第15話 けじめそして……
有給が終わった。しかし、俺は異世界にいる。クビにしたければ、勝手にしろってもんだ。
鈴木も出来るだけ協力してくれているし、正式にアイリーンを雇った。相手はプロ。なぁなぁじゃ駄目だ。仕事してもらうからには対価を払う。当たり前だろう。
「この辺りが、通称「ならず者の鍋」と言われているエリアです。四方を山に囲まれているのでそう呼ばれるのですが、ここは飛行禁止になっています。危ないので……」
テーブルの上に地図を広げ、アイリーンが説明してくれる。あの忌まわしい場所からはそう遠くはない。ここは有力な候補だ。
「飛行禁止違反に罰則は?」
アイリーンにそっと聞いた。
「ありません。自己責任という意味だけです」
……ふむ。
「定番だろうが、ここは押さえておきたいな。候補から外す理由がない」
鈴木とも相談しないといけないが、ならず者が集まっているなら探さない手はない。
「ええ、ただ飛んでくれる命知らずがいるかどうか……」
アイリーンが呟く。
「ああ、命知らずは要らん。むしろ、臆病で慎重な奴の方がいい。絶対に自分の腕を過信しないからな」
実際、突撃野郎はロクなのがいない。これは、この世界に来て、学んだことだ。勇ましいのと無謀は違うのだ。
「分かりました。その辺りの人選は鈴木さんに任せましょう。発見したとして、地上はどうしましょうか?」
メモを取りながら、テキパキと段取りを決めていくアイリーン。雇った金額はそこそこだったが、それ以上の仕事をしてくれている。大変ありがたい。
「俺とアイリーンだけじゃ駄目か? 目立つからあまり多くしたくない」
大軍で突っこんだら絶対に目立つ。出来れば少数精鋭で行きたい。
「少し頼りないですが、慎重に動けば可能だと思います。実は、私のコネで日本語を理解出来る者が、あまりいないのです。ほとんどエルフなもので……」
アイリーンはため息をついた。
エルフは非常に気位が高い。アイリーンのように、他種族の言葉を操れるものは大変少ないのだ。
「まあ、本音を言えば回復系の専門家が欲しいが、アイリーンの回復魔法で対処出来るだろう。馴染みがある連中で行きたい」
アイリーンは頷いた。
「分かりました。では、そういうことで……」
アイリーンがメモ帳を閉じたとき、鈴木と見慣れぬ女性がやってきた。
「紹介するよ。F-15で相棒を組んでいる佐藤。兵装システム士官をやっている」
鈴木の紹介で、ペコリと頭を下げる佐藤とやら。F-15Eは復座だ。前席に座るのがパイロット、後席は主に搭載している兵装を制御する役目を担っている。
「いや、この子熱くってさ。今回の件を聞いたら、死ぬまで追いかけ回すって息巻いちゃって大変なのよ。どうしても挨拶したいって言うから連れてきた」
鈴木を押しのけるようにして、佐藤が突撃してきた。
「絶対に許せません。そのクソウジ虫野郎の脳天に、2000ポンド爆弾を叩き落としてやります!!」
熱いな、確かに。見た目はショートカットの大人しそうな子なのだが、目つきがやはり軍人……いや、戦闘機乗りのそれだった。
「まあ、そんなわけよ。で、打ち合わせ内容はどうなっている?」
鈴木に聞かれ、先ほどまでの内容をさらっと話す。
「……なるほどね。まずは偵察か。足の速さを考えたら固定翼機。分かった、心当たりがあるわ」
こうして、歯車が少しずつ動き始めたのだった。
「やれやれ、前もあったが気合い入れて写真撮り過ぎだ!!」
ただの風景写真じゃないぞ。赤外線画像やらなにやら、2日で集められた情報は膨大なものだった。専門の情報処理官ならまだしも、素人の俺たちが出来る事など限られている。 なんか、それっぽいな……程度のものをピックアップしていったが、軽く20を越えた。
「これは、参ったな……」
全部潰していたら、何年掛かるんだ?
