第16話 結婚指輪と豆戦車
ある週末、俺は普段なら絶対着ない一張羅の高級スーツに身を固め、仕事帰りに異世界へと飛んだ。
定例の墓参り。俺は三井の墓標の前に立つと、ズボンをポケットをごそごそやって、指輪を二つ取り出すと、一つを自分の指に付け、一つを墓標に乗せた。
「なんだ、なんていうか……こんな事しても意味がないんだが、結婚おめでとう!!
あっ、間違えた。自分で祝ってどうする!!
その瞬間だった。パパパパパンと、一瞬銃声かと思った音が聞こえた!!
「うぉっ!?」
背後を振り返ると、鈴木を筆頭に関わりのある連中が、揃ってクラッカーを鳴らしていた。
「全く、前もって言えや。なんも準備出来なかったわ!!」
鈴木が小さく笑う。
「準備されたくなかったから、こっそりやったんだが……」
ああもう、全く!! どこからついてきたんだ。
「アホ、しみったれた結婚式なんて誰が喜ぶ。こっそりなんてやらせないわよ!!」
……あああ、俺の格好付け計画が。
「このままじゃ指輪が盗まれちゃいますね
アイリーンが出てきた。おお、戻っていたのか。
「ほい!!」
カン!!と音がして、指輪が墓石に埋まった。
「はい、指輪交換完了。誓いのキスは?」
鈴木が笑いながら言った。
「墓標とか?」
俺も笑う。冗談を冗談と受け止めるくらいには、なんとか精神力は回復していた。
「じゃあ、私が代わりにやっとくわ。同盟として」
「へ?」
思わず間抜けな声を上げてしまったときには、鈴木は俺と軽くキスをして「作戦空域」から離脱していた。さすが戦闘機乗り……って関係ないか。
「お、お前なぁ!!」
さすがに赤面する俺。馬鹿野郎!!
「鈴木さん、それ私って……!!」
なんで怒る。アイリーン?
「ごめんねぇ。早いもの勝ち。ああ、アイリーンったら、なんかエルフの超イケメンを好きになっちゃったみたいで、ちょうどいい標的がいたから練習しようと思っていたんだってさ」
鈴木が腹を抱えて笑う。お。お前らな!!
「ったく、なにがやりたいんだ!!」
この程度気恥ずかしいくらいで悪い気はしないが、もうただ呆れるだけだ。
「目標を破壊した上に、トドメの爆撃なんて酷いです!!」
なんか、ヤケに食いつくな。
アイリーンよ。そういうのは、大事な人とやるのだ、アイリーンよ。
まあ、失敗したくない気持ちは分かるが……。
「だって、ストライクイーグル乗ってるも~ん」
「酷い……」
うーん、まあ、放っておこう。俺は楽しそうにしている本間に声を掛けた。
「一人で勝手になんてずるいですよ。たまたま、私が夜間訓練中に、墓地を動く怪しい物体を発見したからいいものの……」
……お前かぁ!!
