある。という感じだ。出血も激しいし、このままでは持たないだろう。

「退いて!!」

 強いタマの声に、俺と本間はスペースを作った。そこにタマが滑り込んだ。

「弱い回復魔法しか使えませんが……」

 弱くても包帯巻くよりはいいだろう。長い呪文の詠唱のあと、本間の相棒の体が淡い光りに包まれた。

「ふぅ……完璧ではないですが、これで大丈夫だと思います」

 フライトスーツが血まみれで分からないが、出血も止まったようだし呼吸も安定している」

「……ありがとう。助かった」

 いつも冷静というか、どこか冷たいような感じのする、本間とは思えない優しい声。色々初めてづくしだ。

「で、どうしたんだ? アパッチが落とされるなんて尋常じゃねぇぞ」

 本間の口から語られる信じられない事実。対空機関砲なんて可愛いもので、近距離対空ミサイルまで持っているらしい。本当にゴブリンか?

「こりゃ、まずじっくり偵察だ。豆戦車の本領発揮だな」

 俺はタマの肩をポンと叩いた。

「あっ、ケットシーの掟で攻撃魔法は使えません。そこは承知しておいて下さい」

 ……帰ろうかな。この仕事ヤバい。

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