「あれ、この写真……」
アイリーンが差し出してきたのは、木々を通す赤外線写真ではなく、通常の光学写真だった。
なにか城塞っぽいものの周囲の木々を伐採して丸見えにし、その周囲にはこう書かれていた
『かかってこいよ。間抜け野郎』
……全く、どこまでも神経を逆なでしてくれる。しかし、キレたら負けだ。
「目的地が決まった。準備をしよう」
俺は感情を押し殺し、アイリーンに告げたのだった。
二日後の早朝、それは始まった。危険過ぎて航空機の飛行が禁止された区域。その上空を鈴木のストライクイーグルが飛び、本間のロングボウ・アパッチがあらかじめ「脅威」を排除していく。
そして、いつぞやのティーガー率いる大戦中の装備で固めた機甲部隊が、徒歩の傭兵やや工作を専門とする連中を伴って、派手に森林地帯を進軍していた。
事件の話しは初心者の街中に広がっており、それを聞いて、進んで危険な陽動を買って出てくれたのである。その迫力たるや……いやはや。やっぱり、戦車買おうかなと思わせるほどだ。
その盾に隠れて、俺とアイリーンは森林の中を慎重に進んでいた。ならず者たちが仕掛けたトラップもあり、一歩踏み出すのが非常に怖い。地雷なんて踏んだら、そこで終わりである。
「あと3キロです。頑張りましょう!!」
地図を見ながらアイリーンが言う。よし、あと少しだ。しかし、ここにはオークしかいないのかというくらい、本当にオークが多い。もちろん、容赦はしない。M-16でなぎ倒していく。今の俺に手加減の文字はない。兵士になった事はないが、多分こんな感じの心理状態なんだろうなと、勝手に思ってみたりした。
ともかく、真っ直ぐ進むしかない。俺たちは言葉少なめに森林地帯を抜け、例の城塞が見える所まで来た。双眼鏡で確認したが、外を守る要員はいなさそうだ。あるいは、ティーガー部隊の対応に追われているか……。
俺は担いできた荷物の中からドローンセットを取り出して、より詳細な偵察を行った。城塞の規模はさほどではない。さすがに、中の偵察は出来ないが、どこかに狙撃兵が身を潜めている事もなさそうだ。
その時だった。ど派手に暴れていた戦車隊が到着した。おいおい、陽動がここにきてどうする!!
ちなみに、勘違いしやすいが、ティーガーは敵陣破壊を目的とした重戦車だ。ゆえに移動速度よりも、頑強な装甲と重火力を重視している。戦場を機敏に動き回って、敵の戦車を破壊する事を目的とはしていない。しかし、その火力と防御力は、そんな事を無視するくらい強力だった。
隊列を組んだ戦車隊は、城塞に向かって一斉砲撃を始めた。準備射撃には豪華過ぎる。ただでさえボロボロだった城塞は、ますます破壊されて粉々に散っていく。おいおい……。
その時だった。得体の知れない光線のようなものが飛んできた。
「攻撃魔法です!!」
アイリーンが叫んだ瞬間、戦車隊のパンターが一両吹っ飛んだ。俺は全ての部隊で共通にしてあるチャンネルで、無線に叫んだ。
「おい、待避しろ。このままじゃ……」
俺の忠告は遅かった。再び光りの矢が放たれた。それも、無数に……。大爆発が戦車隊を襲った。
合計で五両いた戦車隊のうち、三両が吹っ飛んだ。これで、残るはティーガーのみ。そこはさすがに重戦車だった。戦車対攻撃魔法なんて、そうそう見られるものではないが……。
「撤退だ。死ぬことはない!!」
俺が無線に声を叩き付けても、ティーガーは退かなかった。自慢の88ミリでバカスカ攻撃を続けている。
「……今のうちだ。行け!!」
無線から声が聞こえてきた。
作戦が変わってしまったが、こうなったら行くしかない。とはいえ、この攻撃魔法と砲弾の嵐をどうやってくぐり抜けるんだ?