「あ、あのな、少し空気読んで、秘密に……」
「出来ると思います? 女の子として許しません」
……か、顔が怖い。
「お、おい、佐藤って飲んだくれかよ?」
鈴木とセットで行動する佐藤は、なぜかもうベロンベロンだった。手には缶ビール……ではなく、高級ウィスキーの瓶。どっかで飲んでいて、ここでハシゴか? いい趣味だ。
「よーし、今日は飲むわよ!!」
アイリーンとの口論は終わったようで、鈴木が元気な声を上げた。
こうして、もう一つのけじめをつけた俺だった。自分勝手だな。分かっている……。
もちろん、こっちの世界では結婚したことは秘密なわけで、そっと指輪を外してスーツのポケットにしまっている。それにしても……。
「なんでお前は壊す?」
新人君、君には「サーバスレイヤー」の称号を与えよう。触るものみな壊すのだ。
そして始まる復旧作業。秘技「リバース アンド ディストラクション!!」 ちと用法が違うな。まあ、いい。
金曜日の昼に発生した事故の復旧が終わったのは深夜。まあ、ちょうどいい。
後始末を終えた俺は、いつも通り異世界へ飛んだ。時空を駆けるオヤジ。じゃなかった、お兄さん。30代は微妙なお年頃なのだ。
「さて……」
いつも通り墓参りを終え、初心者の街で着替えて喫茶店に行こうとしたら、声を掛けられた。
「あの……」
か細い声に振り返ると、二足歩行で言葉も喋る猫が立っていた。なんと、超レアキャラのケットシーだ。
「ん、どうした?」
しかし、日本語を喋るとは珍しい。「あっちの世界」の言葉を操る者は、大抵英語か中国語だ。
「ベテランの方とお見受けしました。ぜひ、コンビを組んで頂きたいと思いまして……」
うん、面白そうだな。
「分かった。ゆっくり話してから決めよう。ついてきてくれ」
俺はケットシーを伴って、いつもの喫茶店に入った。
「お、来た来た。って、ケットシー!?」
先に来ていた鈴木が、マト○ックス並に仰け反ってコケた。そう、そのくらい珍しい。
「すいません。お邪魔します……」
「まあ、そう固くなるな。そこの席に座ろう」
俺たちは小さな席で、テーブルを挟んで向かい合わせに座る。
「まあ、別に尋問する気はないんだが、なんで俺なんだ? 冒険者なんざ腐るほどいると思うが……」
とりあえず、疑問に思った事を聞く。オーダーを取りに来たので、適当にドリンクを頼んでおいた。
「はい、ご存じないかもしれませんが、あなたはこの街でもかなり有名な方なんです。そんな方と、ぜひ旅がしたくて……」
……俺って有名だったのか!?
「そうか……。俺といっしょにいると、ロクな目に遭わないぞ。それでもいいか?」
運ばれてきた……何だこれ? まあ、とににかくドリンクを一口飲んでから言った。意外と美味いな。これ。
「そんな事を言わないで下さい。自分を卑下するのはよくありません……。もちろん、旅に同行するからには、色々あるでしょう。危険を共有する覚悟はあります」
……
「分かった。これからは仲間だ。変なのばっかり周りにいるが、あまり気にしないでくれ。ところで、名前は?」
絶滅したとさえ言われているケットシー。その名前は……。
「はい、「タマ」と申します」
俺はドリンクを盛大に吹いてしまった。まんま猫かよ!! しかも、「タマ」かよ!! いや、全国の「タマ」をバカにするわけじゃないので、猫パンチはやめてくれ!!
ちなみに、猫パンチにもレベルがあり、爪なし、ちょい爪、フル爪がある。フル爪はマジで痛いぞ。
「あれ、どうなさいました?」
不思議そうに聞くタマに、俺は何とか平静を装った。
「いや、気にするな。それじゃ、さっそくFランの仕事で肩慣らししてみるか?」
「はい、喜んで!!」
なんかこうモフモフしたい欲求を我慢して、俺はドリンクを一気に飲み干したのだった。
かつて、本間の言ったことは正しかった。
「お前、なんでこれにした!?」
乗り物もあると聞いて、タマが装備を預けている預け屋で見たのは……カルロ・ヴェローチェ 三三年式。略して「C.V.33」だった。そう、あの2人乗りのイタリア豆戦車だ。中は想像以上に狭い……!!
「はい、安かったもので。もともと、多人数のパーティーは苦手なので、静かにいこうかなと思っていましたし、これ結構バカにできないですよ」
タマがニコニコしている。猫って表情あったんだな。
「まあ、いいか。なにか面白そうだし……。依頼は「森の魔物退治」だ。Fランとナメるな。俺が関わるとなぜか拗れる。気合い入れていくぞ!!」
「はい!!」
タマの操縦により、豆戦車はゆっくりと発進した。履帯がガタガタと車体を揺さぶり、何かの工事用重機にでも乗った気分だ。乗ったことないがな。
一応戦車なので、俺の目の前には二連装機関銃が据え付けられている。薬に立つのか、これ……。
ガタガタと街を出て、街道をゆっくり進む。というか、ゆっくりしか進めない。まあ、これも味だな。歴史を感じる。
「しっかし、お前も変わり者だな。これを選ぶとは……」
俺はもう一度タマに言った。面白い。
「よく言われますよ。あっ、これライフル弾くらいまでは大丈夫ですが、それ以上は貫通してしまいますので用心してください」
どうやって用心しろと?
一抹の不安を乗せ、豆戦車は街道を行く……。
依頼を出した村での歓待もそこそこに、豆戦車は森に入った。入り組んだ木々の間を抜けて行くときに、さっそくこのサイズが役に立った。兵器は使いようだなと思った瞬間である。
「最近現代兵器を持ったヤツらばかりだったからな、これが本当だよなぁ」
襲いかかってきたゾンビを機関銃で蹴散らし、俺はポツリと呟いた。
「しかし、ここアンデットばっかりだな。なんでか知らんが……」
そう、森にはびこっていたのは、お馴染み動く死体のゾンビや骨格標本ことスケルトン、ゾンビと間違いやすいが、死体を喰うグールもいたな。そのせいか、空気が猛烈に臭い。
「アンデットいる所に死霊使いあり。どこかに潜んでいるはずなので、探しましょう!!」
タマが緊張した声で言った。
「死霊使いか……あんまり関わりたくないな」
ネクロマンサーともいう死霊使い。死体を使役して、あんな事やこんな事をするので、悪さしなくても大抵嫌われる悲しき存在である。
「村長から森の地図を預かったが……そろそろ最奥部か」
俺は頭上のハッチを開け、辺りを双眼鏡で見回した。戦車は視界が悪いので、この方が状況が分かる。
「ん?」
戦車の進む先に、白いワンピースを着た……まあ、女性だろう。その姿が見えた。
「タマ、止めろ!!」
ギシギシいいながら戦車が止まった。俺はそのままハッチから地面に飛び降り、一応拳銃を抜いて近寄っていく。タマはバックアップでハッチを開けて車内から自走小銃を構えていた。猫が……とは、もう言わない。タマはケットシーだ。
「……。……。……」
恐らく人間だろうが、女性が微かに声を発した。しかし、何語だ? 全然わからん。
「!!」
……あっ、なんか怒った。そのくらいはニュアンスで分かる。
ちょっと顔色悪目の女性だったそれは、あっという間に姿を変えていく。腐っているのだ。ヤバい!!
俺はダッシュで戦車に乗り込み、機関銃を撃ちまくった。
「くそ、効かねぇ!!」
女性だったものは、ただの腐った物体に変わった。死体が死体を使役していたのか。ふざけんなよ。ったく!!
アンデット。直訳すれば不死者。ほら、面倒な事になった。いつもそうだ!!
「タマ、ゆっくり後退!!」
タマが指示通りに戦車をゆっくり「物体」から遠ざけて行く。そして……。
「全速前進!!」
不整地での最高速度は、バイトに遅れそうで、全力疾走する若者が漕ぐママチャリ並の時速15キロ。それでも、猛然と……とはいかないが、急発進した豆戦車は勢いよく「物体」に乗り上げ……そのまま押しつぶした。豆とはいえ重さは三トン以上はある。
へへっ、これが戦車の戦いよ……って、違うか。
「タマ、全速後退!!」
エンジンが回転数を上げて、豆戦車は勢いよく後退した。
もはや、なんだかよく分からない「物体」と化した女は、まだ動きを止めていなかった。
「火炎放射形にしておけば良かったですね」
タマが車内から言う。
「やめろ。危ないから」
そう、この豆戦車は進化の過程で、火炎放射形などという凶悪なものまで生みだしたのだ。一部で自走ブリキ缶だの何だの言われるが、実は対歩兵に対しては十分有効だったのである。
まあ、本来の使い方は偵察・連絡用だったので、二線級の兵器であった事は間違いないが……。
「さて、仕上げるぞ。踏みまくれ!!」
「了解です!!」
なんかもうどうしようもない戦術ではあるが、タマが操る豆戦車は変な物体をひたすら踏みまくる。ちょいちょいグリグリと物体の上で前進と後進を繰り返すナイス鬼畜ぶりだ。 そして、十分か二十分か……。変な物体はまるで蜃気楼のように突然消えてしまった。
「さて、親玉を潰したところで残党狩りだ。油断はするんじゃねぇぞ!!」
「はい!!」
こうして、俺とタマの初仕事は無事に完了したのだった。
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