「すいません。防御魔法は使えるのですが、ここまでになると……」
アイリーンが申しわけなさそうに言う。それはそうだ。こんな激しい砲撃戦の合間をどう潜ればいいのだ……。
その時、ティーガーが動いた。ゆっくり、城塞に向けて動き始めたのである。後ろに付けということか……。
俺たちはティーガーを盾にして、ジリジリ城塞に接近していく。砲撃音で耳がどうにかなりそうだ。
そして、突然攻撃魔法が止んだ。術者が待避したのかティーガーが吹き飛ばしたのか分からないが、これで城塞に突入出来る。
『グットラック』
無線からそんな声が聞こえるや否や、俺たちは城塞に突入した。最悪、激しい銃撃戦を覚悟していたのだが、中は不気味なくらい静かだった。
『よう、間抜け野郎。よく来たな。護衛なんてつまらないものは配置していない。奥の玉座の間までこい』
どこからかそんな声が聞こえた。信用するほどバカじゃない。アイリーンに防御魔法を掛けてもらい、MP5を構えながらゆっくり進んで行く。冷静だと思うが、あの野郎の顔を見た瞬間に何をするか、自分でも分からない。
ボロボロの階段を上り、一際広い部屋に出た。そこに、あの野郎が……。
「……罠か」
俺はあくまでも冷静だった。部屋に張り巡らされた罠の存在を知った。迂闊に攻撃したら、今頃はこうしては生きていない。
「ほぅ、間抜け野郎は訂正してやる。この罠に気が付いたのは、お前が始めてだよ」
「爆発系の罠です、ここから一歩でも動いたら起爆します!!」
アイリーンがそっと耳打ちした。あの野郎までの距離は、推定四百メートルくらいか。今すぐ殴ってやりたいが、手が届きそうで届かない。クソ!!
極微かだが、糸のような赤い線が部屋中に張り巡らされている。よく映画で出てくる赤外線警報装置のような感じだ。これに触れたら俺たちはここで死ぬ。つまり、ここから射撃しても、弾が線をかすめたら終わりだ。もちろん、攻撃魔法なんてもってのほかだ。
「その顔だよ。俺が見たかったのは。絶望と怒りの交ざった表情。何度見てもいい」
……この変態野郎。
「さて、俺はとんずらするかな。また会おう……」
さっそく消えかかったクソ野郎に、俺は担いでいた狙撃銃を立射で構えた。有名といえば有名なドイツ製狙撃銃PSG-1。オート式ながら優れた精度を誇るという、いかにもクラフトマンシップが溢れた銃である。高かったが気にせず買った。これに多少カスタムを加え、俺専用の「狙撃システム」を構築してある。
「まあ、待てよ。遊びはこれからだろう?」
俺は見抜いた。赤い線の隙間を抜いて、男をぶち抜く射線を。
「ほぅ、面白いオモチャを持っているな。そんなの撃てるのか?」
あの野郎は完全にナメ切っている。ムカつくが、そこが隙を生む。好都合だ。400メートルという距離は近いようで遠い。だから、狙撃銃の出番なのだ。確度を求めた結果である。
「まあ、嗜み程度にはな!!」
俺は引き金を引いた。発射音と衝撃が走る。超能力者ではないので、弾丸の軌道なんざ見えないが、クソ野郎がもんどり打って倒れた。すると、赤い線が瞬時に消えた。
俺たちは素早くクソ野郎に近寄った。腹から派手に出血しながら、男はもがいていた。狙撃というのは簡単に習得できる技術ではない。たった2日にしては上出来か。
「て、てめぇ……」
苦悶に歪む男に向けて、俺は金に糸目付けず特別に購入したリボルバー式の拳銃をホルスターから抜いた。そして、迷わず引き金を引く。
コルトパイソン……。最初は44マグナムにしようと思ったのだが、アレは反動が大きすぎて使い物にならなかった。これも決してイージーな銃ではないが、このくらいぶち込んでやらないと気が済まなかったのだ。
俺は装填していた弾丸を、全てクソ野郎に撃ち込んだ。派手に肉片や血液が飛び散るが、全然気にならなかった。
「ああ、悪いな。腕が悪くて全部急所を外しちまった。まっ、せいぜい苦しんでくれ」
「ストップ。もう終わりです!!」
アイリーンが止めてきた。安心してほしい。予備弾はない。これで仕舞いだ。
「さて、帰るか。こんな所にいたらカビちまう」
「はい!!」
こうして、俺の「けじめ」は終わったのだった。
さすがにヤバいので、俺は自分の世界に戻った。上司からしこたま怒られたが、まあ、それだけだった。
しかし、異世界仲間はもういない。新たに増やそうとも思わない。ただ淡々と仕事をこなし、金曜日の夜になれば一人で再び異世界に行く。向こうに着いて最初にやる事は、三人の墓参りだ。そして、初心者の街でいつもの喫茶店。仕事しているのか、コイツ? というくらい、鈴木によく会う。まあ、大体ダベって終わりだ。依頼はやっていないわけではないが、迷子の猫探しとかそんなもんだ。アイリーンはまた旅に出てしまったが、それが本来の姿である。依頼が終わった以上、留まるいわれはない。
「はぁ、そういや乗り物がなかったな。買いに行くか……」
そこそこの蓄財はある。贅沢を言わなければ、一人乗りにふさわしい乗り物くらい買えるだろう。まだ、仲間を作る気にはなれない。
とりあえず、現代兵器のコーナーで乗り物を探したが、ハンヴィだけは嫌だ。そこまで神経が太くない。
「うーん、73式軽トラック(通称:パジェロ)か……結構高いな。いっそ、戦車でも……って、一人でどう動かすんだよ」
勝手に一人で笑ってみた。戦車を動かすには、最低でも車長、砲手、通信手、操縦手が要る。自動装填装置がない車両だとさらに装填手だ。一人で動かすことは出来るが、大げさ過ぎるだろう。
特に出物がなかったので、時計の針を戻して大戦中のコーナーも見てみる。
「ほぅ、豆戦車か……」
大戦初期に大流行した超小さな戦車である。イギリスのカーデンロイド、ソ連のT-27、イタリアのCVシリーズ辺りが有名か。戦車というよりは、ほとんど牽引車みたいなもんだが、安いしウケ狙いで買ってみるか?
「あれ、どうしたんですか?」
うぉっ!?
いきなり声を掛けて来たのは本間だった。
「め、珍しいな。こんな場所で」
ここは陸戦用の店が並ぶエリアである。戦闘ヘリ乗りの本間は、別エリアのはずだが……。
「はい、暇つぶしです。普段、潰して回っている戦車がどんなものかと……」
ふむ、好奇心旺盛だな。
「三木さんはどうしたんですか?」
……聞かれると思った。
「ああ、一人乗りにちょうどいい乗り物を探しているんだが、現代兵器のコーナーに出物がなかったもんで、大戦中くらいで探していたところだ。シャレで豆戦車なんてな」
俺は笑った。そういや、久々に笑ったな。
「いい選択かも知れませんね。薄いとはいえ装甲も施されていますし、相手はほぼ魔物ですから、搭載兵器が機関銃でも対応出来ます。なにより小型なので、目立たず動けますよ」
本間よ。なぜ嬉しそうなのだ。
「ウケを狙うならCVシリーズがお勧めです。お前なんでこれにした!? ってなる事請け合いです!!」
……いや、力説されても。
「初期型のC.V.33と武装強化形のC.V.35のどちらにします? お勧めはやはり初期型の33です!!」
ちなみに、両方とも武装は機関銃だ。二人乗りなのはいいが、軽自動車サイズだぞ? 小さすぎる!!
「まあ、保留で。うっかり買ったら、お前の標的にされかねん」
「さすがです。バレましたか」
おいおい!!
「さすが戦闘ヘリ乗りだな。危ない危ない」
こうして、異世界での時間が過ぎて行くのだった。
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